11.実弟、憧れに縋る。

 僕には、とっても偉い父さまと、とっても凄い母さまと、とっても賢い姉ちゃんがいた。


 ちょっぴりお寝坊さんだけど……なんでも出来て、みんなが凄い! って褒めるとっても凄くて綺麗な僕の姉ちゃん。

 僕はそんな姉ちゃんの事が誇らしくて。憧れてしまうぐらい、本当に大好きだった。


 父さまは毎日近衛騎士団の団長として国のために働き、そんな父さまに代わって母さまはこの領地を守り、姉ちゃんは次の侯爵に相応しい頭脳が既にある……って、ゼパが言ってた。


 だけど、僕にはなにもなかった。


 賢い姉ちゃんはなんでもすぐに覚えて応用までしてしまうから、いつも先生が匙を投げてしまう。

 授業以外で話しかけようとしても、姉ちゃんはあんまり元気じゃないみたいで、ずっと眠ってる。

 そんな姉ちゃんのお世話が忙しくて、侍女達ですら僕に構ってくれない。


 でも、そんなの当たり前だ。

 だって僕には何もないから。大した才能もなく、なんの役にも立てない。そんな僕に構う暇なんて、忙しいみんなにあるわけがない。

 ……そう頭では分かっていても、やっぱり寂しいものは寂しかった。

 もっと僕を見てほしい。僕にも構ってほしい。ほんの少しでもいいから、僕の事を気にかけてほしい。


 その欲求はいつしか膨れ上がり、僕はいたずらを繰り返すようになっていた。

 いたずらと言っても些細なことばかり。最初の頃はみんな、ちゃんと反応してくれた。その時だけは僕を見てくれた。

 でも、何度もいたずらを繰り返すうちにみんなはいたずらすらも気にしないようになった。それがいっそう孤独を増長させ、僕を問題児へと変えていったのだ。


 いたずらはどんどん苛烈になり、僕は屋敷中から腫れ物のように扱われるようになった。それでも僕は、僕を見てもらえる唯一の手段を捨てられずにいた。


 そんなある日、姉ちゃんが珍しく湖畔を散歩していた。

 これは姉ちゃんに僕を見てもらえる絶好の機会! 驚かせたら、姉ちゃんも少しは僕に構ってくれるかな?

 そう考えて、僕は姉ちゃんに飛びつき──すぐさま後悔する事になった。


「ユーティディアお嬢様!」

「誰かっ、誰かお嬢様を!!」

「タオル! 暖炉と湯船を!」


 目の前で、姉ちゃんは湖に落ちた。

 僕のせいで、姉ちゃんは冷たい湖の中に落ちていった。

 騎士が慌てて湖に飛び込み、姉ちゃんを引き上げる。侍女が走って持ってきたタオルで急いで体を拭くも、姉ちゃんの顔色はすごく悪かった。

 みんながどれだけ呼びかけても、姉ちゃんはうんともすんとも言わない。


 姉ちゃんが死んじゃったらどうしよう。

 不安から目の前が真っ白になって、その場から逃げ出してしまった。

 僕のせいで姉ちゃんが死んだら、僕のせいで姉ちゃんに何かあったら、僕は、ぼくは…………っ!!

 姉ちゃんがいなくなる恐怖に震え、僕はずっと泣いていた。ベッドの上で布団にくるまり、泣き続けていた。


 そうやって自分の部屋に閉じ込もっている間に、姉ちゃんは無事目を覚ましたらしい。

 それを聞いて安心したけれど、同時に僕はまた恐怖に襲われた。

 自分を命の危険に晒したような人間を、僕なら絶対に許せない。ただでさえ僕に関心のない姉ちゃんが、僕への関心を完全に失ってしまったら?

 怒られるならまだいい。むしろ、怒る時は僕を見てくれるから全然いい。

 だけど……関心を失われるのが、すごく、怖かった。


 僕の事なんか嫌いになってるに違いない。そうだ、絶対にそうだ。

 湖に落とした挙句、お見舞いにもいかず謝りもしない。そんな最低な弟、僕が姉ちゃんの立場だったらすぐに見限るから。

 姉ちゃんに会ったら絶対にそうなってしまうと思って、僕は姉ちゃんに会いに行けなかった。


 そんななか、ある噂を聞いた。──あの姉ちゃんが自分から部屋を出て、遠くの村まで出かけたって。

 僕が湖に落としちゃったせいで後遺症が出ているのではないかと、また恐怖が増幅する。

 でも同時に、本当に姉ちゃんが変わってしまったのか気になってしまって。だからこっそり見に行ったのに……。


「ん? そんな所でなにコソコソとしてるんだ、ノア」

「っ、姉ちゃん……!」


 僕は姉ちゃんと出会ってしまった。

 元気そうでよかった。怪我とかもあんまりなさそうでよかった。


「あ、ぼく、その……えっと……っ!!」


 でも、話せない。

 姉ちゃんの気持ちを聞きたくない。

 嫌われたという事実から目を逸らしていたかった。だから、最低な僕は──その場から逃げ出してしまった。



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