第3話 悪魔の城は賑やか
逃亡中で、危うく捕まりかけていた公爵令嬢・ソフィアは、通りすがりの悪魔の少年・へーミシュに、なぜか助けられる。今は、これまたなぜかその少年の城に向かっているところだ。”境界”と呼ばれる異郷にある、その巨大な城に向かって、ソフィアはお姫様抱っこ状態でヘーミシュに抱えられて、空を飛んでいた。
少し飛んだだけで、二人はすぐに壮麗な城の門に辿り着いた。城の入り口にふさわしい大きな門で、見上げても屋根の部分が視界に入らない。屋根の端の所々に装飾が施されているのが、微かに見える。門の正面には、角を生やし、背中から翼が生えた悪魔らしきものたちが二体、立っていた。睨まれたら、石のように固まってしまいそうだ。ソフィアは悪魔たちから目を逸らし、門の両側から遠くへと伸びる城壁に目を移した。ソフィアの背丈の何倍もありそうな城壁は、その上のあちこちに、人影らしきものが見える。見張りだろうか。いい加減首が痛くなってきたので、上を見るのをやめて視線を正面に戻す。よく見ると、頑丈そうな城壁にも、細かな模様が彫られたレリーフがあった。
へーミシュが門番に声を掛けている。門番たちはへーミシュの顔を見るなりかしこまった様子で一礼した。へーミシュと一言、二言交わしただけで、門番たちは門の扉に手をかける。ギギィーッと大きな音を立てて、その門は開かれた。
「へーミシュ様のお帰りー!」
城門の上から、そんな声が聞こえた。
城門の中に入っても、ソフィアはその城の規模に驚かされるばかりだった。近くで見るとやはり、どの塔も建物も大きく、まるでソフィアを見下ろしているようだった。——いや、実際に、城内に建てられたいくつもの塔から視線を感じる。やはりここは悪魔の城。城中から感じる威圧感に、ソフィアは俯いた。それでも、へーミシュに続いて、城で一番大きな建物・居館の中に入る。
ドアが開くと、そこは吹き抜けのエントランスホールだった。高い天井には慣れていたつもりだったが、ここまで豪華な作りの城は初めてだった。ホールの至る所に花や彫像が飾られ、芳香が漂っていた。入り口の両端から、ズラッと悪魔が並んでいる。そして、悪魔たちはへーミシュに向かって一斉に、
「お帰りなさいませ、へーミシュ様」
と言ってお辞儀をした。へーミシュは「おう」とだけ返事をした。まるで一城の主のような出迎えに、ソフィアは固まってしまった。
(あ、悪魔もこんなお出迎えするんだ。というか、へーミシュってやっぱり何者?悪魔の中でも偉いほうなの?)
謎がぐるぐるとソフィアの頭を巡っているが、へーミシュは「何固まってんだよ」と言ってソフィアをグイグイと引っ張って行く。悪魔の歓待の列を過ぎて行く途中で、ソフィアの姿を見た悪魔たちがザワザワと騒ぎ始めた。
「あれは、人間?」
「まあ、なんてこと。人間だなんて」
「あんなものを連れ帰ってくるなど、へーミシュ様は何を考えていらっしゃるのだろうか」
「きっと生贄に違いない」
そんなことを言っている声が聞こえて、ソフィアは愕然とした。
(やっぱり私、生贄なんだぁ〜)
ああ、人生楽しかったな、などと遠い目をしているソフィアに気付かず、へーミシュはホールの奥へと進んでいく。やがて、悪魔たちの列が途切れると、そこには一体の悪魔が立っていた。遠目に見たら白髪の老人に見えていた。しかし、頭の左右にはぐるぐると巻いた羊のような角が生えている。そして、人間の頭があるはずのところには、羊の頭がついているではないか。
ソフィアが驚いて目を見張ると悪魔が何か言い始めた。
「お帰りなさいませ、へーミシュ様……って」
羊頭の悪魔に見つめられて、ソフィアは再び固まった。悪魔が目を見開く。
「ど、どこのご令嬢を攫ってこられたのですかーーーー!?!?」
「攫ってねーし!」
へーミシュが大きな声で反論した。しかし、
「いやどう見ても攫ってこられてますよね!?うわー!!どういたしましょう!?」
と、悪魔が腕を振り回してパタパタと慌てている。あまりにも慌てるので、ソフィアはいろんな意味で心配になってきた。
(私ってこれから生贄にされるの?それとも助けてもらったの?どっち???)
