第6話 陰キャ、異世界で得たチートで美少女を助ける。
俺は教室を出ると、屋上へ向かって校内を走った。
あくまでも、普通の高校生の身体能力の範囲内で。
異世界で鍛えた超人的な身体能力を発揮して全力疾走するには、生徒たちの目が多すぎる。
俺がチートスキルを持っていることが多くの人に知られたら、必ず面倒なことになる。
例えば、俺の力を利用しようとする奴が近づいてきたりとか。
おかげでスピードを調整して走っていた俺だったが、すぐに事情が変わった。
千里眼スキルで
初音さんを囲む女子の一人が彫刻刀のような刃物を取り出す映像が、頭の中に浮かんでくる。
(これは想像以上に過激だな……!)
さすがに悠長なことをやっていられない。
俺は周囲の生徒たちの視界から一瞬外れるタイミングで、別のチートスキルを使用した。
透明化。
効果は文字通りだ。
俺の姿は廊下を曲がったタイミングで、他人の視界から消えた。
その瞬間、俺は人目を気にせず全力疾走する。
屋上までの階段を駆け上がるまで、数秒と掛からなかった。
初音さんと彼女を囲む女子たちの会話が聞こえてくる。
「サッカー部のエースに色目使ったくせに、どこの誰かもわからない陰キャと付き合うとか、生意気なんだよ!」
「男漁りばっかして何様のつもり?」
初音さんは三年生と思われる5人の女子たちにいわれのない暴言を吐かれていた。
あいつらが初音さんに嫉妬してイジメているという連中だろう。
壁際に初音さんを追い詰めて、逃げられないように取り囲んでいる。
どいつも派手な髪色や化粧をした、陽キャの中でもちょっとガラの悪いタイプの奴らだ。
「……」
一方の初音さんはいつものすまし顔で、無言を貫いている。
その態度がイジメっ子たちには気に入らなかったらしい。
「チッ! なんか言ったらどうなの」
「その顔ムカつくから、二度と男に色目を使えないように傷つけてやるよ!」
5人の中心に立つイジメの主犯格らしい金髪の女子が、手にしていた彫刻刀を初音さんの顔に向けた。
「おっと」
俺は透明化を解除しながらその場に割って入った。
彫刻刀に向かって、手を伸ばす。
金髪の女子がけっこうな勢いで振っていたせいで、ガッツリ手の平に刺さった。
「は……?」
俺がいきなり囲みの中に現れたことに、金髪の女子は愕然としていた。
思わず彫刻刀から手を放すほどだ。
「いや、これはさすがに度が過ぎてるだろ……」
俺は手に突き刺さったままの彫刻刀を見て、呆れる。
これが初音さんにそのまま向けられていたら、ちょっと顔に傷がつくだけでは済まなかっただろう。
「な……いきなりなんだよお前!」
「今こいつ、どこから……?」
「てかこれ、ヤバくない?」
何やら口々に汚い言葉を発していたイジメっ子たちだったが、事の重大さに気づいたようだ。
彫刻刀は俺の手を貫通しており、少なくない量の血が出ている。
「思いっきり刺さってるし、これは傷害事件になってもおかしくないな」
俺が何食わぬ顔でそう呟くと、女子たちの何人かは青ざめた顔をした。
しかし主犯格の金髪は余裕そうだ。
「ハッ! 別にこれくらい、私の親が揉み消してくれるから。知ってる? 私のパパってこの学校の理事で、市会議員でもあるんだから」
なるほど、強気な態度はそれが理由か。
初音さんが手を焼いていた事情も、相手の父親が背景にあったわけだ。
この金髪の親が学校や地元で権力を持っているせいで、教師に相談しても揉み消された、とか。
そして校内で他の生徒を多少傷つけた程度の話なら、本当になかったことにできるのだろう。
もっとも。
「その親って、今ここにはいないよな」
俺は一言、そう返す。
金髪の女子が肩を小さく震わせた。
強気な態度が、一転して影を潜める。
彫刻刀が手を貫通しているのに平然としていて、顔の半分が前髪で隠れていて見えない陰キャが目の前にいたら、我ながら不気味だと思う。
しかもそんな奴がこの場で今すぐ報復するようなことを匂わせてきたら、ビビって当然だ。
「チッ……なんなんだよ!」
金髪の女子は舌打ちすると、屋上の出口へと早足で逃げ去っていった。
他の女子たちも顔を見合わせながら、その後を追っていく。
その場に残ったのは、俺と初音さんだけになった。
「
初音さんは真っ先に、彫刻刀の突き刺さった俺の手を心配してくれた。
「ああ、うん。これくらいはね。俺って屋上から落ちても無傷な男だし」
俺は刺さった彫刻刀を手から引き抜くと、ひらひらとその手を振った。
既に傷口が塞がり始めている。
チートスキルの一つ、超再生だ。
この程度の刺し傷はもちろん、手足の数本が千切れてもすぐに治すことができる。
そもそもダメージを受けないこともできるけど、今回は相手をビビらせた方が有効だと判断して、あえて刺されてみた。
「きみ、ゾンビか何かなの?」
「俺は陰キャだけど、ゾンビは言い過ぎだよ」
「はは、確かに……」
初音さんは苦笑いした。
「それより、初音さんこそ大丈夫だった?」
「けっこう危なかったけど、八雲くんのおかげで助かった。ありがとうね」
初音さんは安堵の表情を浮かべている。
ボディーガードの役割を果たせたようで良かった。
「でも、どうしてここにいるって分かったの?」
「勘……?」
「絶対嘘だ」
「じゃあ、企業秘密ってことで」
「ふふ。八雲くんが言いたくないなら、それでいいよ」
初音さんはそれ以上詮索してこなかった。
やっぱり、初音さんみたいな美少女は楽しそうに笑っている方が似合うと思う。
陰キャなので、そんなことは口に出せないけど。
◇◇◇◇
今回はイジメっ子をひとまず撃退しましたが、次回は社会的に倒しにいく話です!
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