第4話 今日も美少女の初めてをもらった。
高校一の美少女で童貞を卒業した日。
俺が生まれて以来ずっと暮らしてきた、郊外の住宅街にある自宅に帰ってきた頃には、時刻は20時を過ぎていた。
普通の高校生なら許容範囲内の時間だろう。
しかし俺は訳ありだ。
最近まで異世界に失踪していた上に、その期間の記憶を無くしたと説明している。
帰宅して扉を開けると、玄関に義妹が腕を組んで待ち構えていた。
連絡を全部無視していたから、怒って当然だ。
2歳年下の義妹からこっぴどく叱られた俺だったけど、説教の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
帰り道から就寝まで、俺の脳内では
童貞卒業という一生に一度の体験をしたのだから、その日の間くらいは余韻に浸っていてもいいだろう。
男子高校生なんて、そんなものだ。
翌朝。
俺は約束通り一緒に登校するため、初音さんを迎えに行った。
初音さんの家は高校から徒歩十分圏内にあるが、俺の家はもう少し遠い。
いつもより電車一本分早い時間に自宅を出て地下鉄に乗り、高校の最寄り駅で降りる。
様々な店が立ち並び、そこそこ賑わう駅前から高校の方面へ向かって数分歩いた先に、初音さんの住むマンションがある。
そこが待ち合わせ場所だ。
「あ、
初音さんが5階建てのマンションの前に立っていた。
朝早くでまぶたが重い俺とは対照的に、初音さんの目ははっきり見開いている。
表情も明るくて眩しい。
さすが高校で一番の美少女だ。
陰キャの俺とは朝からオーラが違う。
「ホントに来たって……信じてなかったの?」
「そうじゃないけど。誰かと待ち合わせて登校するなんて初めてだから、軽く感動しちゃった」
「待ち合わせて登校するのが初めてって……初音さんが? 意外だな」
「だって私、あんまり人と絡まないし」
人と絡まない、か。
陰キャの俺が言ったら「人と絡めない」の間違いだろと負け惜しみ扱いされそうなセリフだ。
「美少女が言うと負け惜しみに聞こえないのが不思議だ……」
「ん? 何か言った?」
小さく呟いた俺の声は、初音さんには届いていなかったようだ。
「いや、なんでもない。それより、朝会ったら言うことがあると思うんだ」
「え、何?」
俺の言葉に、初音さんは首を傾げる。
「おはよう」
「あー」
初音さんは、納得したようなうなり声を発してから。
「おはよう!」
元気のいい笑顔で返事をしてくれた。
「ふふ。朝の挨拶なんて久しぶりにしたかも」
「そうなんだ……」
周囲からは高嶺の花だと認識されているけど、見方を変えればただのぼっちなのでは、この人。
「あ、八雲くん。今、失礼なこと考えたでしょ」
「いや、気のせいだと思うよ」
「そう?」
初音さんは、前髪でほとんど隠れている俺の目を、覗き込むようにじっと見てくる。
心でも読むつもりか……?
美少女から見つめられるなんて、朝から刺激が強い。
「まあ、いいか」
初音さんがそれ以上追及してくることはなかった。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん。あまりのんびりしてると、遅刻しちゃうしね」
俺と初音さんは、高校に向かうことにした。
閑静な住宅街を、二人並んで歩く。
この辺りは通学路になっているので、他にも同じ高校の制服を着た学生たちの姿が見える。
「ところで、八雲くんに聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「やっぱり八雲くんは、こうして女の子と一緒に登校するのは初めてだよね?」
「やっぱりって。なんか引っかかる言い方だな」
冴えない陰キャにも、一丁前にプライドはあるのだ。
事実だとしても断定されると腑に落ちないものがある。
「でも、事実でしょ?」
「はい。女子と一緒に登校するなんて初めてです」
俺はあっさり認めた。
どうあがいても事実なので、見栄を張るのは無理がある。
「へー、そうかそうか」
初音さんは、何故かニヤニヤしている。
「なんだよ」
「また、八雲くんの初めてをもらっちゃったなと思って」
そう言う初音さんは、やけに嬉しそうだった。
俺の初めて。
そんなものに価値があるとは思えない。
少なくとも、高校で一番の美少女の初めてと交換できるほどの値打ちはないと思うけど。
本人が納得してるなら問題ない……のか?
俺はそんなくだらないことを考えながら、終始上機嫌そうな初音さんと一緒に登校した。
◇◇◇◇
次回は、いつも教室で一人だった八雲と初音が一緒に登校したせいでクラスから注目を集める話です。
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