秀才幼馴染の解放

24.悪女、邪悪にほくそ笑む。

 ユーティディアの軽はずみな発言から、ギルカロンがオデルバイド侯爵家に滞在するようになって、一ヶ月が過ぎた頃。

 生真面目なギルカロンが突然家に帰らないと手紙を寄越した事により、サンドランタ伯爵夫妻は酷く慌てた様子でオデルバイド侯爵家まで訪れ、ギルカロンを連れ帰ろうとした。

 しかし、それをユーティディアが阻止する。


 どうせこうなるだろうと予想していた彼女は、前もって執事長にある物を探すよう頼んでいた。

 サンドランタ伯爵家──正確にはサンドランタ伯爵がキリリオルタ・フィン・オデルバイドから個人的に借入れた大金の詳細が記された借用書。

 それが、ユーティディアが執事長に探させたものである。


 今から二年程前に行われた事なのだが……事業の為に今どうしても金が要ると義理の兄弟にあたるメイオッド・サンドランタに泣きつかれ、人の良いキリリオルタは私財をいくらか貸してやった。

 その現場をユーティディアは偶然にも扉の隙間から見ていたため、そのような借用書がある事を知っていたのだ。

 そして、それから数年経つが……メイオッド伯爵があの時の借金を返している様子はない。

 執事長に借用書を探すついでに、几帳面な父親がつけている私用金庫の帳簿を洗い直してほしいと、ユーティディアは頼んでいた。

 それにより、メイオッド伯爵が借りた金を返していない事の裏は取れた。


 いざと言う時はこれで脅してやろうと備えていたユーティディアであったが、そのもしもは早くも訪れたという事だ。

 ギルカロンを出せと騒ぐメイオッド伯爵と、彼に落ち着くよう言いつつも同様の主張をする伯爵夫人、クローラ・サンドランタの対応をするシオリノート。

 三名が応接室で口論を繰り広げるものだから、扉の向こうで子供達は聞き耳を立てていた。


「ギリー兄ちゃんの親ってギリー兄ちゃんの事が大好きなんだね。帰って来ないだけであんなに騒ぐって相当だよ」

「違うぞノア。あの人達はギリーが好きだからじゃなくて、なんらかの理由からギリーを縛りつけておかないとならないんだ。本当に子を愛してるなら、その意思を尊重するに決まってるだろ」

「姉ちゃんがそう言うならそうだね。ギリー兄ちゃん、親にあそこまでされるような事やらかしたの?」


 テルノアの純粋な視線に、ギルカロンは困り顔になる。


「それが俺にもさっぱりなんだ。両親は兄よりもずっと俺に厳しくてな。今まで、俺が兄と比べて出来損ないだからかと思っていたんだが……」

「ギリーは普通に優秀だ。これで出来損ないだって言うなら、あんたの両親の目は汚物だろうよ」

「……と、ティディが太鼓判を押してくれたから違うと思うようになって。だがそれもあり、益々分からなくなったんだ」


 お手上げとばかりに肩を竦め、ギルカロンはニヒルに笑う。

 彼ばかりユーティディアに褒められる事が面白くないのか、テルノアは不機嫌そうに頬を膨らませて黙り込んだ。

 こういうところはまだまだ子供らしいな。──とギルカロンが微笑ましさに頬を緩ませると、何かを察知したテルノアがキッと彼を睨む。

 そうやって二人でやり取りをする間に、ユーティディアは執事長から頼んでいた借用書の控えなどを受け取り、部屋に入ろうとドアノブに手をかけた。


「姉ちゃん、中に入るの?」

「俺が言うのもなんだが……父は教育のためなら躾と称してあらゆる事をやってくる人だ。下手に関わっても危険なだけだぞ」


 一人で渦中に飛び込もうとするユーティディアを、テルノアとギルカロンが制止する。

 しかし、彼女は止まらない。


「大丈夫よ。これでも私は侯爵令嬢で、冬の英雄の娘なんだから。考え無しに手を出す馬鹿なんてそうそういないわ」


 そう言い残し、ユーティディアは一人で部屋へと入っていった。

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