16.悪女、弟の才能に恐れ慄く。③
「むぅ……隙がない……」
「隙があっては副団長など務まりませんからね」
テルノアは果敢に攻撃に打って出ているものの、歴戦の騎士相手では圧倒的に決定打に欠けていた。
(──隙がないなら、作ればいいか)
少年は、幼いながらに知恵を働かせた。
後退した際着地と同時に地面の土を掴み、もう一度真正面から突っ込んでその土をばら撒く。
(目くらましだと!? っ本当に勝利への姿勢が貪欲だな俺の教え子は!)
予想外の妨害工作にプラームは腕を顔の前に上げるなどして、反射的に目を守った。だが当然、その後に来るであろう剣による追撃への警戒は怠っていない。
しかしここで、更なる予想外がプラームに襲いかかった。
「姉ちゃんの言うことは、やっぱり全部正しいんだ」
テルノアがボソリと呟いた直後、プラームの腕に二本のナイフが刺さった。なんとこの少年、こうなる可能性を考慮して袖の中にナイフを二本も仕込んでいたらしい。
(なっ──! 自身で突っ込むのではなく、ナイフを投擲して弱体化を図ったのか! 一体どこでそんな戦法を……!?)
所詮は子供の投げたナイフ。大して深く刺さらなかったのだが、プラームは六歳の子供が取ったその判断に度肝を抜かれていた。
その判断の原点は、いつしかのユーティディアの授業──……。
「いいか、ノア。人間っていう存在は目に頼りすぎている。だから目を潰せば、大抵の人間には隙が出来るし、簡単に制圧出来るようになる」
「制圧……どんな相手でも?」
「それはこちらの力量次第だけどな。だから鍛えて、強くなりなさい。もしもの時……私を、屈強な大人達から守れるぐらいにね」
「……僕、頑張る! 姉ちゃんを守れるぐらい強くなる!!」
純粋な弟は、腹に一物を抱えた姉の言葉にも素直に頷いていた。
それは、未来のユーティディアが国外追放される際の事。衛兵の力があまりにも強く、超インドア派のユーティディアでは子猫のパンチ程度の抵抗しか出来なかった。
その事を思い出し、その未来を回避すべく計画を立ててはいるものの──もしもの時の保険にと、ユーティディアはテルノアが強くなる事を望んだ。
そのために、幼い弟に物騒な事を吹き込んだのだった。
(……ノア、めっちゃ強いな。予想の数十倍は強いんだけど。まさかプラーム卿相手に一本取るだなんて…………すごいわ。本当にすごい)
この件に自分が深く関与している自覚がないのか、ユーティディアはまるで第三者のように驚いていた。
その瞳は、テルノアの勇姿だけを映す。
砂で視界を奪われ、片腕にナイフが刺さったプラームには確かな隙が生まれていた。その隙をテルノアは見逃さず剣先をプラームの喉元に突きつける。
切っ先よりもずっと、鋭い睨みと共に。
「──僕の勝ちでいいよね?」
「……そうですね。明日からの練習内容を検討しなおす事にします」
腕に刺さったナイフを抜きながら、プラームは困ったように苦笑した。
無事に勝てた事に喜び、ふふんと鼻を鳴らしながらテルノアは剣を鞘に収めた。その足でユーティディアの元に駆け寄り、キラキラと輝く瞳で彼女を見つめる。
「姉ちゃん姉ちゃんっ! どうだった? 僕、姉ちゃんを守れるぐらい強くなれるかな?」
「……流石は私の弟だ。かっこよかったぞ、ノア。未来の私の護衛騎士はあんたで決まりね」
「えへへ……」
ユーティディアに頭を撫でられ、テルノアは満足気に笑う。
幼いテルノアの類稀な戦闘能力に唖然としていた騎士達は、戦闘中とは打って変わって大人しくなった彼の姿に、何度目かも分からない驚愕を覚えた。
その驚愕は騎士達だけでなく、その場にたまたま居合わせた客人にも満遍なく降りかかる。
「──ノアと、ティディ……だよな?」
一体何があったんだ────?
濃い赤髪をさらりと揺らす少年は、目前に広がる光景に目を疑い、立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます