気まぐれとデート
「…………帝国派閥って」
トレンティ君が息を呑むような悲鳴を上げる。彼の視線は、きれいなローブを黒焦げにした青年貴族に向いている。
どうやらトレンティ君たちは、彼らの所属を知らなかったらしい。
思いもよらない大派閥の盟主が現れたことで、自分たちの置かれた状況としでかしたことに聡明な彼は気づいた。
俺は青ざめる彼を横目に薄い笑みを浮かべた。
「どうしたの、君?今日は晴れてるけど、雷にでも打たれたの?」
俺は見上げるように青年貴族を見上げる。
その碧眼と目が合ったが、彼はきょとんとしていた。
周囲が静まり返る。
聞き耳を立てていた者たちも俺の正気を疑うように眼を見開いている。
そんな張り詰めた空気により、青年貴族は誰が、何を言ったのか理解した。
瞬く間にその顔は抑えきれない憤怒で真っ赤に染まった。
「…………き、き、きき、きき、、」
壊れたカーラジオみたいだと俺は思った。
正面のミミとジェームスが小声で何かを言っているが、小さすぎて聞こえない。トレンティ君は虚空を見つめていた。
そんな三人を見ていると、いたずら心が湧いてきた。
「きのこ?」
「貴様……っ!殺してやる!」
俺を睨みつける青年貴族。彼のローブが蠢いた。風にたなびくような動きだが、室内は無風だ。そのローブは、彼の内から放たれる魔力によって動いている。あまりに濃い魔力は、独りでに物理現象を引き起こす。
流石の魔力量だ。重ねた血筋は無駄ではなかったらしい。もっとも、怒りで魔力の制御を失う程度の腕でしかないが。
あからさまな闘争の気配に周囲は一斉に動いた。逃走を図る者。刃を抜き、構えるもの。魔術を構築する者。
薄氷の上に成り立っていた平和は消え去り、戦場へと変じる。
刃が擦れる音と幾重もの魔力の重なりを感じ取り、俺は笑った。
「やめなさい!戦いに来たわけではない!」
マインが叫ぶ。凛とした声は、青年貴族に言っているわけではなく、周囲で殺気立つ他の生徒たちに言っているようだった。
「なら、座ったら?取り囲んでないでさ」
俺は対面の席を指し示す。座っていたミミやジェームスは、トレンティ君を担いで慌てて席を立った。周囲の視線もあり、乱闘になりたくないマインは静かに俺の正面へと座った。
俺の周囲を取り囲む帝国派閥は相変わらず殺意を向けてきているが、その統率まで仮の盟主に求めるのは酷だろう。
彼女は俺に主導権を握られないように、小さく息を吐いて冷静さを取り戻す。そして重々しく口を開いた。
「用件は分かっているな?彼らは貴殿らに不意を突かれた、と言っている」
マインの言葉を聞いたミミが声を上げた。
「違います!ウチらが襲われて――」
叫ぶように被害者であることを口にするが、その言葉は最後まで続かない。
マインの背後から覗く殺意の篭った眼差しに気づいたからだ。
「獣風情が!!誰に意見している!!」
自身を死の淵まで追い詰めた青年貴族の恫喝に、ミミは肩を竦めた。
「お前、いい加減にしろよ!」
怯えたミミを見たジェームスが彼女の前に立ちふさがり、青年貴族を睨みつける。
よく見れば、その身体は震えている。青年貴族はジェームスよりも強い。だが恐怖に屈することなく、毅然と立ち向かう。
「やめなさい、ディダクト!私が話します」
あの青年貴族の名前はディダクトというのか。
マインに叱咤されたディダクトはしぶしぶ矛を収めて一歩下がった。それでも不服そうな顔は変わらない。
「それで、用件は?」
俺は素知らぬ顔で問う。
「貴様が奪った彼らのブローチを取り返しに来た」
俺が奪ったブローチは、帝国派閥のもの。取り返しに来るのは当然だが、わざわざ盟主が出張るほどだろうか。たかが三点分だ。
「盟主の君が、わざわざ交渉に来るなんて思わなかったよ」
「……貴様は特級クラスだからな。暴れられたら厄介だ」
嘘だ。人の機微に敏感ではない俺でも分かる。
帝国派閥は大派閥だ。俺と同じ特級クラスの生徒も所属している。
後ろ盾のない普通の特級クラスの生徒ということになっている俺を脅すぐらいなら、彼らに命じればいい。
