7.悪女、いい子になる。②

 翌日。宣言通りユーティディアは領地南方の村へと視察に向かった。

 それを知ったオデルバイド家の関係者は大騒ぎ。湖への転落事故でユーティディアの頭に重大な問題が発生したのでは……?! と主治医を再招集した程。

 親孝行と称して突然活動的になったユーティディアの姿は、それだけ異質に見えたのだろう。


 昼前に出発した南方の村の視察は、夕暮れまで続いた。

 村人達への聞き込みから、土壌調査や堤防建設の検討など……執事長に用意させた資料と、母親の執務室から拝借した本を参照に調査・検討を行っていたのだ。

 日が暮れはじめた頃に帰路につき、その馬車の中でも、ユーティディアは村で作成した調査結果に目を通す。

 親孝行という名の領地への貢献。それを成すべく、ユーティディアは珍しくやる気を漲らせていた。


「あー疲れた……」


 屋敷に到着した時には既に空は暗く染まっていた。

 欠伸を携えて屋敷に入ったユーティディアを、執事長が出迎える。


「お帰りなさいませ、お嬢様。お渡ししました資料は、何かお役に立ちましたか?」

「うん。ありがとうゼパ。今日はもう疲れたから、話は明日でいいよな」

「勿論でございます。ささ、食堂へどうぞ。ちょうど夕食の準備が出来ております」

「はーい」


 厚手のローブを執事長に渡し、ユーティディアは気だるげな表情で食堂へと足を向ける。

 その小さな背を見送りながら、執事長は顎に蓄えた白い髭をなぞった。


(まさか、あのお嬢様が領地のためにとその頭脳をお使いになってくださる日が訪れようとは……侯爵様がお戻りになられた日には、情けない泣き声が響く事でしょうな)


 自分の子供達が大好きなキリリオルタの事だ。娘の成長を泣いて喜ぶに違いない。──と、幼い頃からキリリオルタを知る執事長ゼパは目を細めていた。



 ♢



「ん? そんな所でなにコソコソとしてるんだ、ノア」

「っ、姉ちゃん……!」


 食堂の近くにて、ユーティディアは柱に隠れていた弟テルノア・フィン・オデルバイドと遭遇した。

 まさか見つかると思ってなかったのか、ユーティディアに見つかったテルノアは顔を青くして視線を泳がせる。


「あ、ぼく、その……えっと……っ!!」


 まともな言葉を吐かないまま、テルノアは狼狽した様子で逃げるように走り出した。


「なんだあいつ……夕食を食べないつもりなののか……?」


 じゃあ、ノアの分は貰おうかな。と、久々の遠出でお腹がぺこぺこなユーティディアは、本日の夕食に思いを馳せた。

 ──ちなみに。テルノアの分の夕食に手をつけるどころか、自分の分すらも食べ切れないまま彼女の夕食は終わりを迎えた。ユーティディアはその怠惰っぷり故か、かなり少食で、燃費がいいのである……。

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