有名無実
「……どういうことか説明してもらえるかしら、ルイス・スチュワート」
「何も説明せず、このような形を取らせていただいたこと、お詫び申し上げます。ソフィア王女。ただ、緊急事態なのです」
「緊急事態?それはどういうことですか、父上!先程イーサンを騎士団と魔法団が行き来していたことと関係があるのですか?」
「それを分かっていて、何故王女様とすぐに王宮へと帰還しなかった!リアム!」
「……すいません。父上」
「……親子喧嘩は後にしてちょうだい、ルイス」
「失礼いたしました……。今、ロベイン帝国の西側に隣接するオリヴィア帝国が、我が国に侵略を開始したとの情報が入ってきたのです。なので、直ちに王女様は王宮で一番安全な場所へと……」
ソフィアはその言葉を聞いて、目の前が真っ暗になった。
西側にあるオリヴィア帝国が侵略してきたですって……。
ロベイン帝国の歴史については網羅しているから、かねてからロベイン帝国と隣国であるオリヴィア帝国の仲が友好でないことは知っている。
だが、何故急に侵略を開始するなんて事態に……。
というか、西側……。西側からといえば、この王宮がある首都のイーサンに敵国の軍が来るまでには、ある程度時間がかかる。
でもっ……!!
「ルイスッ!!西側のどこから侵略され始めているの!?」
「情報によると、我が国の最西端に位置するシナン村だと……」
「シルワ村は!?シルワ村はそのシナン村からどのくらいの距離にあるの!?」
「シルワ村ですか……。確か、シナン村から山を1つ超えたあたりなので、そう遠くはないかと」
ソフィアは途方に暮れてしまった……。
ここから、馬車で向かったところでシルワ村まで間に合うはずがない。ましてや、魔力が弱く、基礎的な魔法しか使えないソフィアは、先程ルイスが使った瞬間移動ができるわけでもない。そして、使えるルイスに頼んだところで、聞く耳を持ってくれるわけがない……。
ソフィアはその場にしゃがみ込み、涙を流した。
「ベン……、ガーナ……、みんな……」
「大丈夫ですか、姫様っ!?」
そんなリアムの声など、到底今のソフィアには届くわけもなかった……。
「ははっ……、名ばかりの王女様とはこのことね。自分でも滑稽だわ……」
そう西の方を見ながら、静かに泣く彼女を安全な地下室へと連れていく執事とメイド達。
社交場や民衆に一切顔を出さない、謎に包まれた王女、ソフィア・ディ・ロベイン……。
そんな彼女は11歳のとき、自分の無力さを知った。
――数日後
ロベイン帝国の西側、シルワ村を含む6つにわたる村が敵国・オリヴィア帝国の襲撃を受けた。
だが、王家専属の騎士団・魔法団による攻撃で、オリヴィア帝国の軍隊を壊滅させることに成功。
そして敵国の軍隊の壊滅状態、西側に魔法団がとりあえずの処置として、魔法で築いた壁により、ここ数年は侵略をしてこないだろうという見通しがたった。
ロベイン帝国の王であるエリオット・ディ・ロベインは、今回の侵略による犠牲者や敵国に対し、遺憾の意を表明。
だが、平和主義である王は、今回の侵略に対する敵国への報復はしないこととした。
これにより、この先数年に及ぶロベイン帝国とオリヴィア帝国の冷戦状態が始まったのであった……。
――2年後
「さぁ、リアム!!ここが私たちのお店よ!」
「はぁ……。毎度、姫様の我儘に付き合わされるこちらの身にもなってくださいよ……」
「なによ、リアム。これは我儘じゃあないわ。だってお父様の後ろ盾もあるんですから!」
「陛下の後ろ盾って、いいように言いましたね。正確に言えば、陛下の側近の1人である騎士団所属のアルブス様の後ろ盾です」
「細かいことは言わないの!」
そう2人でまた言い争いをしながらも、ソフィアは希望に満ち溢れた目でお店の看板を見た。
2年前、無知で無能だった名ばかりの王女である自分と決別するため、ソフィアは首都のイーサンの一角に身分を隠し、とあるお店を開いた。
「Factotum」――通称:便利屋、なんでも屋
困っている人々を無償で助ける「ファクトタム」
魔力の弱い彼女は、執事であるリアムとともに、その恵まれた頭脳を使い、困っている人々を助けることに決めた。
「ファクトタムのソフィア」
これが、大国・ロベイン帝国の第一王女であるソフィア・ディ・ロベインのもう1つの顔である。
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