だが彼女はそうしなかった。責任感が強いのか、あるいは命令できないのか。
俺はさらに探りを入れる。
「そこにいるミミは奇襲で殺されかけて、ジェームスもブローチを渡した後に攻撃された。とても褒められた行為ではないと思うけど?」
「…………それは―――ルールには違反していない」
それは、ダメだろう。俺は彼女の悪手に心中で眉を顰める。
確かにルールには違反していないが、むやみに敵を作る青年貴族のやり方は派閥としても許してはならないものだ。下手をすれば、試験後まで遺恨を残す。
ここで彼女がするべきことは、青年貴族の非を認めたうえで俺からブローチを取り戻す交渉をすることだ。
「―――あのね、」
「話を逸らすな。ブローチを返すのか、返さないのか!!」
俺の言葉を遮り、マインは叫ぶ。再び剣呑とした雰囲気が漂う。
俺を見る彼女の瞳と視線が交わる。湖面のような碧眼の奥には、武力行使すら厭わない頑なな意思が見える。
それはどこか、追い詰められた獣を思わせる。
「分かった。返すよ」
俺はブローチを取り出して、マインの前に置く。
俺はジェームス達を連れて、食堂から離れる。すれ違いざま、青年貴族と目が合う。
彼の表情は、逃げ出す俺を嘲笑い、愉悦に浸っていた。
「…………必ず殺してやるからな、ガキ」
小さな声で呟かれた声を拾う。
俺は無視して、食堂の扉を潜った。
□□□
「ぷはあぁあっ!こ、怖かったぁ~~~」
ミミが息を吐いて、安堵する。
「何で挑発するんだよ!」
トレンティ君を背負ったジェームスが叫ぶ。
俺は小さく笑みを浮かべたままごめんね、と心にもないことを言う。
「せっかくとったブローチ、奪われたね」
「仕方ねえよ。帝国派閥だ。相手が悪いぜ」
ムカつくがな、とジェームスは唾を吐いて言い捨てる。
事実、彼の言う通りだ。豊富な人材を抱える帝国派閥に個人で喧嘩を売ることは愚かだ。勝ち目など無い。
「だけど、このままじゃ嫌でしょ?」
「な、何する気ですか?」
満面の笑みを浮かべる俺に、ミミが怯え混じりに尋ねる。
「奪い返す手があるんだ。帝国派閥に喧嘩を売らずにね」
□□□
ジェームス、ミミ、トレンティ君と同盟を組んだ俺は、学院を離れて屋敷に戻る。これ以上学院に居ても得る物はない。
学院はまだ平和だ。大きな争いも無く、学者たちは研究棟に籠り、魔法生物が呑気に空をとんでいる。だが普段には無い静寂が、校舎を包んでいる。
今の状況は砂上の楼閣だ。ジェームス達が襲われたように、小さな火種はあちこちで弾けている。やがて爆弾の導火線に燃え移り、火薬庫の鼠たちが暴れ回る日が来るだろう。それをみんな確信している。
だからこその静寂だ。誰も一匹目の鼠にはなりたくない。息をひそめてじっと、誰かが爆弾を爆発させる時を待っている。
「なら俺がしてあげよう。祭りは派手に行かないとね」
屋敷に帰った俺は、エリスとの連絡用の使い魔に意識を移す。
「こんにちは、エリス」
「こんにちは、ゼノン様」
恭しく頭を下げる美女の顔を見上げる。
下から見上げても美人なのは、すごいな、とこっそり思う。
そんな俺の失礼な考えに気づいたわけではないだろうが、エリスはふわり、と柔らかく唇をほころばせて、俺を抱き上げた。
「ふわふわですね」
梟の羽を撫でながらそう言った。寝物語を囁くような声音は色っぽい。
俺は少しの照れを隠しながら、目覚めの挨拶を交わす少年のように言葉を紡ぐ。
「帝国派閥と接触できたよ」
「予定通り、ですね」
そう、俺は狙って帝国派閥と揉め事を起こした。
そのために、使い魔を学院中に放って争いを起こしそうなやつを監視していた。
それに引っかかったのが、青年貴族だ。
彼が帝国派閥だとは知らなかったが、初日から暴れ出すのは船頭を失った帝国の貴族だと予想していたのだ。
「ディダクト、って人知ってる?」
「はい。帝国の侯爵家の長男ですね。かなり貴族らしい性格の方だとか」
小さな笑みを漏らしながらエリスはそう言った。
彼女の言う貴族らしい、というのは高潔で責任感が強いという意味ではなく、傲慢で鼻持ちならないということだ。
