第12話 仲間

 ”魔なる目”を持つ少年、ウルクス。魔法使いの村を襲ったオーガを、その能力で消し去った後、力尽きたように倒れてしまった。


 ウルクスを寝かせた後、誰一人として話すことはなかった。

 恐れていたことが起きてしまったと、へーミシュは考え込んでいた。万が一、こんなことが起こっても、事前に止めることができるのではないかと思っていたが、どうやら不可能そうだ。


「……皆様、申し訳ありませぬ。このような事態になってしまって……」

 アラウダが申し訳なさそうに口を開いた。「いいんだよ、別に。村人に被害が出たわけじゃねーし」とへーミシュが言う。


「この子は……生まれながらにして、この能力デュナミスを持っていたのです」


 アラウダが語り出した。


「この子は、私と同じ、”サリエルの申し子”。生まれながらにして、堕天使サリエル様から与えられた、由緒ある力の持ち主。この子が生まれる前も、私の占いで、”サリエルの申し子”が生まれるとの、お告げがあったのです」

 アラウダは遠くを見つめるような目をした。

「”サリエルの申し子”が生まれることは、この村の人々にとっては名誉の証。この子の両親も喜んだのです。しかし——」

 アラウダは、一旦黙り込み、ため息をついた後、再び話し始めた。

「この子の能力は、あまりにも強すぎた。私を含め、他の”魔なる目の者”ならば、遠くの物や、過去、未来などが見えるだけなのです。されど、この子の能力デュナミスは、人智を遥かに超えるもの」

「ウルクスの能力デュナミス……?」

 ソフィアが尋ねると、アラウダは頷いた。


「ええ。この子の能力デュナミスは——」


「消滅魔法」


 ベットの上から声が聞こえ、へーミシュはその方を向いた。見ると、ウルクスの瞳が開いていた。

「ウルクス、起きていたのか」

 マギステルが近づき、ウルクスは、「……はい……」と弱々しい声で答えた。

「……僕の能力デュナミスは、相手の魂を消滅させる魔法なんだ」

「魂を、か」

 へーミシュはその言葉で納得した。あのオーガが、肉体すら残さず消えたのは、魂が消滅したからなのか、と。生命の根幹である魂が消えてしまえば、肉体はこの世界に存在することができずに消滅してしまう。

(ウルクスは、相手を完全に抹消できるってことか……)


「へーミシュ、僕、やっぱり行くのをやめるよ……」

 ウルクスが俯いて言った。へーミシュはそれを黙って聞いた。

「今までもそうだったんだ……。僕がいると、みんなが不幸になる。父さんも、母さんも、村の人たちも、みんな僕のせいで……。だからこうして封印しているのに……たまにこうやって発動してしまうことがあるんだ」

「そうなのか……」

(ウルクスが祖母と二人暮らしなのは、そういうわけだったんだな……)

 へーミシュは、拳を握りしめたウルクスを見て、自分が提案したことが、果たしてよかったのかどうかわからなくなった。

  村人のウルクスへのよそよそしい態度を見るに、ウルクスは村人たちから敬遠されているのだろう。”サリエルの申し子”と持て囃しながら、実際はその力を恐れ、こんな村の端に追いやっているのだ。


