第十三話 思い悩む夜

 破落戸達を拘束して警察に引き渡し、わたし達は宿に帰った。部屋の扉を開けて中に入ると、何かの準備をしているダスさんが、心配そうな表情で駆け寄ってきた。


「おい!? 大丈夫か!?」

「え、あ、はい……って、知ってたんですか?」


 驚くわたしに、彼は一息置いて言う。


「いや、戻りが遅いと思って探しに行こうかと思ったら、ここの店主に破落戸が現れたって話を聞いてな……お前らが狙われたのかと思って、探しに行く準備をしていたところだ」


 彼は安心してほっと息を吐き、部屋の奥へと戻っていく。彼の後を追うように、わたし達も部屋の奥へと進んだ。


 ふかふかの寝台に腰掛け、床に座るポン君を見る——困惑しているような、言いたいことがあるような、或いは思い悩んでいるような、そんな表情。ずっとこの調子である。


 ——わたしが庇ったことで、色々考えてしまっているのだろうか? そう思い、声を掛けてみる。


「お疲れ様、ポン君。さっきのことは、あんまり気にしなくて大丈夫だよ」


 声に反応してこちらを見たポン君は、しかしばつが悪そうに視線を逸らし、俯いた。


「あー……ああ」


 どこか申し訳無さそうに彼は答えた。改めて、彼は優しい子なのだと、それと同時に早く彼にまつわる問題を解決しなければと感じた。本来優しかったであろう子が、これ程までに歪んでしまったのだから。


 ……とはいえ、小休止も挟みたいところだ。こうもずっと追われていると、精神がかなり擦り減っていることだろう。何なら良いだろうか——


「ミーリィ」


 と、思考に割って入るようにダスさんの声が耳に入った。鍋と食材を取り出して料理をするところの彼を見る。


「どうしました?」

「お前が今日遭遇した破落戸——あいつらも地を這う者達アポラストか?」


 先日ジャレンさんと共に捕らえた破落戸達は地を這う者達アポラストに属していた。だが——


「うーん……そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、といったところですね。ただ、あの黒装束の人達と何かしらの関係があると思います」


 対峙した破落戸達は明確にポン君を狙っていた。それだけで無く、特徴も——彼の右腕の包帯のことも——把握していた。


「そうか——なあ」


 ダスさんはポン君の方を、その鋭い三白眼で見遣り、問い掛ける。その声にポン君はびくりと身震いした。


「黒装束に今日の破落戸——お前何か知ってるか?」


 その問い掛けに、彼は暫し黙る。そして——


「…………知らない」


 そう答えただけだった。


 ……反応を見るに、本当は何か知っているのであろう。しかし彼が「知らない」と答えるのであれば——


「……分かった。ミーリィ、こっち手伝ってくれ」

「了解です!」


 それ以上聞く必要は無い。わたしは立ち上がり、ダスさんの手伝いをしに台所へ向かう。


「……え?」


 詰められないことが意外だったのか、ポン君は唖然としてわたし達をじっと見つめている。


「あ? やっぱり何か知っているのか?」


 ダスさんがポン君の方を向いて言うと、ポン君は


「あ、いや……」


 と言葉を濁してそっぽを向いた。そんな彼を見て、ダスさんは溜息を吐いて言う。


「詰めるつもりは無い、安心しろ……ああでも、

「……おう」


 ポン君はどこか重い口調で答えた。その反応を見届けて、わたしは料理の手伝いに着手し——


「え、これだけです?」


 台所には、いつも通りの質素な料理の材料——干し肉と干し野菜、そして塩の入った袋が並べられている。今日も今日とて干し肉と野菜の汁だ。


「……ダスさん、もっと良い食材とか無いんですか? わたしはともかく、ポン君は——」

「そんなものを買う金は無い。欲しけりゃ稼いでこい」


 一応抗議の声を上げてみたものの、いつも通りの守銭奴な返答が来ただけだった。






 夕食を食べてミーリィとダスがあれやこれやと作業しているのを眺めて、いつの間にか夜が更けていた。

 明日は黒装束の連中を調べるから、既に二人は床で寝ている。逃げ回る中で硬い床で寝ることはあったが、正直もうあんなところでは寝たくない。


 おれはというと、内心二人に感謝しつつ一人でふかふかな寝台に横たわっている。柔らかい布団に体が沈んで快適だ——が、色々と考えてしまって眠れない。


 ……やはり、言うべきなのだろうか。黒装束の連中のことも、おれの素性も。


 あの二人は、多分他の人間とは違う。本当に良い奴らで、本気でおれのことを助けたいと思っているだろう。こうも命を張って助けてくれる人なんて、そうそういない。

 それに、この街で起こっている問題の解決にも繋がるし、おれの問題も良い方向に進む……けど。


 怖い。


 黒装束の連中の正体を明かしてしまったら、おれの素性を言ってしまったら、その善意も悪意に変わってしまうのではないだろうか。

 或いは、自分達が相手にしているものの正体を知って恐怖し、おれを捨ててしまうのではないだろうか。


 そうなったら……おれはどうなる?


 都合良く利用されるか、野垂れ死ぬかのどちらかだろう……それが酷く恐ろしい。皆に迷惑を掛けるのも、誰にも手を差し伸べられずに死ぬのも嫌だ。


 それに、良い奴らだからこそ、この問題に巻き込みたくない。こんなに、関わって欲しくない。

 あんな良い人達が、こんなことに巻き込まれて死ぬなんて、想像するだけで胸が苦しくなる。


 けど、いずれ二人は連中の正体を、そして恐らくおれの素性も知ることになる。だったら伝えるべきだろう。


 でも……言おうとすると怖くなって、苦しくなって、結局言えない。


 ……父さん、母さん。おれはどうすれば——


 がしゃぁん、と轟音を立てて窓の硝子が割れた。咄嗟にその方向を見遣り——


「——ッ!?」


 侵入してきた黒装束が、おれの体を掴んだ。

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