バレタイン
わらびさん
バレタイン
「西くん糖尿になっちゃうんじゃない?」
いつもの帰り道。
加奈子がいつもの調子でおちゃらけたので、景子も「ばか、もらったところで全部食べるわけないでしょ」といつもの調子でつっこむ。
二人の真ん中を歩くアカネがくすっと笑った。
「加奈子も景子も変わんないね。クラスのみんなはそわそわしてたよ」
「そりゃそうよ」景子は肩をすくめてみせる。「みんな狙いは西くん一人なんだもん」
明日はバレンタインデー。クラス男子ナンバーワン人気の西くんはきっと大忙しだろう。
「みーこは体育館裏で渡すんだって。こはちゃんは旧校舎の裏でしょー」
加奈子が細い指を折りながら内情をバラしていく。
「裏好きだねー。もっと堂々と渡せばいいのに」
「見なさい、西くんは私のものよ! みたいな?」
乗ってきた加奈子にアカネはそうそう、と頷いている。
いやいや。「堂々と渡したらバレちゃうじゃん。新山に」
新任にしては生徒に厳しい彼のことだ、チョコの受け渡しを黙認するはずがない。
「あの人怖いもんね」加奈子は眉を寄せて可愛らしい愚痴をこぼした。
こないだなんかさ――。
いや、それは加奈子が悪いじゃん――。
「ごめん」ふとしたアカネの声に会話が途切れた。
振り返ると、立ち止まったアカネは脇道を指で示している。
「私こっちだから」
にっこりと笑ってじゃあ、と脇道へ歩き出すアカネを景子は慌てて呼び止める。
「いやいや、アカネんちそっちじゃないじゃん」
するとアカネもまたいやいや、と振り返る。
「チョコ買うのよ。それじゃ、また明日ね」
それだけ言うと、今度こそアカネは行ってしまった。
景子は残された者同士で顔を見合わせる。加奈子が脇道を指差した。
「え、アカネも西派?」
いつもの帰り道、いつもの三人。景子は隣を歩くアカネの方を見ることができなかった。加奈子も珍しく口を閉ざしている。
昨日のアカネの言葉がよみがえった。
『もっと堂々と渡せばいいのに』
三時間前、教室。新山が英文を読み上げている。景子は眠気と闘いながらも、斜め前に座るアカネの動きを見逃さなかった。アカネは机の横に提げたカバンから何かを取り出している。鮮やかな赤色をしたそれはよく見るとハートの形をしていて――。
いやいや、堂々としすぎだろ⁉
新山がそれに気づかないはずもなく、アカネの真っ赤なハートは案の定没収されたのだった。
景子たちは無言で歩き続ける。
「先生もさ」沈黙を破ったのは加奈子だった。「チョコくらい許してくれてもいいのにね」
そう言って加奈子はアカネの肩に手を置く。
景子もそれに倣って「そうそう、没収することはないよ」と肩に手をポンとした。
アカネは俯く。その肩が震えたかと思うと、アカネはあははと笑い出した。
取り残された二人はまたも顔を見合わせる。
アカネはにじんだ涙を拭いながら言った。
「やっぱり二人とも勘違いしてる。没収じゃないよ、堂々と渡したの」
そこで景子は思い至った。
「私の本命は新山先生だから」
アカネは親指を立てて言う。
「そういうこと? すっごい気まずい思いしちゃったじゃん」
加奈子も理解したらしく「なーんだ、西派じゃなかったのか」などと呟いている。
「二人して気ぃ遣ってくれたんだね」
そう言ってアカネはいつもの調子でくすっと笑った。
バレタイン わらびさん @warabi3
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