堅物従兄弟の勘違い

14.悪女、弟の才能に恐れ慄く。

 テルノアとの間にあったわだかまりがなくなり、姉弟仲は良好。生意気盛りのいたずらっ子だったテルノアが更生し、まるで忠犬のように大人しくユーティディアに付き従うようになったものだから、屋敷中はこれまた騒然とした。


 どうやらテルノアは、ユーティディアが自分を最優先に構ってくれる現状に満足したらしい。その影響か、無差別な承認欲求は消え失せたようだ。

 そんな弟の心境など露知らず。ユーティディアは宣言通りテルノアを構い倒すように努力していた。

 家庭教師を全員追い返し、マンツーマンで授業を行う。分からない事はなんでも聞くように伝えていたため、分からないところで躓く事もなく、テルノアはぐんぐんとその学力を伸ばしていった。


(我が弟ながら、理解力と思考力に優れているな。記憶力に関しては言うまでもない。もう既に私を超えてるんじゃないか?)


 あまりにも物事の吸収が早く目まぐるしい成長を遂げるテルノアを見て、ユーティディアは感心する。


(僕、前まで全然勉強は出来なかったのに……姉ちゃんに教えてもらうようになってから勉強が出来るようになった。やっぱり姉ちゃんはすごい。僕なんかに姉ちゃんを超える事なんて、きっと無理だなぁ)


 すれ違う彼女らの心。姉の心弟知らず──、彼女がどれだけ期待を寄せていたとしても……テルノアはユーティディアへの心酔を加速させるだけであった。


「あのさ、姉ちゃん。聞きたい事があるんだけど」

「なんだ、分からないところがあるのか」

「今回は違うの。姉ちゃんは……僕が勉強してる時、何を考えてるの? たくさん本とか新聞を読んでるけど……」


 なんだ、そんな事か。とユーティディアはあっさり口を開いた。


「この本はスウィーラウンド王国の法について知るため。新聞は情報収集のためだな。これらの情報が、私の計画に必要なんだ」

「けいかく?」

「ああ。私の夢──……いや、人生がかかった計画だ。これを成し遂げなければ、私に未来はない」


 衣食住が何一つとして保証されない自給自足生活なんて、何回考えても絶対に無理だ!!

 あの日見た未来を思い出し、ユーティディアは金色の瞳に闘志を燃やす。自堕落な彼女にとっては言葉通りの人生を賭けた計画。それが──バカ王子とアホ女の追放計画だった。


(あの姉ちゃんがここまで言うほどの大事なけいかくなんだ…………)


 じゃあ。と、テルノアは決意を秘めた瞳をユーティディアに向けた。


「姉ちゃん、僕に出来ることはない? 僕、姉ちゃんのためならなんだってするよ!」

「手伝ってくれるのか?」

「うん。僕に出来ることならなんでも手伝う。姉ちゃんの力になりたいの」

「……ありがとう、ノア。頼りになる弟だ」


 思いもよらぬ提案に、ユーティディアは柔らかく笑った。


(こんなにも役立つかわいい弟だったのか、ノアは。未来の私は何故こいつに目を背けられたのやら……)


 自分はああはなるまいと、彼女は白い手をテルノアの頭の上に乗せた。少し癖のある黒髪を撫でてやると、はじめての経験にテルノアは顔を蕩けさせる。


(えへへ……姉ちゃんに褒められちゃった!)


 まさに微笑ましい姉弟の姿。扉の隙間からこちらを窺っていた侍女達が、「なんて可愛いの」「尊い」「この光景を旦那様に見せてさしあげたい」と口々に興奮を漏らす程、二人のじゃれ合いは和やかなものであった。

 …………ユーティディアのめちゃくちゃな計画にテルノアが加担させられた、という点に目を瞑れば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る