第2話
この街の東西南北には一つずつ四つの門がある。
普段開いているのは西と東の門だけ。西の門は赤くて豪奢。東の門は黒くて伊達。後の二つの門は普段は閉まったままで、早朝たまに開くことがあるけれど、誰もそれを好んで見ようとは思わない。
だから、この街で春を求める沢山の男達は、いつも日が沈むと赤か黒の門をくぐってやってくる。
少女は夕方になると決まってその黒い方の門にもたれて座り込んだ。最初はこの門に近づくことすら恐ろしかった少女が、思い立ってこの門をくぐったのが一年前のこと。きっかけは友達が客を取り始めたのを知ったからだった。
それはほんの一歩だけのやけくそな勇気だったが、結局は何も起こらなかった。本当は誰かが見張っていてすぐに連れ戻されると思っていたのに、どうやらそこは街の端ではないらしい。
それからというもの少女は毎日一歩ずつその歩数を増やしていって、堀にかかる橋の真ん中まで来た時。少女は突然怖くなってくなって脚がすくんだ。
「もしこのまま誰にも気づかれることなく街の外へと出てしまったらどうしよう……。」
今まで自分はこの街から出たいとばかり思っていたのに、なぜそう思ってしまったのだろうか。この時、少女は自分が街でしか生きられない事を知った。
その時に外の世界に憧れるのを諦めたはずだった。そしてようやく売り物としての自分を受け入れたつもりだった。
なのに。あの女がいつまでも顔を引っぱたく。少女は結局売り物にもならずにいつまでたっても中途半端のまま。そしていつの間にかあの時の恐怖も忘れてしまって、昨日も今日もやっぱり黒い門に寄りかかっている。
「黒い四つの宝石を 早く隠してしまいましょう
闇に紛れて見えなくなって 砂の海に溺れる前に
父さん早く迎えに来い 父さん早く迎えに来い。」
幼かった頃、あの女がいつもこの歌をうたっていた。少女はその歌が終わると必ず部屋から追い出されて、代わりにだらしない顔をした見知らぬ男が女の部屋に入っていく。
だから少女はこの歌が嫌いになった。
でも、少女の小さな口からこぼれるのはいつまで経ってもこの歌で――日の暮れた黒門で耳をすますと、雑踏に紛れていつもこの歌が聞こえてくる。
「父さん早く迎えに来い……
父さん早く迎えに来い……。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます