13.実弟、憧れに縋る。③

「わざとじゃないにしろ……一応謝罪の一言ぐらいは欲しかったわ。そうじゃないと、いつまでも許してあげられないじゃない」

「…………なんで、許してくれるの? 僕、謝りにも行ってないんだよ? それに、姉ちゃん、死にかけたって……それなのになんで、僕を許してくれるの?」


 姉ちゃんの言葉はよく分からない。何が言いたいのか、その真意が馬鹿な僕には全然分からない。

 どうしてこんな僕を許そうとするのか。

 どうせなら怒って、一生許さないでいてほしい。ほんの一度でも優しくされたら、僕は乞食みたいに──……また、姉ちゃんにたかってしまうだろうから。


「そんなの、ノアが私の弟だからに決まってるでしょ」


 その言葉を聞いて僕の目頭は熱くなった。

 優しくされたからでも、許されたからでも、嫌われてなかったからでもない。姉ちゃんが──僕を、弟として認めてくれていた事が本当に嬉しかった。

 何事にも無関心な姉ちゃんが、僕を弟だと認めて、その上弟だからと優しくしてくれる。その事実が夢のようで……喜びが大粒の涙となって溢れ出ていた。


「昨日の反応からそんな気はしてたけど……私に嫌われるのが怖いの?」

「っ、それは……」


 当たり前だ。僕はずっと姉ちゃんに認めて欲しかった。愛してほしかった。

 それなのに姉ちゃんに嫌われてしまったら……僕の夢なんて、一瞬にして全部消えてなくなるから。

 そして何より──……姉ちゃんに嫌われるのは、すごく心が痛いだろうから。


「見舞いにも来なかったのは、罪悪感と嫌われるかも──という恐怖から。会ってすぐ逃げたのもまた恐怖から。怒られるならまだしも、怒られもせず無関心になられる方が、あんたとしては怖かったんでしょう? そして、私の性格上怒るよりも見限る可能性が高いと思ったからこうして隠れてた……って訳だ」


 さすがは姉ちゃんだ。僕の情けない心を全部言い当てている。

 何もかもが姉ちゃんの言う通りで、僕は言葉を失っていた。


「ノア、もう一度私にチャンスをくれ。あんたの姉として、これからはちゃんと向き合うから。だからどうか──こんな私を、嫌いにならないでほしい」


 ……嫌いになる? 僕が、姉ちゃんを?

 ありえない。そんな事は、きっとありえない。


「これからはたくさん話そう。何か用があれば、私が寝ていても叩き起してくれればいい。勉強だって私が見てあげるから。もう一度、私にあんたのお姉ちゃんになるチャンスをくれないか?」


 こんな僕が、姉ちゃんと一緒にいていいの?

 本当に────僕のお姉ちゃんになってくれるの?


「……僕のこと、好きになってくれるの?」

「ああ。元々好きではあるが、私に出来る限りの愛情を注ぐよ」

「……僕、ずっと姉ちゃんと一緒にお昼寝したかった。姉ちゃんと一緒のお勉強がしたかった」

「それなら大歓迎だ。一緒にたくさん寝よう。私が色んな事を教えてあげるから、是非とも私より賢くなってみせてくれ」


 醜い欲望がここぞとばかりに口をついて出てしまう。だけど姉ちゃんは、そんな僕に幻滅したりせず……むしろ期待を寄せてくれた。

 あの姉ちゃんがこんな僕に目を向けて、こんな僕に期待してくれた。

 それだけで僕はもう一度頑張れる。姉ちゃんの期待に応えるためなら、何だって出来る気がする!


「……わかった。僕、姉ちゃんに自慢してもらえるような弟になる!」

「応援してるよ、ノア。ほら、さっさと降りて来い。受け止めてあげるから」

「う、うん!」


 涙を拭い、鼻をすする。

 それから下で腕を広げて待ってくれている姉ちゃんの元に飛び込んだ。

 当然のように僕達は雪に倒れ込んでしまい、その際になんと姉ちゃんが僕の心配をしてくれた。

 僕を気にかけ、更に怪我の心配までしてくれたんだ! それが本当に嬉しくて……僕はまた泣きそうになってしまった。



 ♢



「姉ちゃん、ごめんなさい」


 凍傷になっていた僕の手足は侍女達によって丁寧な手当を受けた。冷え切っていた体も湯船で念入りに温められて、体温も正常。

 着替えを済ませた僕は緊張から鼓動を早くして、姉ちゃんの部屋を訪ねた。

 そして、ようやく謝罪の言葉を口にした。


「まだちゃんとごめんなさいって言えてなかったから……僕のせいで怖かったよね。本当に、ごめんなさい」


 こんな謝罪で許されると思っている僕を殴りたい。叶うなら、地面に頭を擦り付けて謝りたいんだけど……そこまでやって姉ちゃんに引かれたら立ち直れないから。


「いいよ。だが次はないからな? いたずらはほどほどにするんだぞ」

「うん」

「ほら、こっちにおいで。一緒にココアを飲もう」

「いいの?」

「ふふ。今ならなんと美味しいクッキーもあるぜ」

「……ぷっ、姉ちゃん変なの!」


 姉ちゃんは本当に優しい。そして、本当に凄い。

 こんな簡単に場の空気を変えてしまうんだから。……こういうのって、上に立つ者必須の技能って確か何かの本に書いてあった気がする。

 ──つまり、姉ちゃんは上に立つ者としての才能もある! さすがは僕の姉ちゃんだ!

 じゃあ僕は、弟として姉ちゃんを支えられるようにならないと。姉ちゃんが教えてくれるらしいし勉強も頑張って……父さまに剣も教えてもらおう。

 僕でも身につけられそうな技術は全部身につけるんだ!


「──あのさ、姉ちゃん。侍女達は僕のこと全然見つけられなかったのに、なんで姉ちゃんは僕のこと見つけられたの?」


 姉ちゃんといっぱいお喋り出来た。こんなのはじめてで幸せいっぱいだったからこそ、強気になった僕はそんな疑問を口にしていた。


「なんでって……あんた、昔からいつもあの木に登ったりあの木の周りで遊んでたじゃない。だから屋敷の中にいないのなら、あそこかなって」


 僕の赤い目とは違う、姉ちゃんの綺麗な金色の目。それには僕が映っていて、確かに今、姉ちゃんの視界には僕だけがいた。


「…………見て、くれてたんだ」


 誰も僕の事なんて見てくれないと思っていた。

 だけど、それは勘違いだったらしい。

 今までずっと──……姉ちゃんだけは、僕の事を見ていてくれたんだ。他の誰も僕の事なんて気にかけないのに……姉ちゃんだけは。


 ずっと、ずっと。

 僕を見ていてくれたんだ。

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