12.実弟、憧れに縋る。②
その日は誰とも話したくなくて、一人でいたくて朝からいつもの木に登っていた。
この木に登ると、葉っぱの隙間から姉ちゃんの部屋が見える。普段見られるのは寝ている姉ちゃんばかりだから、起きている姉ちゃんが見たい時はここから窓をじっと見上げる事が多い。
窓際で風に当たりながら読書をしたり、日向ぼっこをしたり。
暖かい春の日なんかは、窓枠にもたれかかって腕を枕にして寝ているから、見ているこっちがハラハラする程だ。
少しでも姉ちゃんみたいになれたらなって色々真似してみたけど、全部無意味だった。
姉ちゃんの真似をしたところで、
姉ちゃんみたいになればみんなにも気にかけてもらえるって……姉ちゃんみたいになれば、姉ちゃんも少しは僕に興味を持ってくれるって、そう思ってた。
でも現実は何一つとしてうまくいかず、失敗ばかり。
姉ちゃんにも嫌われて、父さま達にも呆れられたに違いない。
自業自得なのに、僕は被害者面で後悔していた。雪も降っている寒空の下、木の枝の上で体を丸くして鼻をすすっていた。
寒くて、辛くて、寂しくて、怖い。
だけど……あの時姉ちゃんはもっと怖い思いをした。僕のせいで。──そう考えると、こんな事で泣く僕がよりいっそうみじめに思えてきて。
もういっそ、このまま一人で凍えて死んでしまいたいと思っていた。
誰にも見つけてもらえない。誰にも気にかけてもらえない僕にはぴったりの終わりだ。
ずっと放っておいたんだ、今更どうせ誰も僕のことなんか気にしない。だったらもう……大人しく孤独を受け入れて死んだ方が、ずっと苦しくないだろう。
何を言っても、何をしても、誰も僕を見てくれない。どれだけ手を伸ばしても絶対にその手を振り払われる。
──もう、あんな苦しみはたくさんだ。
震える唇を噛み締めて、また涙を零す。だんだん手足の感覚がなくなり、意識も朦朧としてきた時。
目が覚めるような声が、聞こえてきた。
「ノア! そこにいるんだろう!」
なんで、どうして姉ちゃんがここにいるの?
姉ちゃんの声に驚いて、思わず肩が跳ねてしまう。その時に生じた音で、姉ちゃんには僕の存在がバレてしまったらしい。
「……はあ。ノア、早く降りて来い。そんな所にいたって、寒いだけ──」
「僕のことなんか放っておいてよ!」
つい、勢い任せに叫んでしまった。
みんなは僕のことが嫌いなんでしょ? みんなは僕の事なんてどうでもいいんでしょ? それなのになんで、よりにもよって姉ちゃんが今ここに来るの……?
「みんな、僕のことなんかどうでもいいんでしょ! 何しても、誰も僕のことを見てくれない! いつもいつも放っておくくせに、なんでこんな時ばっかり僕のことを放っておかないの!!」
このまま死んでしまいたかった。大好きな姉ちゃんに嫌われて、関心を失われてしまうぐらいなら……いっその事死んで全てを終わらせたかった。
それなのになんで、なんで、こういう時に限って放っておいてくれないんだ。
「父さまも母さまもいっつもお仕事ばっかりで全然僕のことを見てくれない! 姉ちゃんはいっつも寝てばっかりで一緒に遊んでくれないし、授業でなら一緒にいられると思っても姉ちゃんはすぐ授業にも来なくなる! 侍女達も母さまの仕事の手伝いや姉ちゃんのお世話で全然僕の事は気にかけてくれないし……なんで、なんで誰も……僕のことを見てくれないの」
本当に憧れていた。なんでも出来て、何もしなくてもみんなに大事にされる姉ちゃんが、僕にとっては憧れで、目標みたいなものでもあった。
だから頑張った。少しでも姉ちゃんみたいにみんなに認めてもらえるような人間になるんだって。
そしたら姉ちゃんも僕を認めてくれるかな。僕を弟として愛してくれるのかな。姉ちゃんみたいに父さまと母さまにも愛してもらえるのかな。侍女達も僕を仕える相手として認めてくれるのかな。
……そう信じて、夢見て頑張ってたんだ。
でも、全部無意味だった。
僕はどれだけ頑張っても……オデルバイド侯爵家の長男としても、ユーティディア姉ちゃんの弟としても未熟で、到底認められるような存在にはなれない。
「……ごめんな、ノア」
「──え?」
姉ちゃんの口から放たれた予想外の言葉に、僕は素っ頓狂な声を漏らした。
「今まで寂しい思いをさせてごめん。姉らしい事を何もしてやれなくてごめん。これからは、私も頑張っていいお姉ちゃんになるから……どうか、降りて来てくれないか?」
理解が追いつかない。どうして、姉ちゃんが突然そんなことを……。
「……でも、姉ちゃんは僕のことなんかどうでもいいんでしょ? 僕、姉ちゃんのこと……湖に落としちゃった、のに。姉ちゃんは……怒ったりもしなかった、よね」
勘違いしちゃだめだ。姉ちゃんにとって僕はどうでもいい存在だから、姉ちゃんは怒らなかったんだ。
「ノアが謝りに来ても来なくても怒るつもりはなかったけど。というか、あれはわざとじゃなかったんでしょう?」
「っ!!」
なんで知ってるの?
そんな驚愕が喉元まで出かかるも、僕はぐっと堪えた。それを聞いてしまったら──僕はきっと、自分に都合のいい勘違いをしてしまうから。
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