25.悪女、邪悪にほくそ笑む。②
彼女の背中を見送る羽目になり、テルノアとギルカロンは呆然と立ち尽くす。はじめに沈黙を破ったのは、ギルカロンだった。
「ノア……アイツは、いつからこんな風に能動的になったんだ」
「……この前、しばらく寝込んだ後から。人生を賭けた計画があるって、姉ちゃんすごく頑張ってるの。だから僕は、姉ちゃんの力になりたくて色々努力してるんだよ」
「人生を賭けた、計画──?」
想像以上の規模の大きさに、ギルカロンは固唾を呑んだ。
「僕もくわしくは知らないけど、あの姉ちゃんがあんなに頑張らないと達成出来ないような、すごく難しい計画なんだと思う」
「そうか……アイツはそんな大きなものを、一人で背負っているのか」
二人は並んで部屋の扉を眺めた。ユーティディアが入った途端静かになった部屋で何が起きようとしているのか、思い馳せながら。
「俺も、アイツの役に立てるだろうか」
「……役に立たなくていいよ? 姉ちゃんには僕がいるもん」
「なんで急に対抗心を燃やしたんだオマエは」
「ギリー兄ちゃんは姉ちゃんに構われすぎなの。姉ちゃんは僕の姉ちゃんなんだから、あんまり僕より構われないでよ」
なんと言う理不尽──……。
遠い目を作り、ギルカロンはテルノアからついつい目を逸らしてしまった。
♢
「突然会話に割って入ってしまい、申し訳ございません。どうもお久しぶりでございます、叔母さん……とサンドランタ伯爵。ユーティディア・フィン・オデルバイドが皆様方にご挨拶申し上げたく存じます」
七歳の少女が突然乱入して来たかと思えば、周囲の驚愕を無視して悠長に挨拶したものだから、大人達は呆気に取られていた。
「さて。子供の私は追い出されてしまうでしょうから手短に用件を済ませようかと思います。早速ではありますが──サンドランタ伯爵夫妻、お引取り願えますか?」
一旦袖に借用書を隠し、ユーティディアは話を進める。七歳とは思えぬその気迫に伯爵夫妻が気圧されるなか、シオリノートだけはひと足早くハッとなり口を開いた。
「ティディ、相手はお客様なのよ。そんな風に突然部屋に入って一方的に帰れと告げては失礼だわ」
「だったら益々お帰りになってもらった方がいい。だってその人達、前触れもなくうちに来て一方的に喚き散らしてるじゃない。母さんだっていつも忙しいのに、その時間を割いてまでやる事がこんなにも生産性の無い無駄話とか……」
「ユーティディア!」
ぶつぶつと文句を言うユーティディアに対し、シオリノートは一喝した。
あまり怒られた経験というものがない彼女はその声に肩を跳ねさせるも、悟ったような表情で怯む事無く続ける。
「……とにかく、私はその人達に帰ってほしい。私だって無理に事を荒立てたい訳じゃないし」
「何を言って──……いいえ、何をするつもりなの、ティディ?!」
事なかれ主義なユーティディアが突然首を突っ込んで来た事が相当不可解だったのか、シオリノートはこの場の誰よりも早く、彼女に何かしらの企みがある事に気づいた。
(やっぱり母さんにはバレちゃったか。まあ、サンドランタ伯爵の強情っぷりは有名だし、どちらにせよ
──使わないに越した事はなかったんだけどな。
小さく息を吐き、ユーティディアはメイオッドへと視線を移した。
「な、なんだ……?」
「こうしてまともに言葉を交わすのは初めてですね、サンドランタ伯爵。そしてこれが最後になるかと思います」
「何を言いたいのか分からないが……子供が首を突っ込むな。私達は今重要な話をしているんだ」
「あはは。下らない冗談を。サンドランタ伯爵は子供をペットみたいに首輪で繋いで檻の中に閉じ込めたいだけでしょう? それを大事な話と言われても困りますわぁ」
顔色一つ変えずに大人に刃向かうユーティディアに、シオリノートとクローラは目を丸くした。
信じられないものを見たかのような表情で、夫人達は固まる。
「なッ……! どうなっているんだ侯爵夫人! 侯爵家ともあろう家門が子供の躾もまともに出来ないのか?!」
「貴方相手に取り繕う必要が無いと判断したのでこうしているだけです。無駄な労力は使いたくないので。時と場所と人を選んでちゃんとする主義なんです、私」
「っ……私を見下していると、そういう事か?」
「お好きなようにお考えください。こんな話をするためにわざわざ来た訳ではないので」
そう言うやいなやユーティディアは借用書を出して、大人達に見せつけるように胸の高さで掲げる。
その紙を見て、メイオッドは顔を青くした。
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