15.悪女、弟の才能に恐れ慄く。②

 その日は座学ではなく、剣術の授業だった。しかしこればかりは超インドア派のユーティディアに教えられる筈もなく。

 テルノア自ら剣術を習いたいと母親のシオリノートに頼み込み、オデルバイド侯爵家騎士団・黒曜騎士団の副団長であるプラームがテルノアの師となった。


 テルノアが剣を学ぶ間、ユーティディアは計画のための情報収集に使い、テルノアの剣術授業が終わった後に二人で一緒に昼寝をする。座学の時間でも同様の流れで日々を過ごす。

 彼女は、最大限弟を構い倒す事に決めてからというもの──弟中心のルーティーンへと切り替えていた。


 その生活をはじめてから一ヶ月は経った頃。

 テルノアが、『今日は先生と模擬戦をするんだけど……姉ちゃんに応援してほしいなー、なんて』としおらしく頼むものだから、ユーティディアは『お姉ちゃんに任せろ。完璧に応援してみせる』と親指を立て二つ返事で了承した。


「がんばれー、ノアー! あんたならやれる! キリリオルタ・フィン・オデルバイドの息子なんだから!!」


 屋敷の敷地内にある騎士団の訓練場。その一角にあるテントの下で、焚き火に当たりながらユーティディアは叫ぶ。

 温室の花。眠り姫。黒薔薇嬢。

 そのような二つ名を囁かれるユーティディアが大きく口を開けて腹から声を出すものだから、侍女達も騎士達も目を点にしていた。


(冬の英雄を呼び捨てだと?!)

(流石は黒薔薇嬢……)

(お嬢様ってあんな大声出せたのか)

(何故この場に旦那様がいらっしゃらないのか……! ユーティディア様のお元気な姿を是非見ていただきたい!)


 テルノアとプラームの模擬戦を心待ちにする観衆がザワつくなか、その中心に立つテルノアはユーティディアからの激励に満面の笑みで応えた。


「姉ちゃーん! 僕すっごい頑張るから、僕のこと見ててねー!」


 犬の尻尾のようにぶんぶんと手を振り、気が済んだ英雄の息子は体の向きを変え、纏う雰囲気をもガラリと変えた。

 これにはプラームも思わず息を呑む。


(ユーティディア様が見ているからか? なんだか、テルノア様の目がいつもよりも鋭い。この目は、まるで──)


 普段のがむしゃらな少年の目とは違う……騎士としてプラームが幾度となく目にしてきたそれは、


(戦場を支配する、強者の目だ)


 冬の英雄たるキリリオルタの眼光にそっくりであった。

 それを理解すると同時に、久しく感じなかった悪寒が彼の背を駆け巡る。無意識のうちに剣を構えてしまうような緊張感が、プラームに降り注いだのだ。


「それじゃあいくね、先生。──姉ちゃんにかっこ悪いところ見せたくないから、僕に負けてくれる?」

「っ!?」


 開幕の言葉を告げるやいなや、テルノアは雪が混じる土を蹴って駆け出した。深く曲げられた足は爆発的な瞬発力を叩き出し、瞬く間にプラームとの間合いを詰めた。

 テルノアが持つ剣は子供用の訓練剣であり、真剣であるためそれなりの重量がある。それを片手で持った上で、この俊敏性。

 これまでの一ヶ月では特に見る事のなかったその身体能力に、先生であるプラームは冷や汗を浮かべた。


(才能があるとは分かっていたが、まさかここまでとは! しかもテルノア様──この時のために、ずっと俺に隠していたな?!)


 ……六歳の子供に出し抜かれてしまうだなんて、俺もまだまだという事か。

 プラームはいっそ清々しい気分になった。だからこそ、手加減は不要と考えた。こちらを出し抜いてまでかっこいいところを見せたいのならば、それ相応の壁となるのみ。

 やれるものならやってみろ。そんな気持ちからプラームは小さく笑い、テルノアの一撃を易々と受け止めた。


「テルノア様……俺、先生なのにこんなの全然知らなかったんですが?」

「情報を制するものは戦を制する。手札はゲーム本番まで見せちゃ駄目って、姉ちゃんが言ってた」

「……成程。ユーティディア様が」


 ──六歳の弟に何を吹き込んでいるんですかね、あのお嬢様は。

 横目でユーティディアを見つつ、プラームは乾いた息を吐く。それに気づいたテルノアはムッとした顔で、再度動き出す。

 右へ左へ、はたまた頭上や股下へ。

 子供故の身軽さと、小回りのきく敏捷性。何より剣を手に持った状態でそれを可能にする天性の身体能力。

 本気で当てるつもりがないとはいえ、冬の英雄率いる黒曜騎士団にて副団長を務める程の男の剣を、テルノアは全て捌いていた。

 避けて、弾いて、いなして。剣を握りはじめて一ヶ月とかそこらの子供とは思えない動きで、テルノアはプラームに向かってゆく。

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