 へーミシュは、昔の自分を思い出していた。自分に擦り寄ってきた、悪魔たちの言葉を。


『いやあ、光栄です!ルシファー様のお孫様とお目にかかれるなんて!』

『まあ!お爺様やお父様に似て、とても見目麗しゅうございますわねぇ』

『僕たちと仲良くしていただけませんか?きっと、いい”お友達”になれると思います!』


 うわべだけの言葉。その裏に隠されたドス黒い本音を知るには、へーミシュはあまりにも幼すぎた。


『ちっ。何がルシファー様のお孫様だ。高貴な血筋だからって、威張り腐っているだけじゃないか』

『人間との子供だなんて、穢らわしい。カリタス様もカリタス様よ。なんでよりによって人間の女なんぞを娶ったのかしら』

『なんでアイツと仲良くしてるかって?当たり前じゃないか。魔王の孫と仲良くしていれば、俺の出世に有利だからな。誰が好き好んで半人半魔と仲良くするもんか』



『悪魔と人間の子』


『呪われた、望まれなかった子』




『お前なぞ、生まれなければよかったのだ!』




 心無い負の言葉。それは、今もへーミシュの胸の奥を深く抉ったままだ。それでも——。その度に、へーミシュのことを思い遣った、温かい言葉に、へーミシュは救われてきた。


『へーミシュ様はお優しい。そこが、へーミシュ様の良いところですぞ』

『へーミシュ様はお父様似でもあるけれど、お母様似でもあるわね。イリス様も、とってもお美しかったもの』

『大丈夫。私たちはへーミシュのそばにいる。何があっても絶対』

『お前は、私たちに必要とされて、生まれてきたんだよ』


 そして——。


    *  *  *  *  *


『……、嫌じゃないのかよ、俺のこと』


 あれは、ソフィアの歓迎パーティーでのことだ。へーミシュが半人半魔だと知った後も、普通に話しているソフィアを見て、へーミシュは思わずそう尋ねた。


『え、何で?』


 ソフィアはキョトンとしていた。逆に質問を返されたへーミシュは、戸惑いながらも答えた。

『だって、人間は、血筋とか、そういうのを気にするんだろ?半分が悪魔なんてやつ、嫌だろ……?』

 珍しく弱気になっている自分がみっともなかったが、我慢していると、ソフィアは、しばらく考え込んで、


『嫌じゃないよ』


 と言ったのだ。『は!?何で!?』と大声で聞き返すと、ソフィアは目をしばしばさせて言った。



『だって、へーミシュはへーミシュなんだもの。それ以外、なにも考える必要はないよ』



 手の力が抜けて、危うく持っていた料理を落としそうになった。『大丈夫!?』とソフィアに心配されてしまった。とっさに『あ、ああ』と答える。

『そ、そう……。まあ、私のおばあちゃんも、国の外の村で生まれて、お母さんは半分その血を引いてるから、半分が違う民族や種族っていうのは慣れてるのかな——って、ど、どうしたの、へーミシュ……?』

『ったく、お前は……』

 笑うことしかできなかった。脱力したせいか、腹の底から笑いが溢れてくる。

『え、私、なんか変なこと言った……?』

『っ、ハハハッ!まあ、変わってるといえば、その通りなんだがな

 ——っ!』

 言っている最中も、笑いしか出てこない。


(まったく、面白いやつを連れて来ちまったな)


 混乱しているソフィアをよそに、そんなことを考えてはいたが、へーミシュがどれだけソフィアの言葉に救われたことか。ソフィアはきっと、知るよしもないだろう——。


    *  *  *  *  *


 へーミシュは、しばらく前の記憶を思い出し、ウルクスと重ね合わせていた。ウルクスのことにしろ、ランドルフのことにしろ、自分と異なる部分を持つものに対して迫害を行うことは、もはや生きているものの性だろう。

 でも。


(違いがあるからこそ、協力できるし、助け合える)


