第21話 森の結晶

 サエブルプスの群れに襲われてから数日後——。へーミシュたちは出発し、先へと進んでいた。しかし今のへーミシュたちは、以前のようにただ漠然と歩いているわけではなく、明確な目的地を持っていた。


『この状況はまずい』


 ——数日前、ネカレウスはそう言って、現状をこう説明した。


『神々が封印されるなんてこと、聞いたことがない。それに、今起こっていることがこのまま終わるとは思えない』


『なるほどな』


 へーミシュもその考えに賛成だった。火と水。正反対の性質を持つ者同士だが、争い、いがみ合うことは今までなかったはずだ。それに、呪いがかけられているということは、何者かが神々を封じ込めようとしたということ。つまり——。


『このまま何もしないでいると、もっと色々な神々が封印される——そういうことか?』


『ああ。俺はこのことを、他の精霊の長にも伝えに行こうと思う。他にも封じられている神がいるかもしれないし、もしかしたら、今後封印されるのを防げるかもしれない。お前らは、それを長様に——フラゴル様に伝えてくれ』


 ネカレウスはそう言って後ろを向き、歩き出した。


『待て』


 へーミシュはネカレウスを呼び止めた。


『俺たちも行く』


 へーミシュの言葉に、ネカレウスが目を見開いた。


『……いいのか?』


『ああ。お前だけだと、他の精霊の長たちに合わせてもらえるかさえわからないからな。俺たちみたいにいろんな奴がいた方が、説得力も増すだろ』


 へーミシュはそう言って笑った。


『……おう! ありがとな!』


 ネカレウスも笑い返した。



 ——そんなわけで、今はまず土精ノームの住処へと向かっているところだ。土精ノームの長は情報通だという。何か、より詳しい情報を知っているかもしれない。


「ところで、”土の街テルルプスの隠れ里”って、街って名前なのに精霊の隠れ里なんだね」

 ソフィアが不思議そうにつぶやいた。

「元は土精ノームが住んでいた鉱山だったんだけどな。商いが発展して、今では街みたいになってるんだ」

 ネカレウスがソフィアに答えた。

「商い……?」

 ピンときていない様子のソフィアのために、へーミシュは説明を付け加えた。

土精ノームは鍛冶が得意だからな。その技術を使って、武器やアクセサリーを作ってんだよ。それを売るために作られた市場が、今じゃ境界中の品が集まる場所になってる。だから、”土の街テルルプスの隠れ里”って呼ばれてんだよ。ブルカヌスも、封印される前はよくここにきてたらしいな」

「そうなんだ。そういえばブルカヌス様って、鍛冶の神様でもあるんだよね?」

 ソフィアの質問に、ネカレウスは「ああ……」と言って複雑な表情を見せた。

(……ま、主人が封印されたら、そりゃ複雑だよな)

 へーミシュはネカレウスの心情を察した。



「ここだ」

 歩いて少し日が傾いた頃、ネカレウスが指し示したのは、森の中にぽつんと広がる開けた場所だった。

「ここ、って……ただの空き地じゃねえか」

 へーミシュは思わず口に出した。

「まあな。何も知らなけりゃな」

 そう言ってネカレウスは、広場の真ん中に一つだけある岩に近づき、手をかざした。


『神聖なる古代の扉よ、その力を持って、我を”土の街テルルプス”へと導け——開け扉アペルタ!』


 ネカレウスが魔法を唱えると、岩が光り始めた。同時に、岩から強い霊力が溢れ出す。思わず目を閉じた。

 目を開けると、石の後ろにポッカリと穴が空いていた。穴のふちには下へと続く螺旋状の階段があり、どこまでも深い。大蛇の姿に戻ったフルクトゥスが、ざっと三匹は入りそうだ。

「すごい……入り口が隠れているなんて……!」

 ソフィアが感嘆の声を上げながら、穴を覗き込んだ。

(おいおい、大丈夫なのか……?)

 案の定、ソフィアがよろけて落ちそうになったので、やれやれと思いながらも後ろから腕を引っ張って支えた。

「あ、ありがとう、へーミシュ。危うく落ちちゃうところだった」

「全く、気をつけろよ」

 もはやソフィアのうっかり行動を予測できるようになってしまったへーミシュは、(このセリフ言わせるの何度目だよ……)と呆れ返りながらも、ソフィアの体を起こしてやった。

「またイチャイチャしてるのかよ」

 ネカレウスが呆れ気味に言った。

「ならお前が助けろよ……」

 こっちが呆れたい……と、ネカレウスを軽く睨んだ。


 咳払いが聞こえて振り返ると、背の低い人間のような生き物が二人、穴から出てくるところだった。片方は背がとても低く、片方はネカレウスと同じくらいの身長だった。


土精ノームの街へようこそ。扉を開けたということは、何か街へ緊急の用事がおありかな?」


土精ノームか……)


