第二話 少年大好きミーリィ・ホルム

 かつて氷雪の時代と呼ばれていた頃、人々は凍え、飢え、渇き、戦い、いつ尽きるか分からない命に怯え、奇跡を願っていた。


 ある時、天より神がペリーエングシャの地に降臨した。人と呼ぶには巨体で、歪な形をした光の巨人、『始まりの者』だ。


 ペリーエングシャの地の人々から奇跡を願う思いを見出した巨人は、彼らに奇跡の如き力を与えた——それこそが魔術であり、ここから『ゲロムスの魔術師』とその帝国『ダプナル帝国』の歴史が始まる。


 彼らは魔術で氷雪の大地を拓き、北方の戦の民や東方の賢者を始めとした脅威を退け、安寧を齎した。『魔術師の時代』と呼ばれ、栄華を極めていた時代である。


 しかし、いつしか彼らの栄華は斜陽を迎えた。『終わりの者』という魔獣が突如この世に生まれ落ちたのだ。東方の賢者を滅ぼし、帝国にも襲い掛かったそれを魔術師は退けるも、世界は混沌の時代に突入してしまった。


 半ば崩壊した帝国内での権力争い、治安の悪化による犯罪行為の横行、力無き人間の反逆——懐疑、暴力、欺瞞、戦などに包まれた時代の中、帝国は段々と滅びへと歩を進め、いつしか魔術師の帝国も、魔術師の時代も、そしてゲロムスの魔術師も消えてしまった。


 ただ、一つ残ったものがある。魔術師の遺骸と血潮が大地に染み込み、巡り巡って魔術師の力、即ち魔腑まふと魔術が、微かではあるが力無き人のものとなった。


 魔術師の力を受け継ぎ、帝国を再建したかつての力無き人間達。こうして『ゲロムスの遺児』の時代は始まったのだ。



——新ダプナル帝国皇帝・ヘローク教団ネドラ派魔皇ヴィラス・ノルバット『ゲロムスの遺児』より






 突然ですが、わたし『ミーリィ・ホルム』は自警団『ファレオ』に属しておりまして、魔術を悪用する人達の対処や魔獣の討伐、そして様々なお悩み解決などをしています。


 ……いるのですが、何故か時々犯罪者扱いされます。正直心当たりは無いのですが、これがそうじゃないかと気付いた時は、改善するつもりです!


 民間人を守る立場にある以上、ちゃんとした振る舞いをする必要がありますからね! 犯罪者と思われないよう、努力していきます!






「これでもくらえっ!」

「いたっ!? やったなーっ!」


「……むふふふふふふぅ……!」


 公園で遊ぶ少年達、その姿を長椅子に座って眺めながら、わたしは微笑んだ。


 落ちていた木の枝を拾って剣に見立て、お互いを叩く少年達。それは小さい動物がじゃれ合っているのと同様の愛嬌があり、目の保養だけでなく、肉体や精神の疲労回復、食欲増進など様々な効果が見込める。

 自然と垂れてしまった涎を、少年達から視線を逸らさずに手巾で拭く。運動して熱くなったからか、少年達は羽織っていたムスを脱ぎ捨て、服の留め金を外して上半身を露出させる。


「ふおぉぉぉぉ……!」


 筋肉質でないむっちりとした体と、肌を伝う汗。思わず歓喜の声を上げ、熱くなったので彼らと同様に羽織っていたムスを脱いだ。


 欲を言ってしまえば、彼らに混ざって遊びたい。しかし大人として、またファレオの一員としてそういうことはするべきでないということも事実。奥の方で彼らの親御さんと思しき方達も見ていることだし——


「おい」


 後頭部に巨槍の穂先が向けられた。


「きゃぁ————————っ!?」


 突然の出来事に思わず悲鳴を上げて立ち上がり——


「……って、ダスさんじゃないですか、驚かさないで下さいよー。どうしたんですか?」


 巨槍を向けてきたのは『ダス・ルーゲウス』——わたしと同じくファレオに属していて、わたしの先輩に当たる——であった。黒い髪の合間から、恐ろしげな三白眼がこちらを覗いている。


「……涎を拭け、涎を」


 溜息を吐いてそう言うと、彼はわたしの隣に座った。いつの間にか垂れていた涎を言われた通り拭き、再び尋ねる。


「それで、どうしたんですか?」

「…………依頼が入ったんだが、内容はこうだ。『今息子達が公園で遊んでいるんですけど、魔獣の呻き声のような笑い声を上げて息子達を眺める、いかにも犯罪者な人がいます。いつ手を出してきてもおかしくないような状況で、対処してほしいです』とのこと」

