第十七話 惨たらしい事実
路地に身を隠し、わたしの姿を消す魔術を使い、そして門の側まで辿り着いた。わたし達は暗く冷たい路地から、その門とそこにいる人々を観察している。
「ダスさん、どうです?」
そうわたしは尋ねた。彼は路地から顔を僅かに出して、門をじっと見ている。
「あー……教団の奴らが何人か、武装もしているな。それと、何が起きたのか尋ねている市民」
ジャレンさんが街を燃やしたこともあって大騒ぎになり、加えてネドラ派の教徒や警察が都市全体を徘徊しているのもあって、このように市民が混乱している状況だ。慌てふためく市民が、ネドラ派の教徒に事情を聞いている。
ネドラ派の教徒はというと、武装して門を守っている。わたし達をここから逃がさないようにする為だろう。
とはいえ、姿を消す魔術があるわたし達なら、簡単に逃げることができる。
「あの市民がどこか行ったら、門へ向かうぞ」
「了解です」
わたしとダスさんの会話を聞いて、ポン君は溜息を吐いて胸を撫で下ろす。
「やっとここから出られる……」
「まだ安堵するな。寧ろボリアを出てからが本番だろ」
そう釘を刺すダスさんに、彼は「はいはい」と鬱陶しそうに答えた。
一安心するポン君の気持ちも分かる。今までずっと苦しい思いをして逃げてきたのだから。
しかしダスさんの言い分も尤もだ。そもそもポン君はボリアの外で追われていた。外に出ても脅威はまだまだあるし、両親を探したりソドック王国へ向かったりと、するべきことも沢山だ。
「よし今だ、ミーリィ、魔術を」
「はいっ」
わたしはダスさんとポン君に触れ、願う。
——わたし達の姿を消せ。
その願いと同時にわたし達は透明となり、この街に溶け込んだ。
「……よし、行くぞ」
ダスさんのその声と共に、わたし達は路地から出る。混乱する人々の雑踏、その中で誰にも気付かれること無く進む。わたし達の足音も、行き交う人々の足音と困惑のざわめきの中で消えていく。
雑踏の中あちらこちらへと歩く人々を躱し、着実に門へと近付いていく。姿が消えていると、音がこの混乱の街の中に溶け込んでいると分かっているが、それでも門に近付くにつれて緊張感は強まっていく。
そして——屹立する門の前に辿り着いた。門は人の出入りを取り締まる為に櫓が設けられており、その中と下にはネドラ派の教徒や警察が、一人も通さんと言わんばかりに並んで監視している。
——ここを通るのか……魔術の効果は切れないだろうけど、やっぱり緊張する。
しかしそれでも、ここを通らなければならない。人と人の間を、ぶつからないように慎重に通り——
「ん?」
「——ッ!?」
一人の教徒とぶつかってしまった。思わず息を呑み、背筋がぴんと伸びて硬直する。
「おい、どうした?」
「いやどうしたも何も……ぶつかったじゃん今」
「は? 距離開いてるのに? 気のせいじゃないの?」
そう言われた教徒は、訝しげにわたしの方をじっと見る。
——え、もしかして見えてる?
高鳴る心臓の鼓動に胸が苦しくなる。汗が体を垂れていく。
「……気のせいかぁ」
そう言って彼は市街地の方へと向き直り、わたしはそそくさと門の下を進んでいく。姿を消す魔術の効果は切れていないようだが、まだ安心できない。急いで門の外へと向かい——
「なあ、そういえばさ」
教徒の会話が聞こえてきた。しかし今はそれを聞いている場合では——
「あの捕まった魔術師ってどうなったんだ?」
——え。
「ん、ああ、あのゲロムスの魔術師って噂の?」
まさか、ポン君の両親……?
わたしは立ち止まり、その会話に耳を傾ける。
「そうそう。礼拝堂に連れてこられた時にちらっと見たんだけど、それ以降見てなくてさ」
「うーん……まあ大方、ジャレン卿に拷問されているんじゃないかな?」
——ジャレンさんに……拷問されている。
惨い。惨すぎる。何の罪も無い人が、拘束されるだけで無く、拷問まで受けているなんて。
胸の奥から怒りが沸々と湧いてくる。助けに行きたい——が、その思いを、その衝動をぐっと堪える。今この状況で、策も無く突っ込むのは無謀であろう。
すぐに行けないのは惜しいが——わたし達は門を出て、ボリアを後にした。
「戻る」
当然、あの場にいたポン君もその話を聞いている。ボリアの近くにある森に逃げ隠れ、開口一番彼はそう言った。
静かに、しかし力強く放たれたその言葉。その声音、そして彼の顔は憤怒に満ち満ちている。
「駄目だ」
しかしダスさんは彼の思いを一蹴した。そんなダスさんに、ポン君は彼の服を掴んで突っかかる。
「何でだよ!? 父さんと母さんを助けるって約束しただろ!?」
「落ち着け。助けに行かないとは言ってないだろ」
ダスさんは溜息を吐き、続けて言う。
「奴ら、恐らく数日は俺達を探すだろう。だとすると、今すぐ行こうが明日行こうが礼拝堂の中にいる教徒の数は大差無いと思う。それに、俺もミーリィも魔術を使い過ぎた。姿を消す魔術を使って侵入するのと、最悪の場合ジャレン卿と戦う可能性があると考えると、万全を期すべきだ」
「今まさに父さんと母さんが拷問受けてるかもしれねぇんだぞ!? 早くしねぇと——」
尚も食い下がるポン君の腕をダスさんは掴んで放り投げ、巨木に打ち付けた。
「ポン君大丈夫!?」
わたしは倒れたポン君に駆け寄って体を起こす。彼は顔を歪ませて痛がる素振りを見せ、「クソ……」と言ってダスさんを睨んだ。
「ちょっとダスさん……!」
あまりの仕打ちに、わたしもダスさんを見遣る——黒の前髪、そこから覗かせる三白眼がポン君を睨んでいる。
彼は自分を落ち着かせるように大きく息を吸い、言う。
「冷静になれ。今のまま行っても、最悪の場合お前含め全員が捕まって拷問されるか、死ぬかだ……それと、厳しいことかもしれないが、はっきり言わせてもらう」
そして彼は木にもたれかかるポン君に近付き、彼の目の前で立ち止まって見下ろす。
「——勿論、お前の両親も救出する。だが、もしお前の命に関わるのであれば、俺は手の届かない方では無く、手の届く方を——お前を救う。それだけは覚えておけ」
そう言うと、ポン君はそっぽを向いて舌打ちした。
「……ああ」
不服そうに彼は言った。
焦る気持ちも分かる……しかし、わたしもダスさんと同意見だ。今のまま行ってしまうと、彼の両親を救出できる可能性が低くなってしまう。
彼を待たせてしまうのは心苦しいが、わたし達はこの森で一晩過ごすことにした。
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