そのうち、他にも悪魔が二体やってきた。一体はガッチリした見た目の悪魔だった。見上げるほどの背丈に、分厚い胸板。全身の筋肉が盛り上がっていた。極太の眉の下のギロリとした目で睨まれる。今度こそ石になりそうだ。
もう一人は、美しい女性の姿をした悪魔だった。緩くウェーブのかかった黒い髪が艶々としている。腰から冠を下げたその貴婦人のような悪魔は、一瞬目を見開いたが、ソフィアと目が合うとにっこりと笑った。思わずソフィアも笑い返す。少し苦笑いだったが。
この状況にどう収拾をつけたらいいかわからなくなってきた。そこで、
「あ、あの……」
ソフィアが未だ言い争っているへーミシュと悪魔に声をかけると、二人の動きがピタリと止まった。羊頭の悪魔が、ゴホンと咳払いする。へーミシュもようやく静かになった。羊頭の悪魔が口を開く。
「失礼……。と、とりあえず、ようこそ、テルミヌス城へ。わたくしは執事のセバストスと申します」
(羊の執事って……)というソフィアの心のツッコミは置いておいて。
「は、初めまして。私はソフィア・エオーニオン。エオーニオン王国、ゼフィス公爵の娘です」
そこまで自己紹介すると、悪魔たちがまたザワザワし始めた。セバストスと名乗った悪魔も、開いた目ををさらに大きくしてこう言った。
「やはり高貴なお方……!へーミシュ様、何故このようなお方を……!」
「だから攫ってないってば!!」
へーミシュが再び反論し始めようとすると、「まあまあ」と、先ほどソフィアに笑いかけた女性の悪魔がなだめた。今度は、いかつい顔をした筋骨隆々の悪魔がこう言った。
「生贄ですか、へーミシュ様」
ソフィアは思わず「ええ!?」と声を上げた。やはり生贄扱いだったのか……と、ソフィアがガックリと項垂れると、へーミシュまで「なんで今度はそうなるんだよ、ポテスタス……」と頭を抱えた。
「まあまあ。この方には、何か事情がお有りのようですわ。お話を伺ってもよろしいかしら?ソフィア公爵令嬢」
そう言って話題を切り替えてくれたのは、例の女性の悪魔だった。妖艶な笑みを浮かべて言った女性は、
「そうそう、私はグレモリー。どうぞお見知り置きを」
と名乗り優雅にお辞儀をした。ソフィアも慌ててお辞儀を返す。
「ソ、ソフィアでいいです。よろしくお願いします……。あ、でも……」
ソフィアはまだ警戒していた。助けてもらったとはいえ、いつ生贄として悪魔たちの食膳に饗されるかもわからない。そんな中では、到底この悪魔たちを信頼することなどできなかった。
ソフィアが黙り込んでしまっていると、ソフィアの心情を察したのか、グレモリーと名乗った悪魔が言った。
「大丈夫。”私たち”は、あなたを騙したり、ましてや生贄になんてしたりしないわ。”私たち”の
そう言って、グレモリーはソフィアの手を優しく握った。柔らかく白い手に包まれて、ソフィアの警戒心が解けていく。ソフィアは、心を決めた。
「わかりました。お話しします」
* * * * *
広い応接室に通され、出された紅茶を一口飲んで、ソフィアは悪魔たちに語り出した。
「——先ほどもお話しした通り、私は、エオーニオン王国第二王子で、公爵の、ゼフィス・エオーニオンの元に生まれました。母は、森の中の小さな教会で生まれ育った人で、私には姉と弟が一人ずついて。みんなで仲良く暮らしていたんです」
そこまで言ったソフィアは、家族のことを思い出して微笑んだ。物静かな父と、おおらかな母と、優しい姉と、クールな弟と。家族と過ごした日々がありありと浮かんでくる。
「そんなある日、私に縁談が持ち込まれたんです。相手は、マグナニムス家の御子息で。私にはもったいないくらい、素敵な方だったんです」
「マグナニムス家というと、あの教皇の・・・・・・?」
セバストスがそう聞いたので、ソフィアは頷いた。
「はい。とても有難いお話だと、家族みんなで喜んだんです。でも——」
そう言ってソフィアは俯いた。
