19.悪女、従兄弟に嫌悪される。③

(──失敗した。ギリーの奴も未来で私の敵に回るようだし、あわよくば今のうちに仲良く出来ないだろうかと思ったんだが…………おかしい。すごくおかしい)


 テルノアに自分の代わりを頼みに行く道すがら、ユーティディアは顰めっ面で物思いに耽っていた。


(私の想定では……真面目な私に優しくされたあいつが、『見直したぞ、ティディ! これまで邪険に扱ってすまなかった!』と感激し、私が『いや気にするな。私も今まで悪かったな』と謝罪して仲良くなれる算段だったんだが……)


 自分自身が人付き合いに向いていない事を自覚していないのか、はたまたギルカロンから向けられる嫌悪の桁に気づいていないのか。

 ユーティディアは大真面目に、これで仲良くなれると考え実行に移していたらしい。

 ぐぬぬ……と小さく唸る彼女を見て、すれ違った侍女達がひそひそと不安を口にする。だが集中していたユーティディアはそれに気付かず、更に考えを巡らせていた。


(はぁ。やっぱり人と関わるのは面倒だ。ずっと眠ってたい。一生ごろごろしてたい……)


 頑張って出していたやる気が急激に底をついたのか、ユーティディアから覇気がなくなる。

 このまま自室に引きこもる生活に戻ろうか。

 しかし、彼女はなんとかすんでのところで踏みとどまった。


(──いいや、引きこもるのは計画を終えてからだ。計画を無事完遂すれば、夢の引きこもり生活が待っている。頑張れ私、負けるな!)


 誰にも譲れない夢のため、必死に己を鼓舞する。

 なんともまあ間抜けな夢ではあるが、彼女にとってはこれこそが至上なのだから、何も言えまい。


「そうと決まれば新たな作戦を立てなければ。……どうすればギリーと仲良くなれるんだ? あいつ、あの調子で私の事が昔から嫌いなようだし…………」


 どれだけ考えても答えが見つからない難問を前に、天才は一人で頭を抱える。

 そこに偶然、自主練習終わりのテルノアがやって来た。ユーティディアがギルカロンの看病・・をする間、暇だからと素振りをしていたようだ。

 自主練終わりでも明るく「姉ちゃん!」と駆け寄ってくるテルノアを見て、ユーティディアの頭で電撃が走る。

 一人で駄目でも、二人なら。

 可能性は膨れ上がるだろう。


「ノア……お姉ちゃん、今凄く困ってるんだ。力を貸してくれないか?」


 ユーティディアのあまりにも真剣な表情に、テルノアもまた釣られて真剣な表情を作った。


「僕が姉ちゃんの役に立てるかはわかんないけど……僕、なんでもする!」

「ありがとう。早速なんだけど、ノアはギリーの好きな食べ物とか、知らない?」

「ギリー兄ちゃんの好きな食べ物?」


 ──なんで姉ちゃんは、そんなこと知りたがってるんだろう。

 テルノアは僅かな疑念を抱きつつも、ユーティディアの期待に応えるべく記憶の引き出しを開けては閉めて。

 程なくして、一つだけ何か見つけたようだ。


「えっとね……前におっきなチキンを美味しそうに食べてたよ」

「大きなチキンか。贅沢な奴め……っと、ありがとうノア、助かったよ」

「本当? ならよかった」

「もののついでに頼みたいんだが、私の代わりにギリーを看てやってくれないか?」


 ようやくユーティディアと昼寝が出来ると思っていたテルノアは、その頼みに少しばかり難色を示す。

 むっと頬を膨らませて、「そんなの侍女に任せたらいいじゃん」と唇を尖らせた。

 そんなテルノアの頭を優しく撫でて、ユーティディアは困ったように笑う。


「あいつはな、人前だと『ちゃんとしなきゃ』って気を張って自分を追い詰めるような馬鹿なんだ。だから看病するなら少しでも気の置けない人間がやってやった方が、あいつも気が休まるだろうと思って。まあ、私は追い出されてしまったんだけどな」


 元々嫌っていたユーティディア相手なら、ギルカロンも取り繕う必要はないし自然体で休めると、彼女は思ったようなのだが──結果はこのザマ。

 見事に逆効果だったらしい。


「追い出された……」


 雑踏の音にかき消される程の小さな呟きだったが、冷たく鋭いその言葉は確かに地面へと落とされる。

 光の消えた赤い瞳が虚空を睨む。作り物のような無に染まった俯く顔は、瞬く間に笑顔の仮面を被り上げられた。


「姉ちゃんの代わりにギリー兄ちゃんのお世話したらいいんだよね?」

「そうだ。頼めるか?」

「任せて!」


 胸を叩き、テルノアはギルカロンの待つ部屋へと走り出す。

 次の角を曲がった瞬間──その横顔からは、表情が消え失せていて。


「さて。ギリーの事は一旦ノアに任せて……料理長に、今日の夕飯を大きなチキンにするよう頼まないとな」


 テルノアと別れた後。ユーティディアはギルカロンのご機嫌取りのため、一人で厨房へと向かって行ったのであった。



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