第十二話 浴場の戦い
突然入ってきた
「黙れ!」
そのうちの一人が銃を天井に向かって撃つと、恐怖のあまり浴場に響き渡った悲鳴は一瞬にして静まり返った。
銃か……鉄棍は脱衣所にあるし、ダスさんもここにはいない。だいぶ不利な状況だ。昨日の件で
「いた! あの餓鬼だ! 右腕に包帯を巻いていた奴!」
——違う……!? ポン君……!? あの黒装束だけじゃ無かったの……!?
わたしはポン君を見る——酷く怯えた表情で破落戸達を見ていた。そんな彼を守るように、彼の前に立つ。
「あぁ……?」
破落戸達の睨みが、わたしに向かってきた。彼らはわたしの方ににじり寄ってくる。
「大丈夫だからね、ポン君」
怯えている彼の方を見て、宥めるように微笑んで言った。そして破落戸達の方へ振り返る。にじり寄って来た破落戸達は、湯船に足を踏み入れた。
「お前、その餓鬼の仲間か?」
「そうよ。彼が何で狙われているのか分からないけど、子供一人に大人が寄ってたかって……!」
そう毅然と返すと、破落戸の一人が鼻で笑った。
「どうせ俺達の同類かと思ったが……まさかその餓鬼の利用価値に気付いてねぇなんてな……!」
「利用価値……?」
それがきっとポン君が狙われている理由なのだろう。だとしたら、彼は高貴な身分で、彼を人質にして金銭を巻き上げる、といったところか……?
「餓鬼は教えてねぇようだが……そんな餓鬼のことなんざ忘れて俺達に渡しな! この状況でも、この先のことを考えても、その方が楽だ!」
そう言うと破落戸達は銃口を一斉にこちらに向けてきた。
「貴方達……!」
そう言ってわたしは破落戸達を鋭く睨んだ。この先のことを考えても——何か含みのあるような言い方だが、そんなことを気にしている余裕は無い。
さて、この状況からどう脱却するか……周囲に目を配り——
客として来ていた女性達が逃げていないことに気付いた。
——この状況を打開して、皆を逃がすには、やるしかない。
そう思い、わたしは湯船に腰掛けた。
「は?」
そんなわたしを見て破落戸達は呆然とし——そして大爆笑を浴場に響かせた。
「おいっ! この女イカれたか!?」
「『殺して下さい』ってか!? それとも『どうぞ連れていって下さい』ってか!?」
「おいミーリィ!? お前何やってんだよ!?」
焦りと心配の混ざったポン君の声が投げかけられた。確かに戦いを放棄しているように見えるが——
「——大丈夫だよ、ポン君」
再び微笑んで彼を宥め、そして前方の破落戸達を鋭く睨む。彼らはまだ笑っている。わたしは息を吸い——
「皆今のうちに逃げて!」
——そして願う。
「早く!」
困惑する女性達だったが、わたしが催促の叫びを上げると、戸惑いつつも立ち上がって逃げ始めた。
「クソッ、逃げんじゃ——」
破落戸達は逃げようとする女性達に銃口を向け——
——冷気よ。お湯を凍らせろ——!