 だから——。


「ウルクス、お前の気持ちを無視してすまなかった。だが——」


 へーミシュの謝罪に体を起こしたウルクスに向かって、へーミシュは言った。


「やはり、俺たちと一緒に来てくれないか?」


 そう言うと、ウルクスは口をポカンと開けた。

「え……?」

「”魔なる目”の心配はわかる。だが、この旅には、どうしてもウルクスの力が必要なんだ。お前は魔法も規格外だからな」

「で、でも……!」

 ウルクスはまだ何か言いたげな様子だ。「なんだよ、まだ何かあるのかよ」と言うと、ウルクスは困惑したように言った。

「こ、怖くないの……?僕のこの力は、へーミシュのことも傷つけてしまうかもしれないんだよ……?」

 ウルクスの心配はもっともなのだが、へーミシュは「はあ?」と声を上げた。

「何言ってんだよ。半人半魔の俺に怖いものなんてあるわけないだろ。それに——」


 へーミシュは赤い瞳を細めて言った。


「俺たち、もう仲間じゃねーか。怖いとか以前に、困った時は助け合えばいいだけの話だろ?」


 ウルクスが目を見開いた。


「……ありがとう」

 そう言って、ウルクスは少しホッとしたように笑った。


「……ありがとうございます、へーミシュ様。ウルクスを受け入れてくださって」

 マギステルが静かに言った。

「ああ」

 へーミシュは頷いた。


『——たとえ自分と違っていても、分かり合えなくても、相手のありのままを受け入れることができる人になるのよ——』


 遠い昔、母がそう言っていた。


    *  *  *  *  *


 安心感からか、再び眠りについたウルクスに優しい眼差しで見つめていたソフィアだったが、ふとへーミシュに尋ねた。

「ねえ、へーミシュ。これからどうするの?」

「ああ、言ってなかったな。神々の都、スペルスに行く。それが一番手っ取り早い方法だからな」

「神々の都って……か、神様に会うってこと!?」

 ソフィアが目を見開いた。「そんなに驚くことか?」とへーミシュが尋ねると、ソフィアは、心配そうな表情をしながらつぶやいた。

「だって、神様って、すごく高い山の上にいるって聞いたことがあるから……うわぁ、山の上まで登れるかな……」

(なんだ、そんなことかよ……)

 不安げにつぶやくから、何事かと思えば……、と脱力しかけていたへーミシュだったが、その言葉に引っかかるものを感じた。

「……ソフィアの知ってる神は、山の上にいるのか? 空の上、じゃなくて?」

「え? そうね……私は、空のずーっと上にいる神様と、どこか別の世界の、高ーい山の上にいる神様がいる、って、聞いたことがあるよ」

「そうか……」

 ソフィアの解答に、へーミシュはそうとだけ返事をした。己の中に浮かび上がってきた疑問と向き合うことに、すっかり集中している。


(下界に、”いと高き所スペルスの神々”の存在を知っている人間がいるとはな……にしても、何でソフィアは知っているんだ……? ソフィアの住んでる異郷に奴らがいたのは、神話時代の話だぞ……?)


「へーミシュ、どうかしたの? ぼーっとしちゃって」

「……あ、いや、何でもない」


(ま、いっか。そのうちわかるだろ)


 そう思い直したへーミシュは、自分を見ている心配そうな視線に気づいて、その視線の主であるマギステルを見た。

「ん、マギステル、どうかしたか?」

「い、いえ……こんなことを言っては失礼ですが、やはり天使がいるのにスペルスへ行くのは、危険ではないのでしょうか……?」

 そう言って、マギステルがちらりとアルマに視線を送る。へーミシュもアルマを見ると、珍しく黙って話を聞いていたアルマが口を開いた。

「……私は行かないわよ」

「え!? アルマ、どうして……!?」

 ソフィアが驚いた様子でそう尋ねた。

「ごめん。”いと高き所スペルスの神々”は、私たち天使にとっては敵みたいなものなんだ……私があそこに行ったら、何をされるかわからない……」

アルマが言った。

「そうなんだ……」

 ソフィアが意気消沈といった感じで相槌を打った。


「……別に、大丈夫じゃねーか?」

「え?」

 アルマは、へーミシュの言葉が意外だったようだ。へーミシュは続けた。

「その時は、俺が反撃するさ。攻撃されて、俺が黙ってるわけねーだろ?」

 へーミシュは、なるべくアルマの不安が払拭できるよう、口角を上げ、明るく言い放った。いつもこのように軽い口調だという自覚はあるのだが。

「……そうね。確かにあんたならやりかねないわ」

 しかし、その配慮の意識も、アルマの呆れ顔とその発言に対するイラつきに瞬時に塗り変わった。

「何で呆れ顔なんだよ」

「あったりまえじゃない! あんたの発言に呆れたからよ」

「俺が何か変なこと言ったか!? お前はいつもそうやって感情が顔に出る——」

「はあ!? 感情は顔に出るものですぅー! 何そこにいちゃもんつけてんのよ!! ばっかじゃないの!?」

「馬鹿とは何だよ!!」


(ああ、今日も賑やかなのである……)


 へーミシュとアルマの他愛もない喧嘩を聞きながら、一体いつ目覚めたことを伝えようかと考えていたランドルフは、もう一眠りしてもよさそう、なんて思っているのだった。


《第12話 仲間 了》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る