「ある日、マグナニムス家のお屋敷で、聞いてしまったんです。この結婚の本当の目的を」
「本当の目的?」
「ええ。私の叔父の、ヒエラクス国王と、私の父と共に、教皇陛下へご挨拶に伺ったんです。そうしたら、たまたま教皇陛下と国王陛下がお話ししているのを聞いてしまって」
『この結婚が成立したら、例のムラを落としてくださいますな?ヒエラクス国王』
『ええ、もちろんですとも、教皇陛下』
グレモリーが「それってつまり——」と呟く。ソフィアは、言葉を選んで迷っていたが、覚悟を決め、顔を上げて言った。
「叔父さま、いえ、国王と教皇陛下は、この結婚を契機に結託して、自分たちと異なる神を信じている人たちの集落を滅ぼそうとしていたんです……!ただ自分たちと違うからという理由で、何の罪もない人たちを殺そうとしていたんです」
ソフィアの手が震えた。手に持ったカップと受け皿が当たってカタカタと鳴る。
「それで、婚約破棄のために逃げてきたのか……」
へーミシュが納得したような声で言った。
「その通りです。どうしても、そんなことには加担したくなくて。私が姿を隠して婚約が破棄されれば、そんなことは起こらないだろうと思ったのですが……。どうやら、甘かったみたいですね」
そう言ってソフィアは再び俯いた。自分の考えの甘さに今更ながら呆れ、ため息をつく。
「まあ、そんな感じで捕まってたとこに、たまたま俺が通りかかって助けて、今こうなってるってわけ」
重苦しい空気に割って入るかのように、へーミシュがそう説明した。
「それは大変でしたな」
ポテスタスと呼ばれた筋骨隆々の悪魔も、同情の色を顔に浮かべている。
「じゃあ、しばらくここにいたらどうだ?」
へーミシュがポツリとそう言った。
「え」
「だって、元々どこかに隠れるつもりだったんだろ?それだったら、人間はこの城には絶対来れないし、そもそもこの世界にも来れないだろうし。多分、人間たちの間ではそれこそ『悪魔に攫われた』ってことになってるだろうし。身を隠すにはちょうどいいだろ?」
「え」
「え?」
ソフィアは再び目を見開いたまま動けなくなってしまった。脳内フリーズ状態だ。
へーミシュは「なんで毎回固まるんだよ……」と、もはや呆れ顔だ。しかし、周りの悪魔の反応も負けてはいなかった。
「あら〜、本当?大歓迎するわ〜!」
グレモリーは満面の笑みでそう言った。
「し、しかしへーミシュ様」
とポテスタスが反論しかけたが、へーミシュが
「いいんだよ、ポテスタス。さぁて、賑やかになりそうだな」
と面白そうに言い、さらに、セバストスまでもが「私も賛成です」と言った。ポテスタスは、「セバストスまで!?」と、大きな目を剥き出してさらにギョロリとさせたが、もごもごと小さな声で「へーミシュ様がそうおっしゃるなら」と言った。
「な、なんか勝手に話が決まってるぅ〜」
一方のソフィアは、ありえない展開にうろたえていた。いきなり悪魔の城に連れてこられて、さらにそこで暮らすことになるなんて。これは夢だ、絶対夢だ。そう自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻そうとしていた。
「しかし、まさかへーミシュ様が人間の女性を連れてこられるとは……。イリス様の時を思い出しますなぁ」
セバストスがしみじみと言った。
(イリス様……?誰だろう……)
ソフィアがそう思っていると、
「セバストス、余計なことは言うな」
へーミシュがセバストスを睨んで言った。浮かべていた笑みが消え、眉間にしわが寄っている。
「失礼しました」
セバストスが丁寧に頭を下げる。
(余計なことって……。へーミシュは何を隠しているんだろう……)
そう思ったが、なぜか聞きづらくて結局聞くことはできなかった。
かくして、ソフィアは悪魔の城に居候することになったのである。
《第3話 悪魔の城は賑やか 了》
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