第四話 急襲

 真っ先に乗り込んだ黒装束の人間が、ダスさん目掛けて剣を振り下ろし——


「——ッ!?」


 獲物を狩る獣の如き彼の目が、黒装束の人間を捉えていた。敵はびくりと体を揺らして驚いたが、もう遅い。床に置いていた巨槍を握って薙ぎ、敵の体を真っ二つに斬り捨てた。


 続々と乗り込んできた黒装束の人間達は、その光景と彼の姿を見て動きを止めてどよめく。


「おい……背の高い女に連れていかれたと思ったら、あのダス・ルーゲウスも一緒だと……?」

「……いや、数はこちらの方が圧倒的に多い。勝ち目はある」


 敵の狙いはこの子——やはり、この子は少年が拉致される事件に深く関わっている。恐らく、さっきこの子を抱えながら走っていて目をつけられたのだろう。一刻を争う事態であったとはいえ、ちゃんと考えてから行動すべきだった。


 そんな彼を守るように、ダスさんは敵の前に立ちはだかった。彼は敵を鋭く睨み、問い掛ける。


「狙いはこの少年だろ? どこの誰で、目的は何だ?」

「そんなこと——」


 黒装束の一人がそう言うと、全員が一斉に各々の得物を構えた。


「——言える筈が無かろう!」


 そして敵が続々とダスさんへと向かっていく。一方で彼は溜息を吐き——


「面倒なことになったな……ミーリィ」

「え、はいっ?」


 こちらを見ずに話しかけてきた。


「勿体無いから鍋のモンは全部食っとけ。取り敢えず逃げるぞ」


 そう言って彼は右腕を前に突き出した。その腕は、その魔腑まふはさながら太陽のように爛然と輝き——


 どばぁん、と轟音を響かせながら無から水が生じ、襲い掛かってくる敵を一瞬にして呑み込んだ。氾濫した川、或いは大蛇のような激流は、宿の壁をも突き破り、大都市ボリアの奥の方へと飛んでいった。


「な、何だぁッ!?」

「水っ!?」


 宿の外からどよめきが聞こえてきた。敵が控えているのであろう。しかし、今のこともあってか乗り込んでくる気配は無い。


「ミーリィ、今のうちに荷物を詰めとけ。出したものは全部詰めろ、一ウルの出費すら出ないようにな」


 守銭奴らしいいつもの口癖を言いながら、彼は荷物を背嚢はいのうに詰めるよう促してきた。

 わたしは野菜や肉と一緒に汁を飲み干し、食器や塩、出しっぱなしだった道具などを背嚢はいのうに突っ込んだ。上手い具合に入らず、歪に膨らんでいるが、そんなことを気にしている暇は無い。


「行けますっ!」


 背嚢はいのうを背負って鉄棍を握り、ダスさんの方を向いて快活に言った。すると彼は巨槍を背負い、少年を抱えた。


 ……正直、羨ましい。少年を抱えたくも、ダスさんに抱えられたくもある。


「よし、それじゃあ——」


「突っ込むぞッ!」


 ダスさんの言葉を遮るように、宿の外で控えていた敵達が叫び声を上げた。地響きのような駆け足の音が響いてくる。


「来るか——ミーリィ、合図したら行くぞ」

「はいっ!」


 わたしはダスさんの隣に立った。彼は壁のあったところから顔を覗かせて迫ってくる敵を眺め、合図を出す瞬間を見計らい——


「——今ッ!」


 彼の合図の直後、破壊された宿から躍り出た。真下には黒装束の人間が何十人もおり、跳躍したわたし達を認めるや否や、ある者は走って追い始め、またある者は武器を構えて投げようとする。


「あの少年を逃がすな! あいつらを殺してでも——」


 どばぁん、と再び大蛇の如き激流が生じた。わたし達の後方から生じたそれは、わたし達を呑み込んで流星のように飛んでいく。水に入ったことで、黒の長髪がぶわっと広がった。


「自分達を飛ばした!?」


 予想外の出来事だったのか、自分達が吹き飛ばされると思っていたのか、黒装束の敵達は愕然としてわたし達を眺めていた。


「追うぞ! 今から追えば——ん? 水?」


 彼らは石畳に水の膜が張ってあることにようやく気付いたようだ。ダスさんが張った水の膜はどんどん水位を上げ、困惑の表情を見せる彼らの膝にまで至り——


 ——これはおまけ。


 眼下の敵を見据えて右腕を突き出し、願う。


 ——冷気よ、水を凍らせ、敵の足を止めろ!


 その瞬間、右腕が爛然と輝いた。それとほぼ同時に敵の膝にまで至っていた水の膜が凍り、敵は足を動かせなくなった。


「今度は凍った!?」

「お、お前達! 早く壊すか溶かすかするぞ! ……ひ、冷える……」


 氷に対処している敵を見届けながら、わたし達は激流に飛ばされていった。






 逃げた先は、ボリアの中にある公園であった。都市の中にあるが、その様相は森であり、さながら異界のような雰囲気を感じさせる。木の葉が日の光を遮り、水に濡れた体がよく冷える。


 落ちていた葉や枝を集めて山のように積み、火の魔術で燃やしたそれの周りに脱いだムスを置いた。こうやって移動した後に服や体を乾かすのは毎度のことである。


 水に濡れた黒髪を掴んでひと房にし、ぎりぎり焦げない位置で乾かす。こうしないと早く乾かない。


「……お前、いつもそうやって乾かしているよな」


 焚火を挟んで反対側にいるダスさんが、不思議そうな顔でわたしを見つつ言った。


「切った方が楽じゃないか?」


 悪意とかが一切無い、純粋な顔で言い放ってきた。


「……確かに切った方が楽ですけど……」


 機能性じゃなくて好みでこの髪型にしているから、楽とかどうとか言われても……でも。


「…………ダスさんが短髪の方が好みなら、切るのもやぶさかではありませんが……」

「いや、別に好きな髪型とか無いな」


 ですよね。さっきの発言からも髪に興味無さそうな気はしていましたし。


「しかし……こいつ、起きる気配が無いな」

「元々弱っていましたし、ダスさんがあんなことしたからですよ」

「否定できん」


 とは言いつつも、彼はあっけらかんとしている。相手が先に仕掛けてきたとはいえ、衰弱していて、かつ助けられる子供を殺しかけたことは自覚してほしいところである。


「それじゃ、起きるまでに飯を作っておくか」


 少年が目を覚ます気配は無い。依然衰弱しているが、水に入ったことで、少年の服や体に付いていた汚れは落ち、ぼさぼさだった金髪もましになった。


「あ、わたしも手伝います!」


 そしてわたし達は少年が気を失っているうちに料理を作り始めた。彼が起きたら——尋問の開始だ。

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