 土精ノーム火精サラマンドラ水精ウンディーネとは違い、小さな姿をしている。へーミシュの腰ほどの高さの彼らは、肌はゴツゴツしていて、尖った鼻の上で小さな目が光っていて、体は小さいながらもがっちりしている。ネカレウスがうなずいて、土精ノームの質問に答えた。

「ああ。突然ですまないが、土精ノームの長殿に会わせてもらえないか? 今すぐ伝えたいことがある」

「お頭に、かい? ……火精サラマンドラの坊や、悪いが、今お頭は武器を直している最中だ。話しかけても、あまり返事はしてくれんと思うぞ」

 背が高い方の土精ノームよりも年上そうなもう一人の土精ノームが、申し訳なさそうに言った。

「そこをなんとか……! このままでは、下手をすればあんたらの主人あるじまで封印されかねないんだ……!」

「何っ!?」

 土精ノームたちの顔色が変わった。年上そうな土精ノームが走って階段を降りていき、背の高い土精ノームはへーミシュたちを手招きして階段の入り口まで来た。へーミシュたちが後についていくと、少し若そうなその土精ノームは、ランプに火を灯しながらたずねた。

「噂にゃ聞いていたが……まさか、ブルカヌス様とネプトゥーヌス様が封印されたというのは本当なのか?」

「間違い無いです。どちらの神様も、呪いで封印されていました」

 ソフィアがそう答えた。

「そうか……俺たちの主人・女神テルース様は、まだ大丈夫だが……あんたも大変だったな」

「……まあな」

 土精ノームの配慮の言葉に、ネカレウスは苦笑いした。その間にも、地上から差し込む光は、どんどん薄くなっていく。ついに、ランプや光魔法の灯りがないと何も見えなくなってしまった。



 階段を下まで降りると、そこには広大な空間が広がっていた。見渡す限り建物が並んでいて、街一つがすっぽりと地下に埋まっているようだった。

「ここが、”土の街テルルプスの隠れ里”……」

 ソフィアが辺りを見渡して言った。

「さあ、急ごう。今頃兄者がお頭に話をつけてるさ」

 そう言って若い土精ノームは再び歩き始めた。


「ルペス!」

 若い土精ノームの後についていくと、先ほどの土精ノームが戻ってきた。

「兄者! どうしたんですか」

「それが……お頭は今、ソル様からお預かりした武器の修理が大詰めで……もう少し待たないといけないらしいんだ」

 ネカレウスが不安げな顔をして「そうなのか……」とつぶやいた。

「仕方ないな。気分転換に街でも散策しようぜ」

 ネカレウスの提案に、ランドルフが「はいなのである〜!」と返事した。

「おお、それなら、街を案内しよう。ルペス」

「はい、兄者!」

 年上の土精ノームが、ルペスと呼ばれた背の高い土精ノームに言った。

「俺はルペス。よろしく頼むぜ」

「ああ、こちらこそよろしくな。俺はネカレウスだ。こいつがへーミシュで、こっちはソフィア。後ろにいるのが、左から順に、ウルクス、ランドルフ、アルマだ」

 ネカレウスが全員を紹介した。ルペスはそれぞれをじーっと見て、不思議そうな顔をした。

「なんで、精霊と魔族と人間と……て、天使が一緒にいるんだ?」

「まあ、色々あってな。こいつらが一緒に来てくれているんだ」

 ネカレウスの簡単すぎる説明を聞いたルペスは、「そ、そうなのか……すげえな」と言って、半笑いのような表情を浮かべた。「どうしたんだ?」とネカレウスが聞くと、ルペスは「いや」と言い、ぼそっと言った。

「なんか、この世界に住んでる魔物以外の生物大集合、って感じだな」

「面白いこと言うなぁ、お前」

 ネカレウスが笑うと、ルペスは「そうか? お前も十分面白いけどな」と言って、ネカレウスに手を差し出した。

「なんか、お前とは気が合いそうだぜ。改めて、よろしくな!」

「おう!」

 会って早々意気投合したので、へーミシュは「じゃ、案内よろしくな」と話を戻した。



 賑やかな通りを歩いていると、市場に出ている色々な品物が目に付く。アルマやウルクスは、それぞれ弓や魔法杖を見ていた。

「すごい、綺麗……!」

「わあ〜! キラキラしているのである〜!」

 ソフィアとランドルフが市場の一角で何かを見ている。後ろから覗いてみたら、そこはアクセサリーを売っている店だった。店の表には、宝石の原石やそれらを加工したジュエリーなどが所狭しと並べられている。

