第5話 陰キャ、美少女の彼氏(偽)になって目立つ。


 登校中、俺は視線を感じていた。

 理由は明らかだ。

 隣に、市ヶ谷いちがや初音はつねが歩いているから。

 初音さんは、校内では有名人だ。

 高校で一番の美少女なのに誰とも絡まない存在として、学科や学年が違う生徒にも広く知られている。

 そんな市ヶ谷初音が、男子生徒と一緒に歩いている。 

 しかも相手がいかにも冴えない見た目をした謎の陰キャときた。

 羨望、好機、嫉妬。

 色々な眼差しが、通学中の生徒たちから俺に向けられているのを感じる。


「それでさ……って聞いてる?」


 初音さんが、隣から俺の眼前に手を伸ばして振ってきた。

 どうやら話しかけられていたらしい。 


「あ、ごめん。聞いてなかった」

八雲やくもくん、さては寝ぼけてる?」


 突き刺さる視線の原因を初音さんが隣にいるからだと説明したけど、厳密に言うと少し違う。

 ただ隣にいるからというだけじゃない。

 いつもすました顔をしている初音さんが、俺と話している時は表情を目まぐるしく変化させているからこそ、みんな不思議に思っているのだろう。 


「寝ぼけてるわけじゃないけど……現実味がないのは、そのとおりかも」

「はは、何それ」


 俺や道ゆく生徒たちの気など知らずに、市ヶ谷さんは笑うのだった。




 学校に到着するまで注目を集め続けていた俺と初音さんだったが、さすがに直接話しかけて事情を聞いてくるような人はいなかった。

 俺と初音さんにとって、全校生徒のほとんどは会話すらしたことがないからな。

 いくら面白そうな組み合わせの二人が歩いていても、面識がなければ話しかけにくいのは陰キャに限った話ではないらしい。

 慣れない視線を浴びていた俺としては、正直助かった。

 陰キャが目立つなんて、基本的にいいことがないし。

 そうして俺の心はギリギリ平穏が保たれていたが、それも教室に着くまでの話だった。

 俺と初音さんが自分のクラスである2年3組の教室に、前方の扉から入っていくと。

 やはり登校中と似たような視線を感じた。

 直前まで、それぞれ数人の小グループで集まって会話していたはずなのに、揃ってこっちを見ている。

 得体の知れない陰キャと、高嶺の花の美少女。

 意外な組み合わせに、クラスメイトたちは興味津々だ。


「お、おはよう。上野うえのくん、市ヶ谷さん。二人が一緒なんて珍しいね」


 クラスの中でも陽キャの部類に入るバスケ部の女子が、友人たちの輪から抜け出すと率先して話しかけてきた。

 今まで会話した記憶はないけど、俺の名前知ってたのか。

 くだらないことを考えていた俺の横で、初音さんが質問に答えた。


「私たち、付き合ってるから」


 いつものすまし顔で放たれた発言に、教室がどよめいた。


「マジかよ……」

「あの市ヶ谷さんに彼氏が……?」

「そもそもあんな奴クラスにいたっけ?」


 けっこうな言われようだった。


「意外な二人がくっついたんだ……?」


 話しかけてきた陽キャ女子も、困惑した様子で初音さんと俺を交互に見ていた。

 悪かったな、俺みたいな陰キャがフリとは言え初音さんの恋人で。


「ちなみに、馴れ初めなんて聞いてみたり?」

「それは……二人だけの秘密、ってことで」


 初音さんは思わせぶりなことを言って、微笑んだ。

 またしても、教室がざわつく。


「あ、あの市ヶ谷さんが笑ってる……」

「上野って、いったい何者なんだ……?」


 そんな声が聞こえてきたが、残念ながら俺と初音さんは恋人のフリをしているだけだ。

 そうなった経緯を馴れ初めとするにしても、他人に話せるわけがない。

 飛び降りようとしていた初音さんを助けたらなんだかんだで童貞を卒業して、なんだかんだで恋人のフリをすることになった、なんて。




 その後、俺と初音さんは休み時間の度にクラスメイトから質問責めにあった。

 俺と初音さんは、窓際最後列の席で隣同士だ。

 俺がまだ失踪していた4月末に席替えを行ってこの位置になったらしい。

 今までは二人とも交友関係が皆無だったので、この席に人が近寄ることはなかった。

 しかし今日は、代わる代わるクラスメイトが話しかけにくる。

 俺と初音さんの恋愛事情について聞きたいらしい。

 が、実際には恋人のフリをしているだけなので、話せることはほとんどない。

 午前中には話のネタが尽きて、遠巻きにチラチラ見られる程度になっていた。


 昼休み。

 午前の授業が終わってすぐ、初音さんが席を立った。


「私、今日は弁当作ってないから、購買に行ってくるね」

「うん、分かった……?」


 初音さんとまともに会話するのは朝の登校時ぶりだ。

 それにしても、なんで行き先を告げられているんだ……?


「今、なんで行き先を告げられてるんだって思ってる?」

「どうして分かったんだ」

「八雲くんって意外と考えてることが顔に出るから」


 そんなことを言われたのは初めてだ。


「とにかく私は何か買ってくるから、それまで待っててね」


 初音さんはそう言い残して教室を出て行った。

 あれ、もしかして。

 この後一緒に昼ごはんを食べようってことか?

 

 その時は軽く浮かれていた俺だったが、すぐに思い直すことになる。

 十分以上経ったのに、初音さんが帰ってこなかったからだ。

 たかが十分と思うかもしれないけど、昼休みの時間は短い。

 十分でも貴重なのだ。

 それなのに、一向に帰ってくる気配がない。

 何か嫌な予感がする。

 

(もしかして、イジメにあっているとか……?)


 市ヶ谷初音は美少女すぎるせいでイジメられている。

 イジメてくる相手は同じクラスではないようだし、昼休みは犯行に及ぶには絶好の機会だろう。

 俺としたことが、迂闊だった。

 恋人のフリをすることになったのは、ボディーガードをするためだったのに。


(仕方ない……人助けのためだ。ズルだけど使うか) 

 

 俺には異世界で手に入れた数々のチートスキルがある。

 私欲で乱用するとろくなことにならないので日常では使用を控えているけど、今回は話が別だ。

 チートスキルの一つ、千里眼スキルを使えば、離れた場所にいる相手でも探し出すことができる。

 千里眼で見渡せる範囲は無限ではないが、校内で人探しをする程度なら余裕だ。

 俺は千里眼を使うため、目を閉じた。

 脳内に周囲の光景が白黒の映像になって流れ込んでくる。

 すぐに俺は、屋上にいる初音さんを発見した。

 明らかに購買とは方向が違う上に、女子生徒らしき数名の人物に囲まれている。

  

「嫌な予感って、当たるんだな……!」


 俺は慌てて席を立つと、屋上へ向かった。



◇◇◇◇◇


あとがき&次回予告


次回は八雲が異世界で得たチートを使って初音のピンチを救う話です。

ぜひ作品のフォローと☆☆☆での応援をしてお待ちください!


それと余談ですがAIに初音のイラストを描いてもらいました。

以下の近況ノートから見れるのでよかったらどうぞ。

https://kakuyomu.jp/users/rindo2go/news/16817330653321061597

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