第3話

歌の中に出てくる父親は、いつまでたっても子供を迎えに来ることはない。だから、たぶんこの歌には続きがあるに違いないと少女は思った。


想像の中でしか知らない砂漠の中で、ただ父親が迎えに来るのを待つ子供。そんなただ悲しいだけの、あの女も知らないと言う歌の続きが、もし不幸な結末を迎えるのなら少女はこの歌を決して歌おうなどとは思わない。


でもたぶん歌の続きを知ることができたなら、そこには父親が迎えに来る場面が必ずあると少女は信じていた。なぜなら、あの女はこの歌を口ずさむ時、その時だけはとても優しい顔をしていたから。


でもそのあとすぐに、女は決まって少女を部屋から追い出してしまう。なのにあれから幾らかの歳を重ね、女が自分を部屋から追い出す理由を知った今でも――


少女はいまだこの歌に囚われたままその歌を口ずさむ。


いつも天邪鬼で好き勝手な事を言うあの女の顔なんか、三歩も歩けばいつだってすぐに忘れてしまう事が出来た。でも、彼女が歌うあの時の顔だけはどうしても忘れることができない。あの時の幸せそうな視線の先にはいつも何が見えていたのだろうか――


少女がこの歌を口ずさむ時、いつも最後に父親が子供達を迎えに来る情景に思いを馳せた。だが、父親を知らない少女にとっては、ただの憧れだけが空想の中で雲のように遷ろっていくばかり。そしていつも最後には悲しくなった。


あの女ならその光景をはっきりとは描くことが出来るのだろうか……。もし描く事が出来るのなら、あの女は視線の先に幸せを描けるだけ恵まれていると少女は思う。


この街に目玉のギョロりとした髭面ひげづらの彫りが深い男達が訪れるのは、決まって春先から初夏にかけてだった。


埃っぽいマントをひるがえし決して垢抜けず身なりも粗野なその男達は、いつも沢山のお金を持っていて羽振りがいい。なのに一年中この街に出入りしている他の着飾った男達とは違い、彼らは彼女達のことを決しての名前で呼ぼうとはしなかった。



どうやら、彼らは遠く東の砂漠の国からこの街へとやって来るらしい。

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