ナンバークの小さな蛇〜異端のポージー外伝〜

鳥羽フシミ

第1話

この街に目玉のギョロりとした髭面ひげづらの男達が訪れるのは、決まって春先から初夏にかけてだった。


埃っぽいマントをひるがえし決して垢抜けず身振りも粗野なその男達は、沢山のお金を持っていていつも羽振りがいい。なのに一年中この街を出入りしている他の着飾った男達とは違って、彼らはこの街の女達のことを決しての名前で呼ぼうとはしなかった。


彼らはいったい何処からやって来るのだろうか。もし彼らの後を付いて行けばいったいどんな場所にたどり着くのだろうか。そんな事に思いを馳せてみるが、四方を堀で囲まれて、昼間から酒と白粉おしろいの香りがするこの街から少女はまだ一歩も外へ出たことが無い。



その少女は、いつも顔を腫らしている。今日は煙草の釣り銭をくすねたと言いがかりをつけられて頬を二度引っ叩かれた。同じ歳頃の娘は、もう皆んな客を取って働き始めているというのに、少女はそのいつも腫らした顔のせいで、未だに小間使いの使いっ走りのままだ。


だから街が忙しく仕事を始める夜になれば少女にはすることが無くなってしまう。その日も少女は日が暮れるといつものように街の入口に向かって一人歩いて行く。あの男達を探しに……。

 

この街の女はみな商品だ。夜になればこの街には沢山の男が商品を買いにやって来る。しかし、わざわざお金を払って傷んだ果実を選ぶ男が何処にいるだろう。たとえ少女の腫れた顔を気に留めた酔狂な男がいたとしても、その醜さを哀れんで端金はしたがねを恵んでくるだけだ。何処に立とうが座ろうが彼女に代金を払おうなんて奇特な男は誰一人としていない。


そんな事は嫌というほど身に沁みているというのに――少女はそれでも商品としてこの街で生きている。


――どうせ売れ残りの商品なら、いっそこの街から私を追い出してくれればいいのに……。そんなふうに思ったことが何度あっただろうか。


しかし、この街ではそんな簡単な事すらどうにもならないらしい。いくら醜女しこめといえども女がこの街を出る時は、男と一緒に出ていく時かそれとも死んだ時かのどちらかの一つ。


少女は、それ以外の理由でこの街を出て行った女を一人たりとも見たことが無かった。

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