3.悪女、未来を知る。③

「──いいか、ティディ。相手は第二王子だ、絶対に……絶っ対に余計な事は言うなよ。必要な返事だけ口にするんだ! とにかく大人しくしておいてくれれば、もしもの時私がどうにか出来るかもしれないんだ」

「はあ……」

「いいか、絶対余計な言葉を吐くな。お前は大人しくしていてくれ。ただ……お前がどうしてもこの婚約が嫌だと言うのならば、私がどうにかして陛下に掛け合うから、ティディは安心して大人しくしていてくれ」


 まだ夜も明けぬうちから領地より連れ出され、寝惚けながらも馬車に揺られるユーティディアの肩を掴み、彼女の父親であるキリリオルタ・フィン・オデルバイド侯爵は強く釘を刺していた。

 しかしユーティディアは全然話を聞いてない。まだ半分夢の中なのだから当然である。


(本当に大丈夫だろうか……くっ、酔っていたとは言え、何故私は陛下に何も意見出来なかったのか!)


 彼は王室直属の近衛騎士団が団長だった。十八歳という若さで王国騎士として戦場に赴き、十六年続いていた隣国との戦乱、冬の戦争終結の立役者となったスウィーラウンド王国の誇る冬の英雄。

 見目の麗しさは勿論、その名声も相まって彼はたいそう持て囃されるようになった。

 しかし、キリリオルタは凱旋してすぐ、国王からの褒賞として幼い頃より婚約関係にあった伯爵令嬢との婚姻の承認を要求した。

 それが二十一歳の頃の話であり、今から八年程前の話である。


 実家の侯爵位を継ぎつつ近衛騎士団長としての仕事をこなす彼は、ある日、数年前に即位したばかりの若き国王の酒の相手を任され、有無を言わさない口調でこう命じられたのだ。


『───オデルバイド侯爵。確か、そなたの娘と俺の息子の歳が近かった気がするんだが……どうだ? 俺の下の息子と、そなたの娘を婚約させるのは』


 オデルバイド侯爵家は中立派閥に属し、冬の英雄としての名声から絶大な影響力を誇る。

 若き新王として強力な後ろ盾を欲していた国王ビリディオン・ディンク・モーラ・レジルティアは、オデルバイド侯爵家の持つ富と名声と力全てに目をつけた。

 手っ取り早くオデルバイド侯爵家との繋がりを手に入れたいと考えたビリディオン王は、オデルバイド侯爵家の長女と自身の次男の歳が近い事を思い出す。

 そして、強い酒をしこたま飲ませて判断力を低下させたうちに、キリリオルタから婚約了承の旨の署名をもぎ取ったのである。


 後になってそれを知ったキリリオルタは、娘への罪悪感で暫く寝不足になったとか。

 だがもう後戻りは出来ない。

 もしもの時はユーティディアの婚約破棄のため、ビリディオン王に請願しようとその準備も進めているが……とにかく後の為にも、王族の不興を買わないようにしなければ。と、彼も必死になっているのである。


 そして、城の美しい庭園にて顔合わせは行われた。

 ユーティディアは深窓の令嬢と呼ばれる程、領地から出て来ない。病弱だとか、醜い容姿だからとか……デビュタント関係無く、なんらかの理由があって未だに社交界に姿を見せないのでは? と彼女は噂されていた。

 まあ、その真実はと言うと──『めんどうくさい』の一言でありとあらゆる招待を断っていたからなのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る