急変する試験

「今のところ誰もいない、と」


バブブ公国派閥と王国派閥がぶつかり合った時、俺は建物二つ挟んだ先のベンチに座り、使い魔越しにその戦いを見ていた。


ガードゥがグロい鎧を着た奴に吹っ飛ばされた時も、戦いが始まったときもガードゥ以外の姿はない。

俺がガードゥの周囲を覆うように張った様々な結界にも不審な人影はない。


ガードゥを殺そうとすれば、いつぞやのように透明化術者が助けに入るかと思ったが、その様子は無い。

だがこのまま介入しなければ、ガードゥは死ぬだろう。それほどあの鎧は強い。

固有魔術同士の相性は悪そうだが、それを覆せる性能を秘めている。

戦い慣れていない典型的な魔術師のガードゥでは厳しい。


今回のエリスによるガードゥの襲撃は、ガードゥの暗殺を目的にはしていない。

ガードゥを助けに来る教団員の観測、特に透明化術者の能力を解析する手掛かりを得るためのものだ。

逃げられてもいい。俺が仕掛けた何重もの結界のどれかに透明化術者が引っかかれば俺たちの勝ちだ。アルフィアの力を借りるまでも無く、モルドレッド教団を殺せる。


まあ、相手の透明化能力は魔術の類ではなさそうだし、きっと無駄に終わるだろう。

それでも探り合いが続いている試験をぶっ壊す狼煙にはなる。

どうなろうとも俺たちは損をしない。

エリスも透明化術者を警戒して、前に出ることなく自身の防御を固めている。俺に至っては存在すら向こうは掴んでいない。

王国派閥の幾人かは死ぬかもしれないが、俺達に身の危険はない。


ある意味他人事のように藤色の鎧とガードゥの戦いを眺めていた。

2人の学院をぶっ壊しそうな戦いも、終わりを迎えている。

ガードゥの形成した土の洞窟の中で何が起こったのかは見れなかったが、凄まじい衝撃と爆発が周囲を吹き飛ばし、ガードゥは瀕死の重傷を負っていた。

敵が死にかけている。それを見た俺は、今まで一番険しい顔を浮かべていただろう。


「………何で助けに入らない?」


ガードゥは、藤色の騎士が拳を振り下ろすだけで死ぬ。身を守る魔具も術式も全てない。にもかかわらず、透明化術者が助けに入る様子は無い。


「エリスの予想が外れたのか?」


エリスは藤色の騎士が、ガードゥを殺した場合の策には言及していなかった。つまり、この場でガードゥが死ぬということは無いと、聡明な彼女の頭脳は判断したのだ。

何かがずれている。その予感に俺は不気味な寒気を覚える。


俺は立ち上がる。不吉な予感に突き動かされたのだ。魔術師のこういう感覚は無視できないと知っていた。そしてそれは、俺の命を救った。


「―――ッ!」


背に走る激痛と灼熱の熱に押されるように、俺は前方に倒れる。

背を切り裂かれながら、俺は芝生の地面に転がる。

魔術師としての感覚で、反射的に自身の肉体を調査する。


(骨までは届いていない。筋肉は断裂、神経、血管も損傷。問題ない)


攻撃される前に魔装術を使っていたこと、防御用の魔具を発動していたことが、俺を重症程度で済ませていた。無防備に受けていれば、木っ端みじんになっていただろう。

俺は衝撃で止まった呼吸を魔装術の応用で無理やり動かしながら、回復用の指輪で止血をし、同時に魔力を周囲に放出する。

単純な魔力を物理的干渉力に変換するだけの術式だが、それゆえに阻めない。


俺の周囲の地面が捲れ上がり、爆風が建造物に罅を入れる。


(――ッ!?何もいない?敵がいれば少しは手掛かりがあると思ったが)


魔具に加え、自前の術式でも全身を覆う円形の結界を張り巡らせ、その内部を探知術式で覆う。

その上で、俺は術式を構築した。


(範囲は半径百メートル。重さは一トン。〈仮想質量重責空気メタ・エア〉)


指定範囲の空気に仮想の質量が付与される。空気の重さに耐えかねて、地面が埋没し、大気は歪む。重さを持った空気は体内に取り込まれることは無く、呼吸も不可能となる。

錬金術は、俺の正体を隠すためにも学院では使わないようにしているが、今はそんなことを言えるような状況ではなくなった。


地面が崩れ落ちていく。仮想質量を付与した空気は俺の術式対象であり、その状態は細かに把握できる。姿


俺の超広範囲の破壊は、普通に学院生を巻き込んでいる。地面に潰れた者には加減をしているが、それでも試験で使用していいようなものではない。

次期に教員が来て止められるだろう。

実際、俺の探知術式はそれらしき影を捉えている。


(どうする。解くか?)


もう俺の術式範囲外に逃れているのかもしれない。それなら無駄だ。

だが、俺の予想している敵だとすれば、まだ術式範囲内にいる可能性がある。


「はあっ、いったいなぁ」


どくどく、と痛みが走る背と血が滲んだ手のひらを見て、俺は弱音を吐く。そうしないと泣いてしまいそうだ。

そもそも俺は、師匠がいた時に修行で半殺しにされた時以降、大した怪我をしたことが無いのだ。それが昨日、今日と連続して大怪我をしている。


今も魔具による治療は進めているが、治癒術式は大して得意ではない。


(一度、術式を解除して、結界内で治療を終わらせるべきか?)


