第九話 犯人探し

「ここですね」


 礼拝堂から出てジャレンさんに案内された場所は、他の場所と比べて人が少なく、長い間修繕がされていないような、半ば放棄されている市街地である。ぼろぼろで色褪せた様相は、他の市街地から浮き出ているようだ。


「うわぁ……なんか恐ろしげな雰囲気ですね……」

「ある時から破落戸ごろつき達が現れるようになったのですが、それもあってか続々と同じような方達が集まり、その結果がこの有様ですね」


 嫌そうに顔を歪めるわたしに、見慣れていると言わんばかりにジャレンさんはにこやかに答えた。


「普段はこの市街地内の組織間で睨み合い、時には殺し合うのですが、厄介なことに我々や警察などが介入しようとすると協力して排除しようとしてきます」


 破落戸ごろつき達には盗掘や闇取引などで完全な魔腑を得て、それを喰らって自分の力にする者もいる。そういった人達が集まってしまえば、介入することは難しくなる。


「ただ積極的に市街地から出るような真似はしないので、我々としては基本的に不介入でしたが……今回は事態が事態なので。厄介なことになると思いますが、よろしくお願いします」


 戦闘は避けられないという認識なのか、彼は白と金の鎧を纏い、剣を握っている。いつでも戦えるような態勢だ。


 そうしてわたし達は悪人だらけの市街地へと入った。修繕もされていない家屋の前には人相の悪い破落戸ごろつき達がおり、石畳に直接座ってこちらに鋭く眼を付ける。この市街地の有様がありありと伝わってきて、思わず身が竦む。

 ……こういう場所には、あまり良い思い出が無いんだけどな。


 きょろきょろと周囲を見回すわたしとは対照的に、ダスさんとジャレンさんは特に気にせずただ前を向いて歩いていて、経歴や精神の差を感じてしまう。


「おい」

「ぴゃぁ————————っ!?」


 悪意が込められているかのような低く嗄れた声で突然話しかけられ、わたしは金切り声——と言うよりは奇声を思わず上げてしまった。

 声の方を見ると、寂れたこの市街地とは対照的な、つやめいて綺麗な服を着た男がこちらへずかずかと近寄ってきた。彼に続いてその子分と思われる、この市街地のように色褪せてぼろぼろな服を着た男達もやってくる。


 ダスさんとジャレンさんも彼らの方を見ると、親分と思しき男がこちらを睨んで言う。


「ジャレンと、初めて見る外の人間が、こんな所に何用だ?」


 返答次第では殺す、そう言わんばかりに彼は廃材でできた鎚のようなものを構え、それに続いて後方に控えている子分達も各々の得物を構える。その光景に、わたしは咄嗟にダスさんの後ろに隠れ、いつ襲われても大丈夫なように鉄棍を構えた。


「人探し、ですね。私は教団の装束を身に纏った人と——」


 そう言ってジャレンさんはダスさんに目線を送る。それに気付いたダスさんは、続けて言う。


「俺は黒装束を纏った奴らだな。何か知っているか?」


 ダスさんがそう言うと、親分がこちらへとゆっくり近寄ってくる。その目はより鋭く、よりきつく、わたし達を捉えている。


「……さぁ、知らんが……お前ら、ここで何するつもりだ?」


 親分は構えていた得物をぶんぶんと振り回しながら言った。

 まずい、襲われる。思わず恐怖で体が震え、ダスさんの後ろで縮こまりつつ、少し顔を覗かせて彼らの様子を窺う。


「ダスさんすみませんわたしこういうのが——」

「ダス?」


 わたしの言葉に、敵の親分はきょとんとした顔になった。そしてダスさんの顔や体、巨槍をじっと眺め——


「——ッ!?」


 突然後退あとずさった。その顔は困惑と焦りが混ざったような表情で、先程の恐ろしさはどこかに行ってしまった。

 ——ようやく、相手がダスさんだと気付いたようである。


「ど、どうしたんですか!?」

「こ、こいつはあれだ……! 地を這う者達アポラストを壊滅させた『ファレオの魔獣』——ダス・ルーゲウスだ……!」


 わたしが幼い頃の話であるが、ゴーノクルで最も恐ろしい犯罪組織と言われていた『地を這う者達アポラスト』を壊滅させた戦いで、ダスさんは大活躍をしたとのことである。それもあって、彼は裏社会で非常に恐れられている人物の一人なのである。


「こいつら……俺達を取り締まりに……!」

「あ? いや、人探し——」

「お前ら、行くぞォッ!」


 人の話を聞かずに、敵がこちらへと突っ込んでくる。


「やるしかないようですね……!」


 そう言ってジャレンさんはわたし達の前に立つ。右腕を石畳へと突き出し——


「まずはジャレンから——」


 爆発が生じたかのように湧き出た炎の波が、敵を一気に呑み込んだ。炎の波が消えると、服に着火して体が燃えた敵が現れた。


「ぎゃああああ————————っ!!!」

「あぁ熱いぃぃっ!!!」


 彼らは燃えたまま石畳の上をのたうち回り、苦悶の叫びを上げる。

 その光景に、その魔術に、思わず呆然としてしまった。まさかこんな優しげな人が、こんな危険な炎の魔術を使っているのだとは思わなかった。


 この光景を見兼ねたのだろう、ダスさんは魔術で滝のように水を降らせて消化した。服は大部分が消し炭と化して原型を留めておらず、焼け爛れた肌が露出している。ここまで酷いと、魔術での治療にも多少時間が掛かるだろう。


