第十五話 最悪な正体
わたし達の前で、普段通りに朗らかに笑うジャレンさん。優しかった彼は、今となっては恐ろしく
——ジャレンさんが、教団がポン君を狙っていて……ポン君が『希望』……?
突然提示された事実に、理解が追い付かなかった。或いは、理解するのを拒んでいるのかもしれない。
しかしその一方で、大衆浴場で戦った破落戸達の言っていることは理解できた。ポン君を渡した方が、この先のことを考えても楽だ——教団が、ひいては帝国が敵に回ると考えると、確かにその通りだ。きっと彼らは、教団に潜入していた
「今燃やしてしまった方々の救助をお願いします」
ジャレンさんは仲間の黒装束達に命じ、彼らは燃え盛る家々へと向かっていった。そこには、悪びれる様子など一切無かった。
……何故、そうも平然としていられるの……?
「……あんただけはまともだと思ったんだが……」
残念そうに嘆息してダスさんは言った。その言葉に、ジャレンさんは微かに眉をひそめる。
「他の魔卿の方々と同列に扱わないで貰いたいですね。『
教典からの引用だろうか。彼はそう言うとポン君をじっと見据える。
「さて——我々の要求は至って単純です。その子をこちらに渡して下さい」
そう言われることは、簡単に想像がついた。答えは決まっている——
「い、嫌です!」
食い気味に拒絶したわたしに、彼は面食らったかのように目を見開いた。わたしはポン君を守るように彼の前に立ち、言い放つ。
「ポン君が希望とか……正直よく分かりませんけど……でも、貴方達に苦しめられている子供を、貴方達に渡すもんですか!」
たとえ教団を、帝国を敵に回すことになろうとも——わたし達が彼を助けると誓ったが故に。何の罪も無い子供に、辛く苦しい思いをさせないが為に。
「……ミーリィ……」
わたしの後ろにいたポン君が、そう零した。そんな彼の顔を見て、わたしは言う。
「大丈夫だよ、絶対に守るから」
宥めるように声を掛けて前を向き、ジャレンさんをきっと睨む。彼は剣を握り、今にも襲い掛かってきそうに構える。
「ていうか、何でポン君を狙っているんですか!?」
破落戸達の言っていた彼の『利用価値』、そしてジャレンさんの言った『我々の希望』——こんな年端もいかない少年を狙う理由は何なのか。
わたしの問い掛けに、彼は嘆息を零して答える。
「敵に教える気はありませんが……考えが変わる可能性に賭けて教えましょう」
そう言うと彼は剣を鞘に納め、いつもの微笑みを浮かべて語りだす。
「我々ヘローク教団ネドラ派、並びに新ダプナル帝国はこの世界を変革し、より平和な世界を
……………………
「は?」
「あ?」
その突拍子もない発言に、わたしもダスさんも呆然としてそう声を零すことしかできなかった。
世界を変革する? 平和な世界を齎す? 人類を高みに導く? その為にポン君が必要?
訳が分からない。理解できない。一人の少年が、世界を変える為に必要? 急に規模感が大きくなりすぎている。理解しようと色々考えて頭がくらくらしてきた。
……けど、ジャレンさんのような敬虔な人が言うのなら、嘘では無いのかな……? いやでも流石に無理があるような……
ただ、何も分からなくても、それでも言えることがある。
「……ポン君は、それを理解しているんですか?」
「ん? ええ、勿論です。我々の悲願も、その為に必要とされていることも、十分理解できているでしょう」
彼の返答を聞き、わたしはポン君の方を向いて問い掛ける。
「ポン君は、それに協力したいの?」
その問い掛けに、彼は俯き——そして顔を上げてジャレンさんを鋭く睨んで答える。覚悟を決めた凛々しい瞳、その視線が彼を射貫くようであった。
「嫌だ」
その答えを聞き届け——
「ダスさん!」
わたしは彼の方を向いて叫んだ。それに反応した彼は、咄嗟に激流を生み出してわたし達を呑み込ませる。
わたし達は猛然と激流に流され——
突然、激流の外に押し出された。わたし達の体は激しく石畳に打ち付けられる。
「ぐっ……!」
「悪い、ミーリィ、ポン……!」
わたし達は呻き声を出して立ち上がり——そして初めて、ダスさんがわたし達を守る為に、激流の外へ押し出したと気付く。
炎の壁が石畳から湧き出して、まるでわたし達を逃がさないように囲んでいる。揺らめく烈火の熱が、まるで肌に直接伝わっているかのようにひしひしと感じる。
「……成就が近い我々の悲願、その為に必要な少年。みすみすと逃すつもりはありません」
その声の方を見遣る——俯いているジャレンさんが剣を引き抜き、重々しい足取りで歩いてくる。その後ろには、何十人もの黒装束の姿がある。
その恐ろしい威容に、わたしは思わず鉄棍を構えてポン君の前に立つ。ダスさんも同様に巨槍を構え、わたしの隣に立った。
「我々の悲願の邪魔をするのであれば——」
そして彼はぶわっと顔を上げ——
「——ッ!?」
これまで溜めてきた自身の怒りを全て表出させたかのような、憤怒に満ちた顔。向けられた怒りと殺意に、ぞわりと緊張が走る。
「貴様等を一切の灰燼すら残さず焼き殺し、その餓鬼を力づくで奪うまでだァ!!!」
その咆哮に思わずびくりと体を震わせ——
まるで爆発が起きたかのように、わたし達の足下から炎が噴き出してきた。一切の躱す暇も与えられず、わたしとダスさんは烈火に呑み込まれる。
「きゃあ゛あ゛あ゛あ゛————————っ!?」
体が焼け爛れ、尋常ならざる熱と苦痛に、思わず苦悶の叫びを上げた。
——熱い! 死ぬ! 死んじゃう!
