神秘邂逅

「じゃあ、俺は中を調べるから」

ついてこないでね、と言外に伝え、足を進める。

墓地の地面は相変わらずぬかるんでいて不快だ。それに加え、ガーベラたちが俺の到着前に一通りのアンデットを掃除したのか、肉片だの骨の塊だのが転がっている。

地上で見れば、地獄絵図のようだと感じただろうが、この場所なら普通だ。

誰だって、美術館にゴミが捨てられてたら眉を顰めるだろうが、路地裏に生ごみがあっても何も思わないだろう。

場所には場所に見合ったものがある。この地は死体が良く似合う。


霊廟に入り、石造りの重たい扉を締め切る。僅かにあった夜灯が途切れ、ウソのように暗くなる。俺は右耳のピアスにそっと触れた。嵌められた小さな石は透明で不純物は無く、澄み切った美しさを宿している。

「〈梟の瞳オウルアイ〉」

魔具に込められていた魔術を使い、暗視能力を身に付ける。込める魔力量が最小限で済むので、魔具の材料となったダイヤモンド水晶内の術式を傷つけることも無く、半永久的に使えるようにした、俺の自慢の魔具だ。


構造物から色が浮かび上がるように、周囲の景色が鮮明になる。

俺は床に触れる。手のひらには薄く砂ぼこりのようなものが付着した。

手を叩くが、粉が細かすぎて上手く取れない。まるで、こうなったのは俺のせいだと責め立てる霊廟の怒号のように、静かに纏わりつく。


俺とガーベラが討伐した神の加護を持つアンデットは霊廟を管理していた。管理者を失った霊廟は不自然なほど早く、朽ちている。地面に降り積もった砂ぼこりは、天井から零れ落ちたものだろう。

恐らくあと数日で、この建物は崩れ落ちる。時の流れに逆行した罰は、神の化身であっても受けるということだ。


だが、それは今、問題ではない。俺が気になったのは別の点だ。

昨日、ここに来た時から気になっていた。この場所は少し構造がおかしい。

中央にある石棺は空になっている。魔具やら宝石やらが入っていたが、昨日ガーベラが回収している。

俺は石棺に手を突き、ゆっくりと魔力を流す。少しずつ自己の領域を広げ、この霊廟を支配していく。


「……何やってるの?」

「多分、自身の魔力を浸透させてぇ、『霊廟』の中に自己の領域を構築しているんだと思いますぅ」

「へぇ。だから少し神聖さが薄れてるのね」

場には、属性がある。神をたたえる霊廟であるこの場所は、その神の気配が濃い。神の属性を利用する術はあるにはあるのだが、後からしっぺ返しが来れば怖いし、得体の知れない神の力には触れないが吉だ。

だからこうして、自分の魔力を広げ、少しずつ自己領域を増やし、魔術の浸透を試みている。


てか、うるさいよ。繊細な操作がいるんだから……。

いつの間にか背後まで来ていた二人を無視して魔力を広げていると、ある一定地点で魔力が弾かれた。

「見つけた」

「何を見つけたの?」

当然と言う顔で俺の独り言を問い詰めてくるティーリア。……何で帰らないんだよ。

「この霊廟、少し傾いてるのに気づいてる?」

「…………そうね」

「絶対わかってないですねぇ……」

ぼそりと呟いたガーベラの尻にティーリアの蹴りが炸裂した。


「そ、それがどうしたのぉ?」

豊満なおしりを撫でながら、ガーベラが問う。

「多分、この下に……」

地面に張り付き、ぺたぺたと地面を撫でる。

ぺたぺた、ぺたぺた。

「……ねえ」

「……何?」

「……もしかして」

「〈空槌〉」

固められた空気の塊が、石棺もろとも地面を砕く。

その下から現れたのは、地下への道だ。

「よぅし!行こうか!」

「意味のない時間だったわ」

「ですねぇ」


□□□


地下への道を下っていく。そこは表の霊廟よりもさらに古い造りだ。壁面は完全な石材。そこに模様が描かれ、複雑なレリーフとなっている。

炎と祈りをささげる人々。そこより何かを持ち出す人間と血を吐く巨大な何か。

神をたたえるような霊廟とは違う。まるでこれが真実だと言わんばかりに残虐で悲鳴が聞こえそうな壁画だった。


「〈灯よ〉」

光を浮かべ、壁を見る。かなり興味深い。特に地上との差異が。

どちらも神をたたえるものだが、その性質は真逆と言っていい。安寧と救済を歌う地上の壁画に、贄と血と争乱を表す地下の壁画。

それが意味するものはただ一つ。歴史だ。


「薄気味悪い所ね。肌がカビそうよ」

「かなり死の呪いが濃いわねぇ~。耐性が無い魔術師なら死んじゃうわぁ」

「………まだついて来るの?」

まるで仲間面して俺の後ろをついて来る少女二人に、俺は精一杯の嫌そうな声を向ける。

「はぁ?ここまで来て引き返すわけないじゃない」

ティーリアは、訳が分からないと言いたげな返事を返す。

その声音に、申し訳なさげな色は無く、たださっさと案内しろと言いたげな面倒くささが宿っていた。……これだから上流階級は!


