形見と桜
――ガラガラ、ガラガラ
「ふん、また卑しい下民どもは、ろくに金にもならない商売なんぞしおって。道が汚れる」
馬車に乗り、窓から見える商人たちを横目に、走り去っていくシドニア男爵。
もうすぐで、男爵の邸宅に着くころだろうか。
頬杖を突きながら、シドニア男爵が葉巻に火をつけようとした、そのとき――
「キキッーー!!」
男爵の乗る馬車が急停止した。
「な、なにごとだ!?ろくに馬車も運転できんのか!!」
「い、いえ男爵様っ!急に目の前に人がっ!」
「なにっ!?」
声を荒げながら、シドニア男爵は馬車から降り、馬の前へと足を進めると、2人の子どもが立っていた。
「この卑しい下民どもが!急に私の馬車の前に飛び出したそうだな!!」
そう言う男爵の言葉など、お構いなしに、少女はこう言った。
「どうも、初めましてシドニア男爵。私はファクトタムのソフィアと申します。少しお時間いただけますか?」
「そんな時間など私にはない!早く、この子供たちをどかすのだ!」
命令された使用人は、男爵の罵声に怯えながらも、恐る恐るソフィアに近づくと……
「この方にそれ以上近づくと、私が容赦致しません」
そう手を前に出し、鋭い目つきを向けたリアムに、使用人は後ずさりをしてしまった。
「な、何をしている!」
「無礼を働いたことは、謝罪申し上げます。男爵。ですが、ガードナー氏の件でお話をしたく伺わせていただきました」
「そんな奴のことは知らん!」
「……話にならないですね。では、娘さんの入試についての話といったら……?」
そうソフィアが核心を突くようにいうと、男爵の顔色が一気に変わった。
「っな、なにを知っていると……!」
そんな男爵にゆっくりと近づくソフィア。
「少しは、卑しい下民の話を聞く気になりましたか?シドニア男爵?」
にっこりと微笑みながら、そう言った。
―――シドニア家邸宅
「私たちファクトタムの要求はたったの2つです。ここ、シドニア家で庭師として働いていたガードナー氏の死の真相。そしてガードナー氏が身に着けていたペンダントの返却。これだけです」
「ふんっ!子どもが調子に乗りやがって。娘のことを言い出したから、家にあげてやったはいいものの、どうせ証拠もないでっちあげなんだろう。それに、ガードナーなんて庭師のことは、もうとっくに忘れ――」
「これを見ても、そう言えますか……?」
そこには、1つにまとめられた複数の紙と、2枚の答案用紙があった。
「1枚目は、この町の商人やあなたの家の使用人にサインしてもらった、不当な労働に対する署名です。そして、この2枚は、ガードナー氏の娘である、メアリー・ガードナーさんと、あなたの娘であるエリス・シドニアさんのイーサン大学入試試験の答案用紙です」
「な、なんでそんなものがっ……!これは資料保管室に入らない限りっ!」
「……観念して話してください、シドニア男爵。これ以上抗おうとすると、これらの証拠を騎士団に提出します」
そうため息をつきながら、ソフィアが言うと、先程までの対応が嘘かのように、シドニア男爵はソファーから崩れ落ち、頭をたれながらこう言った。
「どうかっ……どうか……それだけはご勘弁を」
「それは、あなたのこれからの行動によるわ、シドニア男爵」
こうして、シドニア男爵はぽつり、ぽつりとガードナー氏に関する真実を話し始めた……。
庭師として勤めているガードナー氏の娘であるメアリー・ガードナーは男爵の娘と同い年で、とても優秀な頭脳を持っているという噂を聞いたと。
そして、娘が行きたがっている名門イーサン大学を受験するという話を使用人から耳にした男爵は、娘がイーサン大学に行ける学力を持ち合わせていないことを知っていたため、多額の報酬で人を雇い、答案用紙をすり替えるように依頼したと。
そして、無事にイーサン大学へ娘が受かった後、唯一今回のことを知っている使用人とこの一件について話していたところを、偶然ガードナー氏に聞かれてしまったこと。