「何と! それは許せませんね!」

「お前のことだよ」


 巨槍の柄で頭頂部を殴られた——が、それ以上に衝撃的だったのが、そのいかにも犯罪者な人が自分であるということだ。


「え!? やっぱりわたし犯罪者みたいなんですか!? 人違いではなく!?」


 そう捲し立てた。すると彼は呆れた表情で前方を指さす。その方向を向くと、少年達の周りには彼らの親がおり——汚物を見るような目で、わたしのことを見ていた。


「…………」

「何か言うことは?」

「……か、改善……は、善処します……」

「絶対やれよ。ほら、行くぞ」


 そう言って立ち上がった彼に続くように立ち上がり、長椅子に立て掛けた鉄棍を手に取る。溜息を吐いて項垂れたまま、彼の後をついていく。


「正直実感湧かないんですけどねぇ……具体的にどこが犯罪者なのか……というか、魔獣の呻き声は言い過ぎじゃないですか!?」

「お前の声を聞かせてやりたいところだが……まあそれはいい。一応確認だが、ミーリィ、少年を拉致してないだろうな?」


 本当に罪を犯したのか怪しまれた。


「……あの、流石に抗議していいですか……? いかに男の子が好きだからといって、拉致はしませんよ……? その程度の良識は持っているつもりですし……」


 寧ろわたしとしては拉致は撲滅すべきという立場である。性犯罪に繋がりかねなく、事実ゴーノクル全土で見ても男女問わず子供が拉致されて犯されるという事例は多い。


「ああ、気を悪くしたならすまない。いや、実はだな……」


 申し訳なさそうな顔から訝るような顔になって彼は続ける。


「少年が拉致される事案が多発しているみたいだ。子供の見守りの依頼も普段より多い」

「え? そんな素晴らしい依頼が沢山来てたんですか?」


 ごつごつとした手の裏拳で顔面を小突かれた。本心なのに。


「真面目に聞け……それで依頼の理由を聞いてみたんだが、そこで拉致のことを知った。詳細な話も聞いたんだが、気になるところがあった」

「気になるところ、ですか?」


 正直わたしとしては子供の見守りの方が気になるが、また殴られるのでぐっと堪えた。


「拉致された子供達だが……どうやらすぐに、遅くても一日後には戻ってきたとのことだ。何かをされた形跡も無いらしい……まあ、これに関しては魔術で消されている可能性もあるが」


 確かに何かをされたとしても、例えば傷跡を魔術で再生すれば、証拠を消すことができる。


「ボリアには買い物に来ただけで、すぐに本部に行くつもりだったが……この件を終わらせてからだ」

「了解です! それでなんですけど……」


 そう言うと、彼は足を止め、首を傾げてわたしの方を向いた。


「さっき言ってた子供の見守りの依頼、次来たらわたしに回してもらってもいいですか?」

「駄目に決まってるだろ」

「酷い!」






 ダスさんは十年以上もファレオとしてゴーノクル全土で活躍しており、またとある理由で非常に有名な人物であり、それもあって彼には依頼が多く来る。

 一方わたしはというと、ファレオの先輩達に育てられたとはいえ、ファレオとしての活動経歴は一年も経っておらず、知名度も信用もあまり獲得していない。それもあって、基本的にはダスさんに来た依頼の手伝いをしているのである。

 しかしながら、わたしが犯罪者みたいだからという理由で依頼の手伝いもできない有様である。買い物も終わったので、拉致問題に対処するまでは特にやることが無い。


 そんな訳で、街を練り歩いている。決して道行く少年達を見て楽しんでいる訳では無く、あくまで彼らが拉致されないか見守っているだけで——


「おい! 公園行こうぜー!」

「うん!」


 わたしも公園に行くことにした。


 横を通り過ぎていった少年達を見失わないよう小走りでついていく。大通りだから人が多く、ぶつからないように左右に動きながら小走りし——


 薄暗い路地の入口に通りかかった。薄暗さに加え、拉致の話もあって自然に視線が吸い寄せられる。乱雑に捨て置かれたごみの山があり、その横では少年が——


「——って、えっ!?」


 通り過ぎた路地の入口に咄嗟に戻って足を止め、その奥を凝視する。そこにはやはり、ぼろぼろの服を着た、薄汚れて痩せ細った体の少年がいた。

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