エリスが貴族というものをどういう目で見ているのかよくわかって、俺は笑う。馬鹿にしているのではなく、微笑ましいのだ。
淑女であろうとする彼女がこういう腹黒いところを見せてくれるのは珍しい。
派閥の調整でストレスが溜まっているのだろうか。
試験が終わったら労わないといけないな、と思いながら俺はマインのことを話す。
「どうやらマインは派閥の管理が出来ていないようだね」
ディダクトがジェームス達を襲ったのは時期尚早であり、やり方も論外だ。あれでは帝国派閥の敵を作ることになる。
だがそれをマインは咎めなかった。否、咎められなかった。
それをすればディダクトが裏切りかねないと思ったからだ。
「マインさんは公爵家、ディダクトさんは侯爵家ですから本来はマインさんの立場が上です。ですが彼女はあくまでミネルヴァ皇女の代理であり、ミネルヴァ皇女を守り切れなかった騎士です」
大きな失態を犯したマインの求心力は低いとみるべきだ。
「エリスの言っていた通りに動いてみるよ。今夜ぐらいに尋ねてみるよ」
「まあ。私といるというのに他の女に夜這いすると?」
「夜這いじゃなくて訪問ね!」
くすり、とエリスが笑う。おしとやかに口元を隠しているが、その下にはいたずらな猫のような感情が潜んでいる。
「私の寂しい夜を埋めてくれるのなら、許しますよ?」
「…………君のファンに殺されるからやめとくよ。派閥の運営、頑張ってね」
「はい。ゼノン様も」
俺は使い魔とのリンクを切った。
今はまだ昼過ぎだ。密談に出かけるにはまだ明るい。
何かをしようと思い、自室を出る。屋敷内には、1番目のホムンクルスであり、使用人のアニータが選んだ絵画や刀剣などが飾られている。どれも歴史を感じさせる一品だ。
俺には芸術品の良しあしなどは分からないが、屋敷に来たエリスが感心していたからかなりの品なのだろう。
あの天然無表情メイドが成長したかと思うと、少し泣きそうだ。
そんな俺の気持ちが通じたのか、前からアニータが歩いてきている。その手には洗濯物を持っていた。
「やあ、元気?」
「……元気ですよ。お帰りなさいませ、ゼノン様」
「ただいま。ご飯に行こう。俺、おなかすいてきた」
思い付きでアニータを誘う。すると、真横に引き結ばれた小さな唇が、ぴくりと揺れた。
「構いませんが……。少し待ってください」
仕方ない、と言いたげにため息を漏らしたアニータはすたすたと通路の先へと消えていった。一見、不機嫌そうだがそう言うわけではない。彼女は普段から物静かで感情を表に出さないのだ。
きっと、嫌がってはいないはず。たぶん、だけど。
忙しいのに誘ってくんなよ、とか思われてないよね?
「お待たせしました。行きましょう」
待つこと10分ほど。アニータが帰ってきた。俺はその姿を見て驚く。彼女は使用人の服を脱いでいたのだ。
白いブラウスに瞳と同じ空色のロングスカート。清楚な彼女の雰囲気に合った服装だが、耳元で煌めく金のリングイヤリングが大人っぽいアクセントを加えている。
「私服じゃん」
「はい。私服です」
「…………ねえ、やっぱり一人で行った方がいい?」
断れない彼女の立場を利用して、忙しいのに無理に頼んでしまったのではないか、と思いそう尋ねる。
そう言うと、ぱちくり、と瞳を瞬かせる。澄んだ川の流れのような薄い清流色の瞳が、しっとりと濡れて呆れの色を宿す。
「何を思ってその結論に行き着いたのかは知りませんが………。誘っておいて突き放すなんて私以外にすれば、嫌われると人づきあいの乏しい私にも分かりますよ」
ド正論を叩きつけたアニータは、背を向けて歩き出した。
普段とは違い、高い位置で結わえられた金髪が誘うように揺れる。
意外にも大胆に開いた背中から陽光を知らない白い地肌が覗いていて、どきり、と胸が跳ねるのを感じた。
言葉を掛けるタイミングを逃した俺は、黙って彼女の後に続いた。
◇◇◇
「ね、ねえ、あれ見て!」
そんな二人の姿を通路の角から見る少女がいた。
150センチほどの小さな背丈。ピコン、と頭のてっぺんから飛び出したアホ毛が、興奮を示すようにふりふりと揺れる。