そのショックで泣きながら襲い掛かってきたガードナー氏を、シドニア男爵は近くにあった壺で頭を殴ってしまったこと。
その後、庭の作業をしているときに、転落し頭を打って亡くなったことにしたこと。
その際にペンダントに血がついてしまい、周辺の布や壺などの証拠と一緒に裏の庭に埋めたこと―――。
「だがっ!だがっ!俺がしたことは正当防衛だっ!!先に襲い掛かってきたのは、ガードナー、あいつだ!だから、あの下民が悪いんだっ!!」
「……っここまできて、まだ人のせいにするおつもりですかっ!!!」
そうすべての真相をしったソフィアは目に涙を浮かべながら、言った。
「うるさいっ!!下民はいつもそうだっ!!すぐそうやって俺たち貴族を……」
「お黙りなさいっっ!!!」
はぁっ、はぁっと大きな声を荒げたソフィアの一言で、その場の空気が一瞬止まったように思えた。
「……ソフィア、落ち着いてください。シドニア男爵……。今の発言は騎士団がしっかりと聞いておられました。罪を認め、償ってください……」
そうリアムが言うと、扉を開け、騎士団の団員が数名、この部屋に入ってきた。
「い、いつの間に……」
「シドニア男爵。詳しい話を聞かせていただきましょうか……」
こうして、全ての真実を話してしまった男爵は騎士団に連れていかれたのであった。
――――
数時間後……
「あ、あったぁぁあぁ!」
シドニア男爵が騎士団に連れていかれ、ソフィアとリアムは男爵の証言のもと、ペンダントを探すため、裏庭を掘っていた。そして、やっとペンダントと今回の証拠品である壺や布が見つかったのであった。
「……これが、メアリーさんがずっと探していたペンダントね」
そう血が付いたペンダントをソフィアはぎゅっと握りしめ、リアムと共に、ガードナー家へと向かった。
全ての経緯をメアリーさんに話した。
そして全ての真実を知った彼女は膝から崩れ落ち、声をあげながら泣いた。
「お父さんっ……!お父さんっ……」
「メアリーさん……、依頼のペンダントが見つかりました」
そう泣き崩れるメアリーに、自分も跪き、目線を合わせて手のひらの上にあるペンダントを見せた。
「……っこれです!私が探していた父のペンダントは……!」
「メアリーさん、是非中身を見てみてください」
ソフィアとリアムは偶然にも、土の中から見つけたときに開いていた中身を見てしまっていたのだ。
震える手で、メアリーはずっとお父さんが見せてくれなかったペンダントの中身を見るため、カチッとペンダントを開いた。
「……っふふ、お父さんったら……、恥ずかしがり屋さんなんだからっ……」
そこにあったのは、ガードナー氏の娘である、メアリーが無邪気に笑う写真であった……。
ペンダントをぎゅっと握りしめて、溢れるばかりに涙をながすメアリー。
「メアリーさん、騎士団によると今からでもイーサン大学に入学することも可能だそうで……」
「いいえ、リアムさん。私は父が、父が教えてくれた技術を使って、家業を継ぎます……」
「……そうですか」
そう泣きながらも、決心したようにメアリーは言った。
泣き続けるメアリーを見ていて、ソフィアは小さな声で、手を上に上げながらこう呟いた。
「フルール・ドゥ・スリズィエ……」
そうすると、メアリーの頭上からひらひらと無数の桜が舞い散った。
それに気づいたメアリーは泣き腫らした目で、上を見る。
視界には、悲しみのどん底にいる自分を慰めるかのよう、季節外れの綺麗な桜が降り注ぐ。
目の前を見れば、切なそうに、そして優しくこちらに微笑む2人の少年少女……。
「……ありがとうございますっ、ファクトタムのソフィア様、リアム様っ!」
そうメアリーはペンダントと舞い散る桜を握りしめ、真っ赤な目を細めて笑った……。
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