第六話 抗戦

 あの少年とダス・ルーゲウス、そしてその仲間である女が公園に入っていった——その目撃情報を聞き、公園へと入っていった。


 公園とは言うが、人の手が入っているのはほんの一部分だけであり、大部分は自然のまま、森そのものである。大方、商業関係に資金や人員を回していて開発に回せないとか、どうせ後々住宅街や商店街にするのであれば開発しなくてもいいとか、そういった理由であろう。


 注意深く周囲に目を配って森の中を進み——すると、少し開けた場所に出た。その中央には、木や葉の燃え滓が残っている。

 奴らは水を使って移動していた——そして濡れた服を乾かし、冷えた体を温めていたのだろう。つまり——


「奴らはそう遠くない! 探すぞ!」


 そう叫ぶと、仲間達は分散して奴らを探しに行った。或いは勘付かれているかもしれないが、まだ間に合うだろう。


 俺も仲間と共に森の奥へと進んでいく。さわ、ぱき、と、落ち葉や木の枝が踏まれて音を立てる。ずんずんと進んでいき——


「——! いたぞ! こっちだ!」


 前方に少年を抱えて走る女の後ろ姿が見えた。仲間が来るよう叫んで呼び、俺達はそのまま女と少年を追い続け——


 ——待て。ダス・ルーゲウスはどこに——


 そう思った瞬間、体が真っ二つになった。


 ——は?


 血と内臓が断面から溢れ出す。激痛が走る。でも分かるのはそれだけで、何に斬られたのかは分からない。

 俺の体は地面に落ち——






 木の枝の上に佇み、眼下にいた敵達の、真っ二つになった体が血と内臓を撒き散らして落ちた。奴らの黒装束が赤く染まっていく。


「おい! 前に女が——」


 追いついた連中の仲間が、眼前に広がっている光景に言葉を失った。気を失った仲間へと近付き、魔術で切断された体と服を再生している。


「……さて」


 俺は木の枝から地面へ降り、背負っていた巨槍を握る。


「……ダス・ルーゲウス……!」


 黒装束の下に隠された鋭い視線が、一斉にこちらへ向けられたような気がした。敵は続々と武器を構え、いつでも戦えるような体勢を取った。

 そんな奴らの態度に溜息を吐き、睨み返して言う。


「目的とか所属とかを言えば、場合によっては普通に返すんだが……まあ、そんな怪しい見た目をしているから、見た目通り怪しい連中なんだろうがな」

「黙れッ! あの少年はこちらに渡してもらうぞッ!」


 そう叫ぶと敵はこちらへと向かってきた。


「……多対一なら大丈夫、ミーリィがいなければ大丈夫、そう思っているんだろ?」


 溜息を吐いて俺はそう零した。そして右腕で握っていた巨槍を薙ぎ、迫ってくる敵と並行になるように構え、願う。


 ——激流よ、巨槍に纏え。


 右腕が輝くと同時に、巨槍が激流を纏い、水の刃を形成した。


「——ッ!? 何か来——」


 激流の巨槍を薙いだ。どこまでも伸びる穂は、一帯の木ごと敵の体を斬り落とす。

 水が人を斬る——様々な用途のある水だが、そんな使い方は知らなかった、奴らはそう困惑しているだろう。


「ぐっ——このッ!」


 大多数が斬られたが、一部の敵は跳躍して躱していた。三人、四人と、続々と接近してくる。

 剣の振り下ろしを、後方に跳躍するように躱し、再び願う。


 ——激流よ、敵を切り刻め。


 そう願うと同時に、大地から激流の柱が湧き立った。柱は進んでいき、敵へと襲い掛かる。


「ッ!? またか——」


 四人の敵は横に跳躍して躱し——しかし、先頭の一人が躱しきれず、激流の刃に体を切断された。


「クソッ! ダス・ルーゲウスめッ!」


 生き残った三人の敵は、怒りのままこちらに突っ込んでくる。恐れずに突っ込んでくることに感心はするが、怖くも感じる。

 敵を睨み、それに応えるように俺も駆け出す。再び激流を願って巨槍に纏わせ、構える。


「うわあぁ————————ッ!」


 錯乱しているかのように、敵の一人が二本の槍を連続で投げてきた。遠くから攻撃すれば、俺に攻撃されずに倒せると思ったのだろう。だが——


 ——子供の頃から戦場にいるんだ。この程度で殺されてたまるか。


 飛来する一本目を跳躍で躱し、そうなることを読んで投げたであろう二本目を巨槍で斬り落とす。


「——あ——」


 青い顔で絶望の声を零す敵を、激流の巨槍で両断する。左肩から斜めに斬られたその体は、滑るように大地へ落ちていった。


「こ、これが『ファレオの魔獣』——」


 跳躍して滞空したまま、棒立ちして戦慄する敵へ右腕を突き出し、願う。


 ——激流よ、奴を吹き飛ばせ。


 轟音と共に、地表を突き破るように激流の柱が湧き立ち、有無を言わさず敵を空の彼方へ吹き飛ばす。


「み、皆やられた……敵は一人なのに……」


 最後に残った一人が絶望の顔でそう零すも、すぐさま怒りを感じさせる瞳でこちらを睨んできた。

 着地しそうな自分目掛けて跳躍し——


「——!?」


 俺は右手の指を銃に見立てて迫る敵に向けた。


 ——激流よ、撃ち抜け。


 敵に向けた指先から、弾丸のような水が飛び出す。それは敵の心臓を貫き、迫ってきた敵は痛みに体勢を崩して落下していく。


 俺も着地し、敵へと歩を進める。

 魔術で傷を治したのだろう。敵は何事も無かったかのように立ち上が——ろうとしたが、俺はその体を踏んで平伏させる。


「がぁっ!?」

「……魔術にとって大切なものは、発想力と努力である——俺の師匠の言葉だ。一人だと思って舐めてかかれば、こんな様にもなる」


 ——お前には、聞きたいことがある。


 平伏した敵の後頭部すれすれに据え、警告するように一度突く。突然刺され、敵はびくりと体を震わせた。しかし、握っていた剣は離さなかった。そんな敵に、俺は問い掛ける。


「さて、お前らがどこの誰で、目的は何なのか、本拠地はどこか——まあ、色々と聞かせてもらおうか。勿論——」


 そう言って、再び巨槍で後頭部を突く。今度はびくりと揺れなかった。


「抵抗するんだったら、殺す」


 そう脅した。まあ、本当に殺すつもりは無いが。


 そこら辺の破落戸ごろつきが徒党を組んだだけの組織か、『地を這う者達アポラスト』の残党か、その他か、果たして——


 敵の握っていた剣が、大きく動いた。


 ——仕方ない。そう思って巨槍を掲げ——


 敵は自分の首に剣を突き刺した。


「——ッ!?」


 予想だにしなかった出来事に愕然とする。腕から力が抜け、掲げた巨槍が地面へと突き刺さり、俺は力無く敵の亡骸を見る。剣は首を貫き、そこから血がだらだらと溢れて緑の大地を赤く染める。


 ——クソ、これじゃ何も聞き出せない。


 ただ、分かったこともある。白状して助かろうとするのでは無く、自殺してでも白状しない——きっと、そこら辺の破落戸ごろつきが徒党を組んだ訳では無い。何か強大な力を持った人がいる組織か、『昇天の民』かそれに似たいかれた宗教か——断言はまだできないが、そういったものだと思われる。だとしたら、目的は——


 そう考えかけて、止める。今はそんなことを考えるより、あの少年を守ることが最優先事項である。


 敵の亡骸を苦々しく見つめ、そして俺はこの場を後にした。

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