第2話 恋人のフリをすることになった。
童貞を卒業した直後。
俺は
なんかこう、とにかくすごかったな……。
初めての体験を味わって、俺の語彙力は喪失していた。
異世界に行っても全く女っ気がなかったからもう諦めていたのに、まさか元の世界に帰ってきてからこんな展開が待っているとは。
「さて、今度は私の頼みを聞いてもらう番ね」
俺の隣にいた市ヶ谷さんがそんなことを言い出した。
「ちなみに、内容次第では聞けない場合もあるから」
俺はちらりと市ヶ谷さんを見て答えた後、すぐ目を逸らした。
夕暮れ時で照明もついていないが、すぐ隣にいたら色々見えてしまう。
行為の直後なので当然だが、市ヶ谷さんは裸だ。
うつ伏せの状態でベッドに片肘を突いているせいで、胸の谷間が強調されていた。
「うわ、やり逃げするつもりなんだ?」
「人聞きが悪いな。他に選択肢がない状態にしたのは市ヶ谷さんだろ」
「それも都合の良い言い訳だよね。散々気持ち良くなったくせに」
「……」
そう言われると、耳が痛い。
同時に俺は恐怖していた。
今から俺は、高校一の美少女で童貞を卒業した対価に何を払わされるんだ。
「ちなみに断った場合、無理やりだったって警察に通報するから」
「勘弁してくれ」
俺は脅迫されていた。
どうやら拒否権はないらしい。
「分かった、話は聞く」
「よし!」
俺の返事を聞くと、市ヶ谷さんは跳ねるように身を起こした。
おかげで寝転んでいる間は隠れていた部分まで、市ヶ谷さんの肢体がすべて露わになってしまう。
「話は聞くからとりあえず、体を隠してくれ。直視できないから」
「……」
それまで何も意識していなかったように見えた市ヶ谷さんが、ピタリと固まる。
市ヶ谷さんはそそくさと、ベッドの下に落ちていたシャツを拾って羽織った。
「……さっきまで直接触ってたくせに」
そう言う市ヶ谷さんの表情は、薄暗くてはっきりとはわからなかったけど。
少しだけ、赤く染まっているように見えた。
散々大胆なことをしてきたのに、今更照れているのか……?
そんな市ヶ谷さんを目の当たりにして、不覚にもかわいいと思ってしまう俺がいた。
○
話の前に少し変な空気になったので、先にシャワーを浴びた。
当然だけど、別々で。
俺と市ヶ谷さんは汗やら何やら流して、服を着た。
俺は当然この部屋に来る際に着ていた制服だけど、市ヶ谷さんは白のルームウェアだ。
明かりをつけて、部屋の真ん中に置かれたローテーブルを挟んで向き合う。
「じゃあ気を取り直して、私の頼みを話すね」
「う、うん」
俺は身構える。
「
「え?」
どんな恐ろしい頼み事をされるのかと思っていた俺は、予想外の内容に拍子抜けした。
「あ、恋人って言ってもフリだからね?」
「恋人のフリ……か」
「うん。さらに言うとそれも建前で、恋人のフリをしながら私のことを守るボディーガードをするのがきみの役割ね」
淡々と語る市ヶ谷さんを前に、俺は一つの疑問を抱いた。
「さっきまで飛び降り自殺しようとしていたのに、ボディーガードが必要なのか……?」
「そもそも、あれは死ぬつもりなかったから」
「え、そうなの?」
「うん、そうなの」
市ヶ谷さんは何食わぬ顔でうなずいた。
「じゃあ、なんであんな危ないことをしていたんだ」
「きっかけは、私が美少女すぎて他の女子から嫉妬されたことなんだけど」
「美少女すぎるって自分で言うのか」
俺はついツッコミを入れてしまった。
市ヶ谷さんが美少女であることは、否定しないけど。
当の本人は、気に留める様子もなく話を続ける。
「とにかく、美少女すぎた私に言い寄ってきた三年の先輩がいたんだけど、その人が面倒な人物でね」
「しつこく口説いてきたとか?」
「いや、本人はあっさり諦めたんだけど、その先輩がなんかファンクラブがあるくらい人気のサッカー部のエースだったらしくて」
「ああ……」
俺たちの通う高校は部活動が盛んで、サッカー部は全国クラスの実力がある。
