2章 庭師の形見

便利屋


 窓越しに見える少し先にある大通りを行き来する人々。


 「むぅーーーー、リアムゥゥーー!!お客さんが来なあああああああい!!!」


 そう路地から見える大通りをぼんやりと眺めていたソフィアは、我慢の限界で急に叫び出したのであった。


 「はぁ、仕方ありません。姫様。ここは首都といっても大通りから一本入った路地なのですから、この店の存在自体に気づく人がそもそも――」


 「ビュンッッーー!!!」


 「おっと、危ないではありませんか……姫様」


 「そんなこと、とうに分かっているから説明してもらわなくても結構!!」


 こんな小さな路地に来る人は少ないという、分かりきったことをリアムから言われ、少し腹を立てたソフィアは、少ない魔力でも使える風を放つ魔法を人差し指からリマムに向けて放った。


 「首都のイーサンでも、貴族以外の人々はいるから困っている人がたくさんいると思うんだけどなあ……」


 「そうですね……。まずは、1人だけでも案件をこなして評判を広めることが出来ればいいのですが」


 「はぁ……」


 そう深いため息をついた彼女のもとに、小さく「カランカラン」とベルが鳴る音が聞こえた。


 「お客さん!?」


 勢いよく振り返った先には、人の姿はなく、視線を下に向ければ、新聞紙を咥えた白い毛並みが美しい一匹の猫がいた。


 「なんだ……。いつもの猫ちゃんか。どうして新聞紙なんか咥えているのかしら」


 この白い猫は、1年ほど前からソフィアの住む宮殿にふらりと迷い込んできた猫である。


 それからというものの、気まぐれにこうしてソフィアの元へと訪れては、ソフィアとじゃれ合っている。


 ソフィアは、猫が咥えている新聞紙を取り、広げて表紙を見た。



 「ソフィア・ディ・ロベイン第一王女、13歳になるも社交場には現れず……。陛下の寵愛を一心に受ける王女に、民衆の関心は広まるばかり!?」


 そう見出しには陛下の肖像画とともに、大きな見出しで書かれた記事が載っていた。



 「もう……。新聞社は暇なのかしら、こんな記事を書いて」


 「それほど、民衆は姫様に関心があるということですよ」


 「違うわよ。この記事嘘ばっかり書いてあるわ。まず、『陛下の寵愛を一心に受ける』が事実と異なるしね」


 そう言いながらソフィアはため息交じりに新聞をとじ、白い猫を持ち上げ、膝の上に置いた。


 「今日も相変わらず可愛いわね、猫ちゃん」


 にゃあっとこの世の真実など何も知らないかのように、鳴く目の前の猫の頭を「あなたはそのままでいてね」と言いながら優しくソフィアは撫でた。


 すると……



 「カラン、カラン――」



 「……い、いらっしゃいませ」


 ベルの音とともに、ドアの方へ向いたソフィアとリアムは、突然のお客様の訪問に驚き、言葉が詰まってしまった。



 「……あの、こちらで便利屋さんをやっていると聞いたのですが……。間違いだったでしょうか……?」


 ガタンッッ!!


 「合っています!!」


 そうソフィアは大きな声で言いながら、椅子から勢いよく立ち上がった。


 すると、「……姫様」そう小声で言いながら、ソフィアを見るリアムの視線が刺さり、「ああ、」と荒だった息を整えた。


そして、ソフィアは片足を引いて、膝を曲げ、お辞儀をしながらこう言った。



 「ファクトタムへようこそ。お困りのそこのあなた、私たちにお任せください」


 そう目の前の決して身分が高いとは言えない女性にソフィアはお辞儀をしながら言った。


 リアムは「仮にも王女である彼女がお辞儀なんて」と、あまり納得がいっていないが、

「私は身分制度自体に問題点を感じているのよ。リアムも2年前にそう感じたでしょ」そう真剣に言うソフィアの言葉に反論が出来なかった。


 このような経緯で、この店の「決め台詞」なるものが誕生したのであった。



 そして、やっと訪れた1人目の依頼人。



 突然のお辞儀に驚く女性と、満足そうに微笑むソフィアは正反対であった。



 この気まずい空気を断ち切るかのように、白い猫は「にゃあっ」と鳴きながらソフィアの足元からジャンプをして、机の上に飛び乗った。



 それに気が付いたリアムは、


 「ソフィア、お客様を案内しましょう」


 「ああ、そうだったわ。私はこの店の店主、ソフィアです。あなたは?」


 「メアリー・ガードナーと申します」


 そう互いに挨拶をしながら、店の中にある机を挟んで向かい合ったソファーに、メアリー・ガードナーとソフィア、リアムは腰かけた。



 「ガードナーというと、庭師の家系でらっしゃいますか?」


 そうソフィアが聞くと、


 「はい。私の家系は代々、庭師として働いており、先日亡くなった父も貴族の家で庭師として雇われていました。これが、今回依頼したいことと関係がありまして……」



 そう言うメアリーの目は酷く腫れていて、来ているスカートを皺が付くまでぎゅっと握りしめていた。




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