「ミーリィ!? ダス!?」
嗚咽の交ざったポン君の叫びが聞こえる。思わずその声の方に向かって走り、烈火から飛び出る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛づい゛ぃ゛————————っ!!!」
最早体を律することもできず、わたしは叫びながら石畳の上をのたうち回る。服が燃えて消え、焼け爛れた体が石畳を転がる度に激痛が走る。
——火傷と服を直せ!
僅かに残った理性でそう願う。黒く燃えた肌は徐々に元に戻っていき——
「ぎぃっ!?」
のたうち回るわたしの腹に、剣が突きたてられた。さらに鎧を纏った脚で踏まれ、えずくように口が開く。
ジャレンさんの憤怒に満ちた目が、こちらを見下ろしてくる。
「い、嫌——あ゛あ゛あ゛あ゛————————っ!!!」
剣から炎が生じ、再びわたしの体が燃える。内臓も焼け、炎が口の中から出てきそうな感覚を覚える。苦痛に耐えられず、手足がじたばたと暴れる。
——ああ、駄目だ。本当に死ぬ——
「待て! 止めろ! 分かった! おれが——」
——ポン君。
「だめ゛ぇ゛っ!」
苦しみの中で僅かに残った理性で、口の中が燃えているような感覚に耐えて叫んだ。
「はぁ!? お前何言ってんだよっ!? 死んじまうだろっ!?」
ポン君が焦燥と困惑の混ざった声で叫んだ。確かに、このままだと死ぬ。でも——
「わだしたちが……ま゛も゛るから゛……!」
そう、誓ったのだから。君がこれ以上苦しむ必要なんて、無いのだから。
「……だから、そんなことしたら——」
「なら殺すまでだァッ!」
ジャレンさんが剣を引き抜いて高く掲げ——
烈火の中から飛んできた三つの激流の刃が、鎧諸共彼の体を四等分した。
「なっ——」
血を噴き出しながら体は落ちていき——中空で腕と肩、そして頭だけ残った体に巨槍が突き立てられる。
「がぁっ!?」
巨槍が家の壁に突き刺さり、彼は激しく打ち付けられて吐血した。
呆然とそれを見ていたわたしの真上から水が滝のように降ってきて、わたしを燃やしていた火を消した。
「ミーリィ!」
咄嗟にポン君が駆け寄って来て、荒い呼吸のわたしに再生の魔術を掛けたようだ。火傷と剣の傷が、見る見るうちに治っていく。
そしてわたしとポン君は、巨槍が突き立てられたジャレンさんの方を見遣る。
「……おい、ジャレン……」
巨槍の持ち主——ダスさんが、焼失した服を再生させながら自身の顔をジャレンさんに近付ける。黒の前髪から覗かせる三白眼は、殺意に満ち満ちている。背を曲げたその姿は、どこか獣のようだ。
「ミーリィに何しやがる?」
彼は左腕に激流の刃を纏わせて振り上げ——
「ジャレン卿!」
黒装束達の叫び声と共に、銃声が響いた。それと同時に彼は後方へ跳躍して躱し、激流を生み出す。
「ひとまず逃げるぞ!」
ダスさんの叫びが聞こえた直後、激流はわたし達を呑み込んだ。激流は上方——炎の無い唯一の逃げ道へと進んでいく。わたしはポン君の右手を掴んで——
——え?
焼失した包帯の下に隠れていたものが、その時初めて分かった。
魔腑を持つ者の右腕は光り輝き、それが完全なものである程爛然と輝く。わたしやダスさんの右腕もそうだ。
そして、同様にポン君の右腕も輝いていた。でもそれは、右腕が爛然と光り輝いているというより——
——光が右腕の形をしている、そう表現するのが相応しかった。
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