「——ッ!? 何だっ!?」
破落戸達は足元を見る——そのお湯はわたしの魔術で一瞬にして凍り、彼らの動きを制限している。
「クソッ! 女ァ——」
それだけじゃない。わたしは腰を上げ、湯船の中にあったそれを振り上げる。
「おらァッ!」
「ぶっ!?」
冷気の魔術で形成した氷の大槌——それで正面の破落戸の頭をぶん殴り、彼はまるで四足で立つ獣のような、橋のような姿で倒れた。
「何だッ!?」
「大槌!? どこにそんな——」
困惑し、足元のお湯が凍って動けない破落戸達の腹を殴る。脇腹を殴る。背中を殴る——そうして一人ずつ倒していく。
「クソッ、やられてる! お前ら来いッ!」
浴場の入り口の方から声が響き、その方を見遣る——破落戸達の仲間の姿があった。彼は仲間を呼び、すると続々と破落戸達が浴場に入ってくる。
逃げようとしていた女性達は、破落戸達に阻まれて逃げられず立ち止まっている。打開するなら——
——力を強化しろ。そう願い——
「動くんじゃねぇ! 動いたらこの女共を——」
「そぉいッ!」
銃を構える破落戸達目掛け、魔術で強化した膂力を以て氷の大槌をぶん投げた。大槌は破落戸の顔面に直撃し、後ろにいた仲間達諸共なぎ倒した。
投げられた大槌と、破落戸の持っていた銃を拾い集め、女性達全員に向けて言う。
「わたしが先導して安全を確保します! それまでここに待機して、倒れた破落戸達が起きないか見張っていて下さい!」
そう言うと女性達は頷き、破落戸達の側に寄って彼らを見張り始める。
「おい、おれはどうすればいい?」
そう言いながらポン君がわたしの方に早足で来た。まだ怯えたような表情……勇気を出して来たのだろうか。
「それじゃあ……取り敢えずここで待機してて。危なくなったら撃ってね……大丈夫?」
子供に人を撃たせるのは気が引けるけど……護身の為だし、今は事態が事態だから仕方が無い。わたしは彼に銃を差し出す。彼はそれを見て何かをじっと考え——
「……舐めるな。撃つくらい、おれにだってできる」
意を決したような顔でそう言って、彼は差し出した銃を受け取った。
わたしは銃に弾が込められているか確認し、込められているのを認めたら浴場の扉から顔を覗かせ——
「——ッ!?」
銃口が見えて咄嗟に頭を引っ込めた。それとほぼ同時に銃弾が顔のすぐ側を飛んだ。反応が遅れていたら、死ぬところだった。心臓の鼓動が高鳴り、汗が垂れてくる。
破落戸達は銃を構えていていつでも撃てる状況で、真正面からやり合うのは分が悪すぎる。いっそのこと裸のままでも壁を破壊して逃げるか——
「行くぞォッ!」
破落戸の一人が叫び、それと同時にこちらへと向かってくる足音が響いてきた。中に入れたら女性達もポン君も命が危ない。正面からやり合うのは避けられないか。
右手に氷の大槌を、左手に銃を携え、——
「っだぁぁぁッ!」
わたしは意を決して扉から飛び出した。
「来たぞッ!」
破落戸達の正面を横切るように跳躍したわたしに、一斉に銃弾が放たれる。銃弾はわたしの通り過ぎたところを飛んで行き——
「ぐっ……!」
しかし全てを躱しきることはできず、一発がわたしの肉体を貫いていった。痛みで体勢を崩しそうになるも何とか持ちこたえ、壁を蹴って破落戸達へと跳躍し——
「っああぁぁ————————ッ!!」
大槌を振るい、破落戸の一人を床に叩きつけた。焦燥に顔を歪めた破落戸達の、次の一人を倒そうと大槌を持ち上げ——
「——ッ!?」
ようとしたが、がくんと膝をついてしまった。体から力が抜けるような感覚を覚え、思うように体を動かせない。
——毒、か。
銃弾に込められた毒の魔術が、わたしの体を蝕んだようだ。
破落戸の一人が銃口をこちらに向けているのが視界に入り、咄嗟に体を逸らす——その真上を銃弾が通り過ぎ、撃ってきた破落戸を睨んでわたしは願う。
——毒を消し、力を強化しろ!
