17.悪女、従兄弟に嫌悪される。
「まさかあんたが見舞いに来てくれるとは思わなかったよ。ギリー」
「……従姉妹だからな。ここに来る途中の石橋が崩れたせいで、見舞いに来るのが遅れた。すまなかったな」
「そうらしいな。特に期待もしてなかったし、謝らなくていい」
オデルバイド家の屋敷が一室、談話室は険悪な空気に満たされていた。
その発生源はユーティディア・フィン・オデルバイドと客人──ギルカロン・サンドランタ。
サンドランタ伯爵家の次男であり、ユーティディアよりも二つ歳上の従兄弟である。
二人の仲は決して良いとは言えなかった。
怠惰を貪るユーティディアの傲慢な態度は、生真面目で礼節を重んじる人情家のギルカロンからすれば目に余るものであったらしい。
オデルバイド家の人間は口を揃えてユーティディアが優秀だと言うものの、ギルカロンの知る彼女は昼間から寝てばかりのぐーたら女。
そんなユーティディアが優秀だとは信じられず、それどころかたまに話せばすぐ毒を吐く常識が欠如した従姉妹を軽蔑すらしていた。
にも関わらず。生死の境をさ迷ったと聞いたギルカロンが見舞いに来たのは、ひとえに従姉妹に対する義理人情だった。
どれ程自分が彼女を嫌っていようとも、彼女が従姉妹である事に変わりはない。だから仕方なく、従兄弟としての義理を果たしに来たのだ。
(やっぱり、さっきのは何かの見間違いだ。こんな毒ばかり吐く女が、あんな優しい顔で笑う筈がない)
だが、とギルカロンは視線を横にずらす。
(……ノアのこれは、何事だ? 俺の事を遠くから見てたノアが、今やティディにくっついて痛いくらい睨んでくる。俺の知らない間にノアに何が…………)
ユーティディアの更生が気のせいだったとしても、テルノアのこの変貌っぷりは気のせいでは片付けられない。
これにはギルカロンも眉を顰めた。
「姉ちゃん、ギリー兄ちゃんと一緒にいても楽しくないし二人でお昼寝しようよ」
「……っ楽しくない、か。これは手厳しいな」
「なんで姉ちゃんに話しかけたのに、ギリー兄ちゃんが喋るの?」
「ごめん、つい口を挟んでしまって」
テルノアの言葉にぴくりと反応し、ギルカロンは沈痛な面持ちで空元気に笑った。
(……俺みたいなつまらない人間と過ごす時間が楽しい訳がないのに。改めて言われたからって、何を傷ついているんだ、俺は)
膝の上で作った拳を小刻みに震わせていると、
「昼寝はしたいけど……遠路はるばる私の見舞いに来てくれたんだから、お客様の相手をしなきゃいけないんだ」
「そうなんだ。姉ちゃんがそうするなら僕も一緒にそうするね」
二人だけで仲良く話しはじめてしまった。
しかし。この時ギルカロンの視界では、蚊帳の外に追い出された事よりもずっと重要な出来事が発生していた。
(あのティディの口から、
眉間の皺を深くして、ギルカロンは固唾を飲んだ。
こうも心の中でボロクソに言ってしまうなんて失礼だとも思うが、相手がユーティディアなので今回ばかりは仕方ない。何せ、これまでの彼女が上記の事すらも出来ないぐーたら女であった事は、紛れもない事実なのだから。
(なんか顔色が悪いわね。こんな所までわざわざ寒い中来たせいで、体調でも崩したのか? まったくこの馬鹿は……昔から痩せ我慢ばかりする)
ギルカロンの様子が変だと気づいたユーティディアは、短くため息を零して口を切った。
「……ギリー。あんたの用が済んだなら私はもう自室に戻るけど、いいわよね」
しかし、彼女の刺々しい言い方では真意など伝わる筈もなく。
「なっ……客の相手をすると言っておきながら、まだ何も──!」
侮辱されたと解釈したギルカロンが食ってかかるも、ユーティディアはいつも通りの気だるげな瞳で一瞥し、
「ギリーは一人がいいんだろうし、私達は行くよ、ノア」
「はーいっ」
「ちがっ……、おい待て……!」
ノアを伴い部屋を後にした。
その後、自室に向かう道すがらでユーティディアは侍女に軽く言いつけた。「体調悪そうだし……ギリーがゆっくり休めるよう、いい部屋を用意してやって」──と。
ノアはそれを横で見ていて、
(姉ちゃんはやっぱりすごく優しい! ……でもその優しさが僕以外に使われるのは、なんかやだな)
よく分からないモヤモヤが胸の辺りに巣食うのを感じた。
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