「ごめんねぇ?」

「……もういいよ」

小さく息を吐き、足を進める。一歩、降りるごとに地上の明かりは遠ざかり、深い泥に足を突っ込むような重苦しさが纏わりつく。

だが、断じて不快ではない。むしろ、何かに包み込まれるような、そんな一種の輝きすらあった。それが不気味でこの先は人知の通じない場所だと、俺達三人は何となしに予感していた。


扉の無い入り口を潜る。一気に空間が広がり、青い光に包まれた祭壇が目に付いた。地上の祭壇と瓜二つの形状だが、地上とは違い、荒れ果て長年の劣化のせいか、ひび割れが目立つ。

祭壇を照らすのは、壁に埋め込まれた青い炎を宿すトーチだ。ゆらゆらと輝く炎は、驚くことに魔力の気配を感じない。俺の魔術師としての五感が魔具や魔術の類ではなく、ただの自然現象だと告げている。


「ねぇ、これって」

「ああ、そうだね」

俺達が戦った神の加護を宿したアンデットの炎だ。

なら、この場所は、神の祭壇だ。恐らく地上の祭壇は、この地下の祭壇のコピー。本物の神の居所を覆い隠すための偽造品だ。いや、祭壇と言う言葉も適当ではない。

祭壇とは神に供物をささげる人間の場所だ。なら、偽物も本物も無い。

地上の祭壇はコピーではなく、偽造品だ。壁画を書き換えることで、人為性を主張し、建造物で祭壇の印象を付けた。そうすることで、同じ形のモノを祭壇だとしたのだ。


ならこの場所は、祭壇ではなく寝所だ。

気付けば俺は、跪いていた。脚を折り、首を垂れ、その身を小さく折り曲げていた。俺はそれに、視界に映る石畳を見て気づいた。きっとそれは、俺の身体に刻まれていた本能だった。アリスティアのホムンクルスに宿る先代たちの血の記憶だ。

俺達は今、入ってはならない場所に入った。


ティーリアとガーベラもまた、俺と同じような姿勢を取っていると、背後の身じろぎの気配で分かった。彼女たちも優秀な魔術師だ。

俺が跪いたことで、この場所のことを何となしに理解したのだろう。俺は心中でそっと息を吐いた気分だった。例え俺が遅らせながらの礼をとっても、彼女たちが非礼を働けば、俺も巻き添えになる。


跪いたまま、時間だけが過ぎる。俺たちは許される時を待っている。そもそも、相手方が許すだの許さないだのの概念を持っているのかも、こちらが何を持って許されたと判断するのかも分からない。それでも、何かが変わる時を待っていた。


(あ、指輪が)

右手の人差し指に嵌めていた防御の指輪が消えていた。

(これは、そういうことか?)

俺は静かに立ち上がる。だが、突然死ぬことも無ければ、何かに見られるような不思議な感覚もない。許されたということか。指輪はきっと、供物として持って行かれたのだろう。

かなり貴重な魔具だったのだが、魔具一つだけで済んでよかった。身体を持って行かれなかっただけ、幸運だ。


ティーリアたちも、ゆっくりと立ち上がる。俺たちはゆっくりと階段へと戻り、ティーリアとガーベラは、早足で階段を駆け上がった。

逃げ出したい気分の俺も、彼女たちに続こうと階段の一歩目に足を掛ける。

祭壇、いや寝所に背を向けたとき、俺は裾を引っ張られるような微かな力の加わりを感じた。


何となしに、中央の寝台に視線を向ける。いや、何となしではないのかもしれない。この場にいる何かに視線を誘導されたのかもしれない。だけど、それは分からない。

道を歩いていて、雨が降った。それが冷えた空気がもたらした水滴か神の気まぐれかは分からないと同じように、人の知性で分かるようなことでは無いのだろう。


偶然か必然か。俺は確かにそれを見た。寝台の上、置かれた俺の指輪とその指輪の術式に反発するように歪んだ空気を。その黄砂で歪んだヴェールのような向こう側に、何か見たことのない物がある。違和感まみれのは、意識に張り付き、取れない。

俺はそっと視線を戻し、何も分からないと言いたげに、呪い満ちる地下へと戻っていった。

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