20.従兄弟、真実と向き合う。
俺の家、サンドランタ伯爵家はとても厳しい家系だった。
由緒あるオデルバイド侯爵家で育ちサンドランタ伯爵家に嫁いできた母も礼儀作法やマナーに厳しく、厳格な祖父に育てられた父に至っては、厳格の一言では片付けられないような厳しい人だった。
そんな両親からサンドランタ伯爵家の人間として相応しくあれ──と日夜教育され、俺は失敗が許されない日々を送っていた。
人々の模範となるように振る舞い、万人に受け入れられる理想像となり、ただの一度の過ちもないよう懸命に生きる。
それが俺の役目。それが俺にとっての普通。
……ああ。なんて、息が詰まる日々なんだ。
人生とはこんなにも窮屈で辛いものなのか。
楽しさなんて微塵も感じない、ただただ責務に押し潰されるだけの日々が……俺の、人生なのか。
だけど、きちん役目を果たさなければ。役目も果たせない出来損ないには、あの家に居場所なんてない。
だから必死に自分を取り繕い続ける。どれ程辛かろうと決してそれを表に出さず、サンドランタ伯爵家の次男らしく振る舞う。
それだけが、俺の生きる方法だから。
……だからかな。昔から、本当はずっと羨ましかった。
毎日寝てばかりなのに誰にも怒られず、失望もされない。それどころか期待を寄せられ続けられる彼女が、どうしようもなく羨ましかった。
どうしてオマエはそんなにも楽しそうに日々を生きる事が出来て、俺には出来ないんだ?
自分と共に過ごす時間を、他人に楽しいと思わせる事が出来るんだ?
毎日必死に努力してる俺じゃなくて、何もしていないオマエが認められるのは……どうしてなんだ?
ティディに会う度にその羨望は膨れ上がり、いつしかそれは嫉妬や嫌悪へと姿を変えていった。
アイツは小さい頃からとても酷い奴だったのだ。
体調を崩したと聞いたから見舞いに行ってあげたら、『なにしにきたの? さっさとかえりなよ』と追い出された。
ノアの投げたボールが当たりそうになってたから庇ってあげたら、『なんでわたしを守ったんだ』と理不尽な文句を言われた。
誕生日にプレゼントをあげたら、『こんな事に使う金があるのか。金持ちなんだな』と嫌味で返された。
死にかけたと聞いたから雪の中駆けつけたというのに、『そうらしいな。特に期待もしてなかったし、謝らなくていい』と興味無さげに言い捨てられた。
口を開けば心無い言葉ばかり。人の事情も知らないで、アイツはいつも好き勝手に言葉を吐く。
その上怠惰を貪り、当たり前の感謝の姿勢すらない傲慢っぷり。
これで嫌いになるなという方が無理がある。
だから俺はティディ──……ユーティディアが嫌いで、その弟のノアともあまり仲良くなれなかったのだ。
♢
「………」
「………」
時計の音と作業の音だけが響く、静かな部屋。
俺がティディの置いていった新聞に目を通していたら、突然ノアが部屋に入って来て、何も言わずに俺の世話をはじめた。
去り際にティディがそんな感じの事を宣っていたが、まさか本気だったとは。一体何がしたいんだあの女は。
俺への嫌がらせがにしては些か稚拙。
ならば、何故アイツはわざわざノアを寄越したんだ……?
ティディへの疑念が顔に出ていたのだろうか、それともただ話したい事でもあったのか。
藪から棒に、ノアが口火を切った。
「この部屋はさ、姉ちゃんがわざわざ侍女に言って用意させたんだよ」
……急になんの話だ? あの女が俺への嫌がらせで、人気のない場所に追いやったとでも言いたいのか?
「ギリー兄ちゃんがうちに来た時から顔色が悪かったからって、侍女達の立ち話とか騎士の訓練の音とか、そういうのが一番聞こえにくい静かで落ち着いて休める場所で、ギリー兄ちゃんを休ませたかったんだって」
「────え?」
俺は耳を疑った。
だって、ノアの言い方ではまるで……アイツが、俺の身を案じているかのようじゃないか。
「橋が壊れた上に雪で視界も悪い中、まさか見舞いに来てくれるなんて思わなくて……わざわざ来てくれたギリー兄ちゃんが体調を壊しそうだから、少しでも早く休ませたくて話を切り上げたらしいよ。あの時は」
あの時、とは……客をもてなすとかなんとか言って結局放置されたあの時の事、か?
いやまさか、そんな筈はない。
ティディに──あの冷血な女に、そんな風に人を慮る心がある、訳が……。
「ギリー兄ちゃんが人前だと休めないから、って本当は侍女に任せちゃえばいい事も全部やってあげてさ。嫌いな相手しかいない環境なら、無理に気を張らずにいられるだろうからって……本当は昼寝にあてるはずだった姉ちゃんの貴重な時間を全部、ギリー兄ちゃんに使ってあげてるんだよ。姉ちゃんは」
信じられない言葉ばかりが、ノアの口から飛び出してくる。
「ねぇ、ギリー兄ちゃん。なんであなたは、ここまで優しくしてくれる姉ちゃんに酷いことしたの? 姉ちゃんはいつだってギリー兄ちゃんのことを見て、気を使ってあげてたのに」
ベッドのすぐ側に立ち、ノアは背筋が凍るような冷たい瞳でこちらを見下ろしていた。
「そ、んな……訳が……ティディはいつも、俺を…………そんな、はず、が……っ」
ノアの言葉を完全に信じた訳ではない。だが、
小刻みに息が荒くなる。
そのもしもが事実だった場合を考え、冷や汗が止まらなくなっていた。
────俺はもしかして。今まで、ずっと、勘違いをしてた……のか?
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