協力
真っ白い祭壇が、寝所から這い出てきた俺を迎える。汗をかいた体に、埃や砂が纏わりつき、とても不快だ。
「アンタ、生きてたのね……」
心底驚いたと言いたげに、ティーリアが俺を見下ろす。まるで畑の縁から顔を覗かせたモグラを見てるみたいだ。
手を差し出すとかしないんですか?汚そうなものを見るみたいな目はやめてください。
「いやあ、危なかったねえ」
俺は安堵の笑みを浮かべ、ティーリアに話しかける。先ほどの邂逅は、人としての終わりを感じさせた。今までで最大の危機だ。師匠と模擬戦をした時に下半身を消し飛ばされた時も、勇者と戦った時も、ここまで死を身近に感じることは無かった。
「ビビってんのね。可愛い」
ティーリアはくすりと嘲笑するように笑う。柳葉のように揺れる前髪が瞳に影を落とし、言い知れぬ不安と色香を漂わせる。苛めっ子特有の格付だっ!許せん……!
だがよく見るとその手先は震えており、蒼白になっている。彼女もまた、怯えている。だがそれを、臆病だということは出来ない。何せ、神と邂逅したのだ。
しかも、寝所に踏み入る形で。寛容な神でなければ蒸発させられていただろう。そこに、魔術師としての技量や種族は関係ない。
定規では、ミクロの世界を測れないように、神の視点では俺たちの違いなど分からないだろう。
瞬きをするように、俺たちの存在が消えてもおかしくなかった。
「いやあ、あんなのがいるとは思わなかったよねぇ」
あらあらとガーベラみたいな口調になり、おっとりと笑う。笑うしかない。
先ほどの出来事は俺にとっても衝撃的だ。
俺も被害者だ。
うざいコメディアンみたいに自分の無罪を主張していると、ティーリアはふるふると細い肩を震わし、爆発した。
「死ねっ!アンタ錬金術師でしょ!何で気づかずに神の墓暴いてんのよぉっ!」
うるりと雨粒を乗せた蓮の葉のように、きれいな翠眼が潤む。
それを誤魔化すように乱雑に瞳を拭い、ぶんぶんと頭を振るった。
意外と打たれ弱いのね、君。だけど、一つ言っておかないといけないことがある。
「神の寝床ね」
墓所は死人が眠る場所だ。神は生きていたのだから、寝所と呼ぶのが正確だ。
「どうでもいいわよ!馬鹿!無能!ペテン白髪!」
「白髪は別にいいでしょ!?」
シャー、と今にも毒を吐き出すモンスターに化けそうなほど怒り狂う彼女を宥めるように、どうどうと手で抑え込む。
「実際、神の気配なんて全然感じなかったんだよ。気づいた時には踏み入ってたって言うかさ。どうしてだろう?」
表では確かに神の気配は感じていたが、それは残り香と言ってもいいほどのものだ。そしてそれは神の加護を持つアンデットの残したものだと思っていたし、まさか地下に神そのものがいるとは思わなかった。
だがそれでは説明がつかない。俺が神の存在に気づかなかった、は別にいい。神が気配を隠そうとすれば、俺なんかの探知には気づかれないだろう。
分からないのはアンデットだ。この場所が神の寝所だとするならば、あのアンデット寝所を守護する番人だ。ただの霊廟の管理人などではない。
ならあれは、弱すぎる。出涸らしと言ってもいい程度の神の加護しか持っていない。
最後に見えたあれといい、この場所には何かある。ただの神の寝所だと言うだけではない。誰かが何かの目的を持って、あの地を偽造し、隠ぺいしたのだ。
もう一度、戻る必要があるが、それはそれとして――
ズドン、と派手な爆発音が聞こえた。外からだ。
分厚い石壁越しにも聞こえるのだ。かなりの大音量だろう。そういえば、いるはずの人がいない。
「ガーベラは?」
「外で退路を探しているわ」
「へぇ。君は俺を待っていてくれたの?」
てっきり、置いて行かれていると思ってた。意外と優しいなぁと思っていると、ティーリアはふんっと鼻を鳴らし、カツリと地面を踏みにじった。
「あれのせいで、周囲が荒れてるのよ」
その視線は地面に向かう。地下の存在が目覚めたことで、周囲の死霊たちが怯えたのだろうか。あるいは喜んだのか。良くも悪くも、この祭壇は注目されている。帰り道は遥かに多い敵に襲われるだろう。
つまり彼女は、俺と協力してこの場から脱出したいのだ。
殺そうとした俺と協力したいのだ。
「……………」
「………な、何よ」
じとっとした目で見つめ続ける。破裂寸前の水風船ぐらい含みを持たせて。
言いたいことはいっぱいある。罠に嵌めて殺されそうになったとか、図書室で因縁つけて来たとか。
「………ア、アンタも一人で脱出するのはきついでしょ!死者の列に加わりたいの!?」
「……………」
キッと目尻を吊り上げ、正論を説く。だけど俺が胡坐をかいたまま動かないと知ると、うっ、と身を引き、目まぐるしく目を回し始めた。
「分かったわよ!謝るわよ!す・い・ま・せ・ん・で・し・た!」
「……………」
今にも地団太を踏みそうに、こぶしを握り締めながら、顔を真っ赤に染め謝罪をした。
それでも何も俺が言い返さないと、彼女は口をパクパクさせながら黙った。
わぁ、かわい。……じゃない、これ以上虐めるのはかわいそうだ。
「そうだね、協力して脱出しようか」
そう言うと、彼女はほっと息を吐いた。だがすぐにキッとこちらを睨みつけた。
「大体アンタも一人で脱出するのはきついんでしょ!何優位に立ってんのよ、ペテン師!」
この子、多分馬鹿だ。
だけど、助かったと思ったのは本当。
彷徨戦霊との戦いからガーベラ・ティーリアと戦い、地下での神との邂逅。俺の膨大な魔力も大きく減り、精神力も限界だ。
帰るだけなら何とかなるかもしれないが、戦霊のような『イレギュラー』と遭遇すれば危うい。できれば、魔力を節約するためにも彼女たちと同行したいとは思っていた。
「じゃあ、行こうか!」
気だるい身体を励ますように、殊更に大きく主張する。
「うっさいわよ」
お姫様には不服だった。秋風が窓を叩くように冷え切っている。
だけど俺は心の広い男。これから前衛(肉壁)になる彼女の機嫌を損ねるようなことはしない。
「ふえぇぇ~。怒らないでぇ~」
「死ね」
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