俺は迷う。だがその時、視界の一角で人影が浮かび上がった。それは、とても見逃すとは思えない巨大な人影だった。筋骨隆々の肉体をボロ布で覆っており、その手には巨大なメイスを握っている。

背には、中肉中背の男を背負っており、俺と目が合うと歪な笑みを浮かべ、血を吐いた。


「お前か」


見逃すはずがなかった。二人の人間もその足元の男が背負った大気の重さでへこんだ地面の足跡も。だが気づけなかった。探知術式も今になって二人の気配を浮かび上がらせた。

俺の魔術で捉えられない隠密能力に、黒牙に聞いた巨体の戦士。

間違えない。こいつらは教団員だ。

そして背の特徴が無いのが特徴のような男が、透明化術者。


俺は魔術を構築しようとする。大気から酸素を奪う術式、連鎖する雷撃、炎の竜巻、どれも広域殲滅用の魔術だ。

透明化術者は、〈仮想質量重責空気メタ・エア〉で血を吐くほどの怪我を負っている。

エリスの予想通り、直接的な戦闘能力は乏しい。

なぜ俺が狙われたのかは分からないが、ここにいると分かっている今が、殺す最大の機会だ。


だが俺の術式が完成するよりも早く、俺の足元に空間が開いた。


「……なんっ」


芝生の地面が飲み込まれていき、俺の身体も吸い込まれそうになった。慌てて魔術で足場を作り、跳躍する。

大男、確かバスという名前の戦士が地面を砕き、飛ばしてきたが、それは〈飛行フライ〉の魔術で躱す。


だがその隙にバスたちは逃げ出した。透明化術者が残した血の跡が続いているから追跡は可能だが、俺の追跡を阻むように足元の裂け目から何かが飛び出してきた。


『Graaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』


それは、獣だった。毛のない白濁色の肌に淀んだ瞳。背には三本の触手とかぎづめを生やしており、体格はどこか不格好だった。

錬金術師である俺には分かった。これは、『融合獣キメラ』だ。

複数の生命体の因子を掛け合わせて作られた不自然な生物。錬金術の産物だ。


(どうしてそれが空間魔術で送られてくる!?)


いや、違う。問題なのは獣じゃない。どうして教団の奴らが俺を狙って、俺の避けた足元に次元断層が出来たか、だ。結論は既に出ていた。


「アルフィア………。あの魔女め!俺を売りやがったな!!」


俺とエリスの関係を知るのも、俺が回避する方向を知っているのも、運命を見るあの魔女しかいない。


(なぜだ!?あの魔女は教団の味方だったのか?それとも俺を殺してアリスティア家の財産を奪う気か?………あるいは師匠の代で恨みでも買ってたか?)


事情は分からない。だが俺は憤怒で顔が引きつるのを感じた。それは得体の知れない恐怖を拭い去ろうとしているようでもあった。


跳躍した獣が、俺を狙う。飛行で躱し、足元に回り込む。俺の影から飛び出した《黒蒼の王冠杖》が汚い肌を貫き、宙に磔にした。

俺は地面に足を付き、割れ目を睨みつける。

獣は一体で終わりではない。獣は次元の割れ目からどんどん這い出して来る。


奴らは最も近くにいた俺に狙いを定めたようだった。

飛び込んできた一体を手にした槍杖で払いのけ、従刃が数体の獣をひき肉へと変える。

それでも獣の雪崩は止まらない。


『Grrrraaaaaaaaaaaaaa!』


死体を押しのけ、俺へと迫る牙は黄ばんでいて、鋭かった。

地を蹴り、背後に飛びながら魔術を構築する。

五発の火炎が炸裂し、獣たちを焼き払う。火を恐れるように後続の群れも動きを止めた。


俺はまだ効果が続いている〈飛行フライ〉を使い、宙へと飛ぶ。

だがそれは、悪手だった。同族という障害物が無くなった奴らは、一斉に触手を俺へと向けて先に生えたかぎ爪を射出してきた。


「チッ!」


反応できたものは槍杖と従刃で。それ以外は指輪の魔具で防いだ。だがいくつかの指輪が崩れ、指から消えていく。

かなりの威力だ。今も断続的に結界を叩き、罅を刻む爪弾を見て、俺は眉を顰める。


俺はそれでも、高く、高く飛翔する。学院の結界ギリギリまで高度を上げ、爪弾の射程圏外に出る。

俺という手近な獲物を失った獣の群れは、学院の通路を埋め尽くすように四方八方に散っていく。

高度を上げたことで、今何が起こっているのか分かるようになった。魔物の襲撃だ。


「亀裂から魔物の群れ。そして―――」


学院を覆う結界、そして都市を覆う結界の外にそれはいた。高い外壁越しにもその全貌が伺い知れた。

二体の魔獣だ。どちらも小山のような巨体を持っている。

それが、学術都市近くの地面を砕きながら、地中から這い出てきている。


「内からは小さな魔物の群れ。外からは巨大な魔獣で挟撃。よく考えてるよ」


俺は雷撃の魔術を組み立て、宙へと放つ。それは三色の信号弾だ。

この近くにいるエリスへと危険を知らせるためのもの。

これは、教団の攻撃だ。奴らは都市を破壊するため、Sランク相当のモンスターを解き放った。

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