ぴょん、ぴょん、と小さく飛び跳ねる度に白と黒の使用人服がきわどい所まで翻って、真っ白で細い太ももが晒されるが、気にした様子は無い。
そんな彼女に呼ばれて、通路の先から背の高い美女が現れる。服装は少女と同じ白と黒の使用人服。その手にはモップを持ち、掃除の最中だと分かる。
彼女の色の濃い凛々しい緑眼が、じっと少女を見下ろす。瞳と同色の長い緑の髪をかきあげる姿からは、艶やかな美を感じさせる。
高い背丈と大人びた美貌、外に出れば異性の目を惹きつけるメリハリの効いた肢体と合わさり、女帝のような威圧感が漂う。
「な、何?どうしたの?」
だが口を開いたと途端、その圧は消え去った。
厚い妖艶な唇が開いて零れた言葉は、不安げに揺れている。
「サリちゃん。あれ、アニータさんとゼノン様だよ!どこか行くみたい。デートかな!?」
声を潜めながら騒ぐという高等技術を披露した少女は好奇心を隠そうともしない。
同性の目から見れば一目で分かる「気合の入った勝負服」を着た直属の上司とさらに上の主の逢瀬に、少女のテンションはMAXだ。
「分からないけど、いいなぁ」
子どもっぽく呟いた緑髪の美女は、少女の上から身体を乗り出して、2人の姿を見る。そうしている間に、ゼノンとアニータは屋敷を出て行った。
「行っちゃった!…………追いかける?」
くるり、と頭上を見上げて、いたずら気な声で少女は尋ねる。
決定を委ねられた美女はううう、と唸った後「いく」と小さく答えた。
「よし!まずは変装だぁ!!」
元気に叫ぶ好奇心旺盛な少女、ゼノンに作られた5番目のホムンクルスであるオリンは楽しそうにそう言った。
「怒られないかなぁ?大丈夫?」
11番目のホムンクルスであるサリマリは不安そうにもじもじと豊満な肢体を揺らす。
「んーー、大丈夫だよ!」(多分怒られるけど!)
そんな内心を微塵も出さずにオリンは笑う。
仕事を放棄して上司と主を追跡して怒られない訳なくない?とは、彼女の本音だ。
だがオリンは、こんな楽しそうなイベントを見逃す気は無い。だからわざわざ押しに弱いサリマリを巻き込んで、お説教の矛先を二分する気なのだ。
なんなら、サリマリを生贄にして自分は怒られないようにしよう、とまで考えている。
「分かった、行くよ」
ぐっ、と手を握りこんでサリマリは覚悟を決める。
「そう言ってくれると思ってた!」
(流石サリちゃん、ちょろい!)
したたかで小悪党な少女、オリンは無邪気な笑みを浮かべ、弱気な美女サリマリは不安げに笑った。
◇◇◇
ゆるり、と涼し気な風が肌を撫でる。太陽の陽気な日差しと合わさって心地のいい春の日だ。
前を歩くアニータの足取りも心なしか軽やかだ。俺は微笑ましく思いながら、ぽつりと尋ねる。
「どこ行くの?」
ぴたりと歩く足が止まる。上品な革のブーツが石畳をこすり、くるりと回る。
「決めていないのですか?」
呆れました、とその無表情が物語る。
どうやらアニータは、俺が女性をエスコートできると思っているようだ。
にこにこ、と笑みを浮かべる俺を見て、アニータもその事実に思い至ったらしい。
長い金のまつげが伏せられて、はあ、と小さく息を吐いた。
「二番通りにいい感じの喫茶店があるよ」
俺は唯一知っている店を口にする。
アニータはしらっとしたジト目を向けてきた。
「以前、首飾り様といかれた場所でしょう?」
首飾り、というのはアリスティア家の中で使われているエリスの名だ。
外ということに配慮して、その名前を使ったのだろう。
「ダメなの?」
俺は意外なアニータの反応に首をひねる。
「本当にデリカシーがない人です。首飾り様も嫌がりますよ」
「え?何で?」
「…………はぁ。とりあえず歩きましょう」
アニータは俺の返事を待たずに進む。俺は早足で彼女の横に並んだ。
そのまま何も話さずに進んでいく。
都市の中央部に向かっていく。この学術都市は、中央部に学院を有し、その近くに行くほど栄えている。
段々と人通りも増えてきて、店の数も増えていく。
