23.悪女、従兄弟に提案する。②

(……もう、帰らないといけないのか)


 あれから数日。

 体調が回復したギルカロンは、息の詰まる家に帰らなければならないと気を重くしていた。

 人前では正しい人であろうと気を張ってしまう彼にとって、肩肘張らずに過ごせるユーティディアの傍はとても居心地がいいものだったのだ。

 何せユーティディアには既に全てを曝け出してしまっている。今更取り繕わなくて済むからと、彼女といる時はギルカロンも素の姿でいられるのだ。

 なお、テルノア相手でも同様である。オデルバイド姉弟との時間は、ギルカロンにとってとても楽しいものだったらしい。


「帰りたくないな……」


 荷物を纏めるギルカロンがため息混じりに呟くと、


「じゃあ帰らなければいいんじゃないか? あんたのところの親って色々面倒くさいし……近衛騎士になりたいから暫くオデルバイドに世話になる〜〜って手紙でも送れば、納得するでしょう」


 ベッドに寝転がって荷造りを眺めていたユーティディアが、何気なく口を挟んだ。


「騎士──……いい、のか? 俺がここにいても」

「決めるのはあんただけどね。家に帰りたくないんでしょ、ギリーは。だったら好きなだけうちにいればいいよ。どうせ両親は私達に無干渉だし、問題さえ起こさなければ好きにしても大丈夫」


 ──ギリーが次男でありながら嫡男と同等……いやそれ以上に厳しく教育される理由があると思うんだよな。

 ユーティディアにはどうにも引っかかる事があったらしい。それを解き明かしたくて、ギルカロンに滞在延長を促したのだ。


「……だが、俺は。サンドランタ伯爵家の人間だから……人に迷惑をかけるなんて、もってのほかで……」

「サンドランタの人間って言うけど、それ以前にあんたはあんたでしょ。いつまでも家に縛られるな、もっと自由に生きなさい。ギリーの人生も能力も──全部あんた自身のものなんだから」


 ──だからもし何か秘めたる才能とかあるなら、是非教えてほしい。そしてあわよくば私の計画の邪魔だけはしないでほしい。

 ユーティディアはどこまても自分勝手だった。

 しかし。よりにもよってこの言葉が……ギルカロンの心に強く響いてしまう。


(自由。意識した事もなかった……そうか、俺は、今まで自由とは程遠い人生を歩んでいたんだな。だから俺はずっとティディを過剰に意識していたんだ。誰よりも自由に、楽しそうに日々を過ごすティディだから──……いっそ妬ましいぐらい、羨ましかったんだな)


 自分の中にぽつんと芽生えた、自由への憧憬。

 今までずっと家に縛られて生きてきた彼にとっては、自分の殻を破るような──人生そのものもを変えるような重大な選択だった。

 だけど、ギルカロンは意外にもあっさりと道を選んだ。


「なあ、ティディ。俺さ……本当は騎士になりたかったんだ。民を守り、平和を守る正義の存在──それに、ずっと憧れてた」

「うちの父親が原因か?」

「そうだな。両親は俺に兄を支える補佐官になれと言うけれど、俺は騎士になりたかったんだ」

「ふーん、なら益々うちにいた方がいいじゃないか。サンドランタの騎士なんてうちの騎士団に比べちゃお粗末だもの。甥っ子が騎士を目指してると知れば、実子に興味が無い父親でも仕事の合間を縫って帰って来るだろうさ」


 相変わらず両親の事を誤解し続けるユーティディアに少し違和感を覚えつつも、ギルカロンは柔らかく微笑んだ。


「──だから、これからもオデルバイド侯爵家に世話になってもいいだろうか」

「だから好きにしなよ。無駄に広い屋敷なんだ、居候が増えたところでどうってことはないでしょ」


 ぶっきらぼうだけどどこまでも気にかけてくれるユーティディアの存在に、ギルカロンは心身ともに救われた。

 それはギルカロン本人が一番よく理解している。


(……俺と一緒にいてもきっと楽しくなんてないだろうに、一緒にいてもいいと言ってくれるんだな。ティディ達は)


 ──だからこそ。少しでも一緒にいて楽しいと思ってもらえるような……立派な人間になろう。俺自身で選んだ道で。

 万人に受け入れられる理想像ではなく、等身大の立派な人間を目指して、ギルカロンは生まれて初めて親と家に反抗したのだった。



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