「お、いい店を見つけたな」

 ルペスがそう言って、店の中に声をかけた。ランプの光で明るく照らされた中から、店の主人と思しき女性の土精ノームが出てきた。

「いらっしゃい。珍しいお客さんだね、ルペス」

「はい。街を案内がてら寄ってみました」

 ルペスと女主人は顔見知りらしい。へーミシュは、そう言った店内の光景を外から眺めていた。

「どれも素敵だな〜……ん?」

 店内をじっくりみていたソフィアが、ある物の前で立ち止まった。


 それは、不思議な色の石を使ったネックレスだった。水滴のような形をしたその石は、丁寧に磨き上げられて、金色の縁取りの中に収まっている。石の色は、湖のように透き通った水色から、上にいくにつれて森の色のような深い緑色に変わっていく。まるで森を閉じ込めたような宝石に、ソフィアは見入っていた。


「おお。お嬢ちゃん、お目が高いね。”森の結晶”に目がいくなんて」

 店の女主人がソフィアに声をかけた。ソフィアが「”森の結晶”、ですか……?」と聞き返す。

「”森の結晶”は珍しい石でね。千年に一度、本当に美しい森からしか取れない、貴重な宝石だよ」

 店主の説明に、ソフィアは「へえ〜! すごい……!」と感嘆の声を上げた。

「あまりに貴重だから、他の店じゃ売ってないんだよ。唯一風精シルフと取引してるこの店だけが仕入れられるんだ」

 ルペスが付け加えた。

「綺麗なのである〜!」

「ほんとだ! ソフィアの目の色みたい。ソフィアなら似合いそう!」

 武器を見るのに飽きたのか、アルマまでやってきた。ノリノリでソフィアの首にネックレスをあてがっている。

「ふーん。いいもん見つけたな」

 へーミシュは何の気なしにそう言ったが、次のソフィアの一言で愕然とする。


「でもこれ、そんなに貴重なら、結構いいお値段するんじゃ……」

「うげっ!? た、確かに……」

 普通に持っていたアルマが、そっとネックレスを元の場所に戻す。

「……いくらなんだ?」

 買う買わないはともかく、へーミシュは一応値段を聞いてみた。

「それが……あんまり珍しいもんだから、値段がつけられないんだよねえ。つけるとしたら、城が一つ買えるくらいの価値になっちまうし」

 店主の発言に、アルマが「ひっ!?」と短く絶叫した。

「まあでも、一回つけてみてごらん、お嬢ちゃん」

「は、はい……」

 店主の了解を得て、ソフィアがネックレスをつける。その途端、ネックレスが淡い光を放ち始めたのだ。まるで木漏れ日のような光は、次第にゆっくりと消えていった。

「……お嬢ちゃん、あんたやっぱり”慈悲クレメンスの巫女”なんだね?」

「……え?」

「エメラルド色の瞳だから、もしかしてとは思ったんだけど……まさか本当にこの石が反応するとは……」

 ソフィアは混乱している様子だった。


 度々ソフィアが聞かれる質問。


『あなたは”慈悲クレメンスの巫女”なの?』


 ソフィア自身も知らない、彼女に秘められた力。一体これは——?


(——まさか、ばーちゃんが関係しているのか……?)


「……わ、わかりません……私、境界ここに来たばかりなので……」

 ソフィアは戸惑いながらもそう答えた。店主はその言葉に納得した様子だった。

「そうかい。まあ、それはさておき——」



「大変だ! テルース様の館が攻撃されている!」



 大声が聞こえた方を見ると、ルペスが兄者と呼んでいた土精ノームが、あちこちに向かって叫びながら慌ててこちらへ向かってきていた。

「兄者!! 一体何が……!」

「さっきテルース様の護衛係が交代しに行ったら、護衛がやられちまってて、なんか変な奴らが館全体を攻撃してて……このままではテルース様が……っ!」

「そ、そんな……!」

 ルペスと兄貴分土精ノームの話に、へーミシュは割り込んだ。

「俺たちを案内してくれ。何かできるかはわからないが、やれることはやってみる」

 へーミシュに気圧されたのか、土精ノームたちは「あ、ああ、わかった」と言ってうなずいた。

「まさかこんなことになるなんて……本当に何が起こってんだ……?」

 ネカレウスが拳を握りしめる。

「悔やむのは後回しだ。行くぞ!」

 へーミシュはネカレウスに喝を入れ、ルペスたちに続こうとした。しかし、視界の端に動けなくなっている銀髪の少女を見つけ、立ち止まった。

「ソフィアも行くぞ! 怪我人がいるかも知れねえ」

「……っ!」

「ソフィア!」

 へーミシュの声がやっと届いたらしいソフィアは、「う、うん……!」と言って小走りでついてきた。だが、体力のあまりないソフィアは、すでに遅れている。へーミシュは、ドレスの裾を踏んで転びそうなソフィアの後ろに回り込んで、ソフィアを抱え込んだ。


「……あ、あの、へーミシュ……」


 何か言いたげなソフィアに「ん?」と聞き返すが、「……やっぱり、なんでもない……」と言われた。なんだか前にもあったような光景にツッコミを入れたくなったが、今はそれどころではない。そう思い直し我慢するへーミシュなのであった。


《第21話 森の結晶 了》

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