そのエースとなると、地元のニュースで取り上げられるほどの有名人だ。
「すごいな。あの先輩ってどんな女子の告白も断ってるとか聞いたのに、逆に言い寄られた上で振ったのか」
「だって、ピンとこなかったから」
校内の女子たちの憧れであるサッカー部のエースを、市ヶ谷さんはそう評した。
まあ、当の市ヶ谷さんも校内では有名人の割に浮いた話を聞いたことがない。
これくらいあっさりしていても、おかしくはないか。
「でも、市ヶ谷さんがこの調子なら気に入らないと思う奴はいるかもな……」
「そうなんだよねー……本人の誘いを断って終わりかと思ったら、ファンクラブのメンバーを自称する女子たちが私を攻撃してきて」
「イジメみたいな?」
「まあ、そんな感じ」
市ヶ谷さんは、やれやれとため息をつく。
「女子って怖いな」
「うん。だから私、ちょっと仕返しをしようと思ってさ。今日はその下見をしてたの」
「下見?」
「作戦の下見。ちなみに作戦はこんな感じ」
その1、学校で死なない程度の高さから飛び降りる。
その2、事件になるくらい大騒ぎになる。
その3、一命を取り留めた私の鞄から遺言状が出てきて、イジメてきた奴らの名前が書いてある。
その4、イジメてきた奴らは社会的に死亡!
「……って予定だったけど、あの高さだと死ぬのは私だったね」
市ヶ谷さんは苦笑いした。
「無茶苦茶だな……」
体を張ったやり方も、その割に成功率が低そうなところも。
「でも私には、それくらいしかできることがなかったから」
そう言う市ヶ谷さんは、どこか寂しそうに見えた。
他人に期待してない。
市ヶ谷さんは、そう言っていた。
住む場所さえ、こうして一人で暮らしているんだ。
きっと頼る相手もいなかったのだろう。
そんな市ヶ谷さんを、俺は放っておくことができなかった。
人が困っていて、助ける力が自分にあるなら助けた方がいい。
あの言葉は俺の本音だ。
「分かった、やるよ。恋人のフリ」
「ありがとう上野くん、元々拒否権を与えるつもりはなかったけど」
「さらっと怖いことを言うなよ」
まあ、俺も童貞卒業させてもらった以上、初めから犯罪以外の頼みは大体聞くつもりだったけど。
「それにしても、やっぱり上野くんに私の初めてをあげて正解だったかな」
「え? 初めてだったの?」
初めて。
つまりは処女だった……ってことだよな。
「そんなに意外でもないでしょ。私って、いつも一人だし」
確かに、高嶺の花と言われているくらいだし、おかしくはない……のか?
「でも、なんでサッカー部のエースを振るような人が、俺なんかと」
「うーん?」
俺の問いに、市ヶ谷さんは少し考える様子を見せてから。
「上野くんは、ピンときたから」
「ピンときた?」
つまり直感ってことだろうか。
今一つ、何が言いたいのかわからない。
「私がここまでするのは、きみが相手だからってことだよ」
市ヶ谷さんはにしし、と楽しげに笑った。
その笑顔は、さっきまで童貞だった男には刺激が強すぎた。
噂では、市ヶ谷初音はあまり人と会話しない、いつも澄ました態度を取る高嶺の花のような美少女だと聞いた。
でも、実際に市ヶ谷さんと接してみて。
聞いていた話と、まるで違うと思った。
明るくて、気さくで、どこか掴み所がなくて。
何より、笑うとかわいい。
俺が市ヶ谷さんに抱いた印象はそんな感じだ。
もしかして、こんな笑顔を向けているのは、俺に対してだけだったり……とか。
そんな妄想をしてしまうあたり、俺は順調に市ヶ谷さんのことを意識してしまっているらしい。
◇◇◇◇◇
本日の更新はここまでです。
明日からは毎朝7:18に更新していきますので、ぜひ作品をフォローしてお待ちください!
次回はここまで破天荒な振る舞いを見せていた市ヶ谷さんの、普通の女の子らしいかわいらしさを掘り下げていく回になります。
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