生意気弟の改心
6.悪女、いい子になる。
来たる未来でバカな婚約者を追放すべく、ユーティディアは動き出した。
だが相手は曲がりなりにも一国の王子。彼との婚約破棄を果たすためにと、ユーティディアは親の前ではいい顔をする事にした。
(私のような自堕落女が突然バカ王子との婚約破棄をしたいなどと言っても、叶う筈があるまい。このような私の我儘などより、家門の面子の方がずっと大事だからな)
ユーティディアは自己評価が恐ろしい程に低かった。
両親にも大事にされ、かなり意思を尊重されているというのに──、彼女自身はそれを親の情けと思っている。
いつも寝てばかりの手のかかる子供だがそれでも娘だから…………と、親としての責任感で世話をしてくれているのだと思っているのだ。
その両親はというと。彼女の自堕落な性質を理解した上で、可愛い娘のやりたいようにやらせていた。
どんな授業を受けさせても二度目の授業では教本の内容全てを記憶して、知識を完璧に我がものとする天才的頭脳を持つユーティディアだからこそ、その反動であの怠けっぷりなのでは……とすら考えているのだ。
順序が逆である。怠けたいからこそ、ユーティディアはありとあらゆる場面で自分自身を最適化しているのだが──人の良い両親は、それを知らず。
両親が何も言ってこないのを『もう既に見限られているのだろう』と認識しているユーティディアは、自分が両親に愛されている自覚もなく、我儘など当然聞いて貰えないものと考えた。
(ここは一つ、親孝行といくか。確か前に侍女達が領地南方の村が食糧難だとか言っていたな……両親からの株を上げて、王家との婚約破棄による損害を最大限緩和する策を提示すれば、私の我儘とて通る可能性もある)
ぐるぐると考えを巡らせつつ、ユーティディアはベッドから降り立った。
着替えるのも面倒なので、寝間着の上にローブを羽織って彼女は自室から出る。その姿をたまたま見た侍女達は目を丸くした。
「ゆ、ユーティディアお嬢様がご自身でお部屋から出るだなんて!?」
「ひっ……非常事態よ! お嬢様が自ら外出なされる程の何かが起きるのよ────っ!」
「誰かお医者様を!!」
凄まじい騒ぎようである。だが、侍女達の反応も仕方の無いものであった。
何故ならユーティディアは滅多に自分から部屋を出ようとしない。授業や用事の際は、侍女が引っ張り出さない限りベッドから動かないぐらいだ。
そりゃあ、そんなユーティディアが自分の足で歩いて自ら部屋を出たのだから、侍女達のこの反応も頷ける。
「シェイリン。執事長に、ここ数年分の領地の食料自給率の変遷を纏めた資料と、水害等自然災害が発生した地域とその時期を纏めた資料を用意してくれるよう頼んでくれないか?」
「えっ? わ、分かりました!」
「メノウは明日にでも着られるよう、いい感じの服を見繕っておいてくれ」
「はい! ……あの、お嬢様。突然どうされたんですか?」
テキパキと指示を飛ばすユーティディアを見て、侍女達は不安を表に出す。
その顔を見て、ユーティディアは小さく笑った。
「どうって言われても──……ただ、親孝行しようと思っただけよ」
そう言い残し、彼女は屋敷の廊下を歩いていく。行先は母親であるシオリノート・フィン・オデルバイドの執務室。
彼女は、近衛騎士団長を務めるキリリオルタ・フィン・オデルバイドに代わって領地の運営を担っている。
「お母さん、入ってもいい?」
「いいわ──え? ティディ!?」
予想外の来客に、シオリノートは思わず立ち上がった。
そんな母親の驚きなど気にもとめず、ユーティディアは執務室にある本棚を見回しては目当ての本を手に取った。
「ティディ、まだ体調が優れないのでしょう? あまり歩き回っては……あなたは元々体が強くないのに……」
「大丈夫だよお母さん。あ、この資料借りてもいい?」
「え、ええ」
「じゃあ借りてくね。明日は南方の村に視察がてら行くから、多分昼間は家にいないと思う」
「えっ?」
欲しかった本を手に入れ、ユーティディアはそそくさと部屋を後にする。
「ま、待ってティディ! 視察ってどういう────!!」
その背に向けてこれを張り上げるも、シオリノートの声は扉によって阻まれ届かなかった。
「……一体、ティディに何が起きているの……?」
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