釣り

「ぽっぽぽ……ぽっぽぽ……」


「何だ、八尺さんか」


「おや、坊やじゃないか」


 次に日、日課の散策をしていると、昨日と同じ場所で坊やと出会えた。


 昨日と同じ、乗らない態度と、死んだ魚のような目をしている。


 私に出会っても、なんの反応もしてこない。


 本当、不思議な坊やだ。


「どう?今日は生きる気が湧いたのかい?」


「そう見える?」


「見えないわ」


「だろう」


 業務的に聞いたみたけど、彼の状況は見えらわかる。


 まっ、それもそうよね、あのやる気のない目は一日だけで治れるものじゃない。


 でもこうなると、私はもうこの坊やに用がない。


「生きたい時は教えてくれ、さようなら」


 私はと言葉を残し、この場から離れようとする。


「おい」


「……何だ」


 でも、坊やは私を呼び止めた。


「しないか?」


「何よ」


「君、もしかして僕が何しているのかわからないの?」


「そんなわけないだろ! 釣りしてるのが見れば分かるわよ」


 今日の坊やは、昼寝じゃなく、釣りをしている。


「一緒に釣りしようよ、一人でやるのつまんないからさ」


 坊やはあくびをしながら、隣にいるもう一つも釣竿を私に渡す。


「なんで私も、魚でも食べたいなら釣りじゃなく呪いで殺せるけど」


 もちろん、私はこの呑気な坊やの遊びに付き合う気がない。


 というか、妖怪を知った上で遊びに誘うとか、この子正気じゃない。


「まっ、釣りなんてババアにとって難しいすぎるか~ しょうがないなぁ~」


 ちょっと引いている私のことを気にせず、彼を更に煽る。


「はっ?釣りするの年齢と関係ないでしょ!私だって子供の頃釣りしたことあるわよ!」


 何を隠そう、私はかなり釣りが得意の方である。


 若い頃、特に村八分が酷い時など、私を釣った魚で腹を満たすことが多々ある。


 自分で言った悲しいになったが、そんな私にとって釣りを朝飯前のことである。


 それにババアって・・・いい度胸じゃないか坊や。


「いいわ、この私が付き合ってあげる! 誰が上なのか教えてあげるわ!」


 この私に釣りを挑むとは、坊やも運の尽きだ!ぽっぽぽ!




「ぽっぽぽ・・・ぽっぽぽ・・・」


 釣りを始めてからもう一時間が過ぎた。


 なのに……なのに……


「なんで何も釣れないのよ!」


 坊やのバケットは魚いっぱいになってるにも関わらず、私のバケットじゃ数匹しかいない。


 そんなはずがない、この私が魚を釣れないなんて……!


「坊や、もしかして釣竿に細工したのか!」


「そんなわけないだろ、八尺さんが釣りヘタだけじゃない?」


「私が下手なわけないでしょう!」


 そもそもこの釣竿がおかしいのよ! 手触り心地が変だし、変な機械がついてるし、私の頃の木で作った釣竿と全く違う!


「何なんだよこの釣竿は! こんな釣竿じゃなかったら魚なんてたくさん取れたのに……!」


「え? 八尺さん、この釣竿の使い方知らないの?」


「わかるわけないでしょう! 私が若い頃の釣竿と全く違うじゃないか!」


「何だ、しょうがないな」


坊やは立ち上がり、私の体に近つく。


「おい! 何するのよ!」


「動くなって、今から釣竿の使い方を教えてあげるからよ」


「なんて私があなたに教われなっきゃならないのよ!」


「だから動くなって!」


 私の反抗を無視して、坊やは無理矢理私の手を掴まる。


「ここはこうして……」


「むむむ……!」


 本当は坊やなんかに教われたくなかったが、でも彼に負けるよりはましと思い、ついつい彼に付き合ってしまった。


 でもこうして屈した甲斐があったていうか……


「よし! 魚が釣れたわ!」


 私も何だか昔の動きを思い出したようだ。


「良かったじゃん、僕のお陰で」


「う……うるさいわね! でも……」


「?」


「ありがとう、坊や」


「なん……何言ってんだよ!」


すると、坊やの顔を真っ赤になり、私の目から逸らし背を向く。


「勝手にやったことだから、それで感謝されても……」


「おや~ もしかして照れてるにのか~ 私のお姉さん魅力に?」


「いやそれはない」


「何なんのよあなた!」


 テレてると思いきや、彼はあっさりと元のつれない顔に戻った。


 本当に! この子はわけわからないことばっかだ!


「おい、八尺さん」


「まだ何よ!」


「これあげるよ」


 彼は釣竿を私の手に押し込だ。


「おい! 何するのよ!」


「釣りが好きそうだからあげるね! 今度も一緒釣りしようぜ!」


「ちょっと!」


 まるで友達と別れするように、彼はこのまま走り出し、そして……


「まだ明日!」


 彼は、今日はじみての笑顔を見せた。


「ふさけるじゃないよ……」


「今度はその生意気なツラをへし折ってやるわ! 待ってなさい!」


「ははっ! 期待してるぜ!」


 そのまま、坊やの影が小さくなり、身は夕日の中で消えた。


 よく考えてみれば、今日はこの子に振り回されてばっかりだ。


 この八尺様であろものが、坊やからバカにされるとは、考えてみれば腹が立つ。


 でも……


「たまり振り回されても、案外と悪くなかったかも」


 気付けば、私は笑顔になってしまった。

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