「何だ!?」

「外の人間か!?」


 苦悶の叫びが響き渡ったことで、続々と破落戸ごろつき達が得物を携えてやってきた。


「数が多いな……ミーリィ、行くぞ」

「え!?」

「魔術で片付ける」

「で、ですよね。てっきり殴りに行くのかと……」


 二人がいるので勝てるとは思うが、それはそれとして怖いものは怖いのである。

 ダスさんは迫ってくる敵へと右腕を突き出した。すると彼の右腕が爛然と光り輝き——


 ざぱぁん、という轟音と共に、石畳の奥から湧き出てくるように津波が現れた。波は猛然と敵に迫っていく。


「つ、津波!?」

「やばい逃げ——」

 咄嗟に踵を返して逃げようとするが、津波の方が圧倒的に速く、見る見るうちに彼らは波に呑み込まれてしまった。

 水の量と勢いに押し戻される破落戸ごろつき達——そんな彼らを見据え、願う。


 ——脚よ、強くなり、わたしを遠くに飛ばせ。


 そしてわたしは石畳を強く踏み、跳躍する。さながら爆発に吹き飛ばされたかのような勢いで跳び、一気に津波に追いついてその上を通る。

 その瞬間に右腕を真下へ突き出し、再び願う。


 ——冷気よ、津波を凍らせろ。


 その願いと同時に、津波は凍り始め、刹那のうちに巨大な氷塊と化した。水面から顔を出して流されていた破落戸ごろつき達は、そのまま氷漬けにされている。


 わたしは着地し、鉄棍で石畳を思いきり突く。がりがりという音を立てて跳躍の勢いを減衰させ、石畳の上を滑っていたわたしの体はすぐに止まった。体勢を直し——


 ——周りに別の破落戸ごろつき達がいることに気付いた。


「あ…………ど、どうも……」


 身が竦み、胸や腹がきゅっと苦しくなり、汗が顔や背中を流れつつも笑顔を作って言い——


「うわあぁ————————っ!」

「逃げろお前らッ!?」


 悲鳴を上げて逃げ出した。一瞬にして何人もの仲間が行動不能に追い込まれたので、身の危険を感じたのだろう。胸をなでおろし、ほっと一息ついた。


 わたしは再び願って膂力りょりょくを強化し、二人のもとへ跳躍する。着地と同時に先程と同じ要領で勢いを減衰させ、見事に二人の前で止まる。


「お見事です、ミーリィ・ホルム殿。水の魔術と冷気の魔術——とても良い組み合わせですね」

「えへへ……」


 その言葉に顔が紅潮すると同時に、思わず微笑みが零れた。


「後程あれは私の方で処理するとして——さて」


 ジャレンさんはそう言うと、焼かれた親分へと歩み寄った。わたしとダスさんも、彼についていく。


 親分の綺麗だった服は焼かれて原型を留めておらず、黒の短髪はちりちりになっている。ダスさんが消火したことでまだ生きており、微かに呻き声を上げている。

 わたし達が近付くと、彼の顔は恐怖に染まった。


「も、もうやめてくれ……殺さないでくれ……」

「いや殺す気は無いが……」


 ダスさんが呆れて答えた。焼け爛れた男の顔を憐れむように見て、彼は続けて言う。


「それで、教団の装束を着た奴と、黒装束で頭巾を被った奴ら。そいつらに心当たりはあるか——」

「きょ、教団の装束を着た奴は、この先の白くて大きい建物の中にいる……!」


 親分は食い気味に答え、その方向を震える手で指さした。まるで命乞いをしているかのようである。


「分かった。それで——」

「で、でも……」


 ダスさんの言葉を遮るように、親分は発言を続けた。


「ほ、本当にそれしか知らねぇ……! 黒装束の頭巾の奴らなんて、この市街地にはいねぇ……信じてくれ……!」


 親分は涙ながらに語り、全身から力が抜けたかのようにばたりと倒れた。


「……知らない、か」


 ダスさんは嘆息を吐いてそう言った。


「ま、まあまあ……ここにいないと分かっただけですけど、一応前進したじゃないですか」

「ああ……そう考えよう」


 確かに前進はした——が、そうだとすると黒装束の人達はどこにいるのだろうか。ボリアは規模が非常に大きく、ここにいないとなれば探すのは困難を極めるだろう。


「落胆しているところ申し訳ありませんが……早く行きましょう。こちらの存在に勘付かれて、逃げられるかもしれません」

「あ、そうですね……行きましょう!」


 拉致問題をあれやこれやと考えている場合では無い。教団の問題、その犯人がすぐそこにいるのだから。

 そうしてわたし達は親分が指し示した場所——白くて大きな建物へと向かった。

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