店引きの獣人、荒い声で武器の値段交渉をする冒険者たち、露店で小物を売る人間や妖精人たち。
大陸中から様々な人間が集まるこの都市は、主義主張に寛容だ。いろんな人種が笑顔で共存できる都市なんて、ここぐらいではないだろうか。
物珍し気に俺は周囲を見渡す。基本的に市場にはほとんど来ない。大体屋敷に籠って研究をするか、学院に行くぐらいだ。
ふらふらと歩いていると、ドン、と人とぶつかった。大柄な
「ふらふらしないでください。子どもみたいですよ」
細いアニータの指がローブの裾に結びつく。小さく握られた指で皺が広がり、背の低いアニータに引かれる感覚を覚える。
「はーい」
アニータに連れられて俺は彼女の後を進む。まるで子供と大人だ。一応、俺の方が10歳以上年上なのに。
アニータは迷いなく進んでいく。
「よく来るの?」
「はい。買い出しもここでしています」
「へえ」
今更ながら、俺はアニータたちがこの都市でどんな生活をしているのかまるで知らない。
俺が研究室に籠っているとき、彼女たちは何をしているのだろうか。
気になったが、俺が尋ねる前にアニータは屋台の前で立ち止まった。
屋台の看板には、丸い文字で「揚げ物」と書いてある。
「コロッケを二つお願いします」
「はーい!アニータちゃん、と彼氏!?」
店員はアニータの顔見知りなのか親しそうにアニータの名を呼んだ後、後ろにいた俺と繋がれた指とローブをみて、驚愕の声を漏らした。
「え!?結構な美形じゃん!しかも魔術師!やるね!」
グッ、と若い少女が指を立てた瞬間、アニータは手を離した。
ふわり、とローブの裾が重力に引かれて元に戻る。
「…………違います。私が仕えている家の方です」
「うわ、玉の輿?」
「違います」
毅然と否定するが、後ろから覗く彼女の耳は赤く染まっていた。
「初めまして。ゼノン・ライアーです。いつもアニータがお世話になってます」
「初めまして!いつもアニータちゃんを世話してる店主のリリーよ!よろしくね!」
「お世話されていません」
随分陽気な子のようだ。俺は苦笑しながら紙で包装されたコロッケを受け取る。
揚げたてのようでホカホカの湯気が立ち昇っている。
「ありがとう」
「またのお越しを!!」
ぶんぶんと心配になるほど腕を振るリリーにアニータは小さく手を振り返して、屋台から離れると再びローブの裾を小さな手で握る。
「はぐれますから」
「うん。………アニータにも友達がいたんだね」
2人で並んで歩きながら、俺はそう言った。
嬉しそうな俺の声に、アニータは戸惑うように目を伏せた。
「友達、というわけでは……」
自身が無さそうにアニータは呟いた。
好意は持っているが、踏み込めない。そんな風に見える。
「向こうは仲良くしたいみたいだし、今度遊びに誘ってみたら?」
「…………そうしてみます」
恥ずかしそうにアニータはぽつりと答えた。
俺は微笑ましくて笑みをこぼす。何というか、我が子の成長を見ているようだ、と前世も含めて子どもなんて出来たことも無いのに、俺はそんなことを思った。
パクリ、とコロッケを食べる。さくりと衣が避けて、中から熱い油が染み出す。大きめの芋が転がっていて、食べ応え抜群だ。
美味しそうに食べる俺をアニータが微笑を浮かべて見ている。
「こちらに―――」
アニータが何かを言おうとした時、えっ、という声が後ろから聞こえてきた。
「うん?」
後ろを振り向く。そこには驚愕の表情を張り付けた二人の美少女がいた。
1人は華奢な美少女だ。細い身体は女性らしい柔らかさを残しながらも、森の奥で洗練された若木のようなしなやかさと力強さを感じさせる。
その顔は妖精人の血が色濃く出ており、現実離れして整っているが、今は間抜けに小さな口を開いて呆けている。
「ア、アンタ何してんのよーー!!」
ピン、と細長い耳を揺らして、艶やかな黒髪をなびかせる半妖精人の姫、ティーリアは叫んだ。
俺はもう一口コロッケを口に含んで、めんどくさ、という言葉と一緒に飲み込んだ。
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