26.悪女、邪悪にほくそ笑む。③

「っそ、それは……!!」

「私、子供なのでよく分かんないんですけどー、この借用書に『メイオッド・サンドランタはキリリオルタ・フィン・オデルバイドより借りた十五万ルピアを期日までに必ず返済する。なお仮に期日を過ぎた場合は一日につき利息十パーセント、返済が遅れた分上乗せして一括で返済する事に同意する』ってご丁寧にサンドランタ伯爵家の家紋の判とサイン入りで書いてあるんですよねー」


 ユーティディアがその文面を読み上げるにつれ、みるみるうちにメイオッドの顔色が悪くなっていく。

 メイオッドの顔を滝のように流れる汗を見て、クローラはこれが紛れもない真実だと察した。


「ねぇ、あなた。これはどういう事なのかしら」

「ち、ちがっ……ここ、こんなの出鱈目だ! あの子供のいたずらだ!!」

「へー。サンドランタ伯爵は、私のような子供がたかだかいたずらでこんなにも精巧な判を作って捺し、こんなにも完璧に伯爵の筆跡を真似し、あまつさえ我が父であり侯爵家当主のサインまで入った借用書を作ると! そう、本気で思ってらっしゃるんですね?」

「っ、ぐ……!」


 考えれば考える程非現実的な苦しい言い訳は、あっという間に論破されてしまった。


「見てくださいよ、この借用書の作成日付と借金の返済期日。作成されたのは二年前の十月で、返済期日は一年前の十月。なんと返済期日から一年も過ぎてるんですよー。びっくりしちゃいますよねー、由緒正しきサンドランタ伯爵家の当主ともあろう方が私用でオデルバイド侯爵より借りた金を一銭も払わず踏み倒そうとしてるだなんて!」


 ユーティディアの口撃は止まらない。

 二人の夫人達から向けられる冷たい視線にガタガタと歯を震わせながらも、メイオッドは必死に否定する。


「そ、そんな筈はない! 私はきちんと返済したとも!!」


 だが。メイオッド必死の弁明を嘲笑うかのように、ユーティディアは淡々と告げる。


「父はとても几帳面な人なんです。これについては、母と叔母さんが証言してくれるでしょう。そんな父は私用金庫を開く際は必ず帳簿につけていたようで、金庫の鍵を預かっている執事長に調べさせましたけど、二年前に支出された謎の十五万ルピアは二年経った今でも戻ってきてませんよ」

「帳簿……だと? そんなっ、それこそ出鱈目だ!!」


 なおも罪を認めないメイオッドに辟易しはじめた頃、ユーティディアの叔母にあたるクローラがおもむろに口を開いた。


「──出鱈目ではないわ。兄さんは、昔からお小遣いを貰ったり使う度にに帳簿をつけていたもの。きっと、ユーティディアちゃんの言う事は正しいわ」


 そしてクローラはメイオッドを睨み、


「一体どういう事なの? 兄から金を借りて返さないなんて……兄が相手でなくても、これは信頼関係に傷がつく重大な問題よ」


 絶対零度の声音で問いただした。

 もう逃げられないと悟ったのか、メイオッドは観念して全てを打ち明ける。話終わる頃には、シオリノートとクローラとユーティディアの冷たい視線に突き刺されて満身創痍であった。


「……──ごめんなさい、お義姉さん。まさかこんな事になっているとは思わず」

「謝らないでちょうだいクローラさん。わたくしも今の今まで知らなかった取引ですもの」


 ──だからこそ、これをディディが知っている理由が分からないのだけれど。

 シオリノートはちらりと横目でユーティディアを見やる。その時ユーティディアは、黒髪を揺らして一歩踏み込み、王手をかけようとしていた。


「サンドランタ伯爵。私、子供だからすごーく口が軽いんですよ。だから……伯爵がお願いを聞いてくれなかったらこの事を言いふらしちゃうかもなー。こんな非常識な大人がいるんだよって、そこかしこで吹聴しちゃうかもしれませんねー」

「……なっ?!」


 メイオッドは更に顔を青くした。

 それもその筈。たかだが七歳の少女が、大人顔負けにほくそ笑み堂々と脅迫して来たのだ。

 これに驚かずして、何に驚けと言うのか。


「もう、私が何をお願いしたいか分かりますよね?」

「…………っ」

「あ〜〜困ったなぁ。そう言えば今度うちの屋敷で同年代の子供達を招いた茶会をする予定なんだけど、その時の話題がサンドランタ伯爵一色になってしまいますわぁ」

(そんな予定は無かった筈だけど……まさかこの子、伯爵を脅しているの?!)


 ユーティディアの迫真の狂言に、シオリノートはサーッと顔色を悪くする。


「──分かったッ! 今日は大人しく帰る……だから、この事は……!!」


 メイオッドは拳を震わせ、恥辱の表情で頭を下げた。彼の情けないプライドがこんな小娘相手に頭を下げる事を良しとしないらしい。

 だが、そんな態度をユーティディアが許す筈もなく。

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