全身に感じていた脱力感は消え、わたしは大槌をぶん投げる。飛んでいった大槌は破落戸の体に直撃し、突き飛ばして壁に叩きつけた。
——あと三人。
投げた勢いでうつ伏せになった自分の体を、両手で床を押して砲弾のように飛ばす。
「ッ!?」
破落戸はこちらに銃口を向け——撃つこと
「がはっ!?」
破落戸を突き飛ばし、わたしは手足で着地する。
——あと二人。体を起こして走り出し、先程投げた大槌を拾う。
「クソッ! 女一人如きに……!」
苛立ちと焦燥の混ざった破落戸はこちらに銃口を向け——
「——あれ!?」
しかし銃弾は放たれなかった。その隙に一気に肉薄し——彼の顔は絶望に染まった。
「おらぁッ!」
破落戸の脇腹を大槌で殴り、なぎ倒す。床に激しく打ち付けられた体は、ぴくぴくと微かに動いている。
——あと、一人。
最後の一人を見る——焦った表情で銃弾を装填しているようだが、上手く装填できず、銃口に引っかかっている。
彼はわたしが見ていると、そして自分が最後の一人だと気付き、先程の破落戸と同様顔が絶望に染まる。そんな彼に、わたしはゆっくりと近付く。
「あ……ああ……」
彼は銃と銃弾を放して床に落とし、絶望の顔のまま笑って宥めるように言う。
「な、なあ! ファレオっていったらアレだろ!? いつも金無いって……だからさ! 金やるから見逃——」
大槌で脇腹を殴り、なぎ倒した。
「……お話は、ファレオの本部で聞きます」
倒れて体をぴくぴくと動かす破落戸を睨んで言った。これで全員倒した……はず。裸で戦っていたが、浴場で戦ったこともあってかむしろ熱い。氷の大槌の冷たさが心地良く感じる。
「……終わったか?」
そう言ってポン君が浴場から顔を覗かせてきた。彼は銃を捨ててこちらに寄ってくる。
「うわ……傷直せよ」
嫌なものを見たかのように顔を歪ませ、彼は言ってきた。体を見るように下を向き——
「あ、そうだった。ありがとう」
脇腹のあたりに銃創が一つ、そこから血がだらだらと垂れている。
——傷よ、治れ。そう願い、銃創は塞がっていき、何事も無かったかのように元通りになる。
わたしは目にかかった前髪を払い、倒れた破落戸達をぐるりと見回しながら言う。
「それじゃあ、わたしはこの人達を縛るから——」
倒れていた一人が、ポン君に銃口を向けているのが見えた。
「——ッ!」
間に合わない! そう判断したわたしはポン君を体で突き飛ばし——
「ぐっ……!」
再び銃弾が体を貫いた。
「ミーリィ!?」
焦ったポン君の声が聞こえてくる。わたしは痛みに
「っああぁッ!」
跳躍して破落戸に肉薄し、振り上げた大槌を振り下ろす。大槌は彼の背中に直撃し、ばたりと倒れて気絶した。
荒い息を吐き、倒れた破落戸を見つめ——
「ぐっ、うぅ……!」
先程と同じ毒の魔術が体全体に回り、脱力感が襲い掛かる。膝からがくんと落ち、倒れそうになる体を腕で支えるが、腕にも力が入らず——
「おい!? 大丈夫か!?」
駆け寄ってきたポン君が、わたしの体を支えた。彼に介抱され、わたしはゆっくりと横になる。
彼は右手をわたしの体、銃創に当てる——すると、銃創と痛み、体全体に回った毒の魔術が消え、楽になった。思えば、彼が魔術を行使したのはこれが初めてだ。
「ありがとう……ポン君」
わたしはそう言って彼を見る——何故かその顔には困惑しているような、何か言いたいことがあるような、そんな表情が現れていた。
「……どうしたの?」
思わずそう尋ねた。わたしが困惑に気付いていることを察してか、彼は黙る。
「……いや、何でも無い…………ありがとうな」
その言葉に、わたしは思わず微笑みを零した……が、彼が何を思ったのか。気になるが、彼が言わないのであれば、聞くべきでは無いだろう。
それから、ポン君の『利用価値』、そして『この先のこと』——これらが意味することは何なのだろうか。
少しして起き上がり、破落戸達を拘束する——その間中ずっと、それらのことが気になって頭から離れなかった。
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