接近戦
地面を掛ける猟犬たちを、俺は空中から絨毯に乗り、追いかける。猟犬は時折鼻を鳴らし、甲高く鳴く。
彼らは魔界に住む悪魔を喰らう猟犬だ。時には悪魔を地の果てまで追いかけるほどの追跡能力を持つ。また、空間転移能力を持つだけあり、空間の捻じれたこの『大墓地』の中でも、迷うことなく進むことが出来る。
彼らに追わせているのは、昨日訪れた霊廟だ。一時間ほど走っているだろうか。
昨日の霊廟に大量の猟犬を連れて辿り着いた俺は、想定外の者を見つけた。
巨大な騎士鎧を身に纏ったアンデット、『死騎士』だ。
仁王立ちし、地面に巨大な刃を突き立てた姿は、明らかに霊廟への門を守護する番人であり、使役されていることが明らかだ。
「ガーベラの使い魔じゃん……」
彼女もここの調査に来たのだろう。占星術を得意とする彼女なら、この場所を占うことも出来るだろう。
俺はひらりと門前で降り、死騎士の前に立つ。俺の生気を捉えたそれは静かに剣を抜き、構えた。
完全にやる気だ。数メートルを超える体格と不死者特有の怪力が合わされば、俺一人なんて簡単にミンチにできる。
「〈銀の蔓〉」
踏み込もうとした『死騎士』を先んじて構築していた魔術で捕縛する。怪力と高い耐久力を持つ厄介なアンデットではあるが、『死騎士』は所詮、肉体能力に全振りしたBランクの魔物だ。厄介な戦霊と戦ってきた俺にとっては、鈍重な的だ。
動きを止められる魔術さえ持っていれば、脅威にはなりえない。
『ウオオオォォオッ』
「はい、はい。ちょっと通りますよ――ッと」
飛んできた閃光の刃を飛びのき、躱す。
「来たわね、クソ野郎」
「口が悪いよ、王女様」
霊廟の先から出てきたのはティーリア・エスティアナだった。嗜虐的な表情を浮かべながら短杖をこちらに向けている。
その様は、妖精人とは思えないほど暴力的で妖精のように可憐だ。
「ごめんねぇ、ここは私たちが使うのよぉ」
そして後から出てきたのはガーベラだ。彼女が指を振るうと、拘束されていた『死騎士』が拘束を振り払い、自由になる。
(閃光は蔓狙いだったか……)
端から俺に当てる気は無かったらしい。俺は今、背後に死騎士、前方にティーリアとガーベラに挟まれた形になる。
あまりよくない立ち位置だ。恐らくティーリアは意図してこの形を作った。
こういう戦術的な布陣は、頭でっかちの魔術師らしくない戦法だ。
ましてや温室育ちの王女様に罠に嵌められるとは思わなかった。
まあ、俺も温室育ちだけど。温室内で何度も枯れかけた珍しいタイプの葉っぱだ。
意外とこの王女様、お転婆なタイプかもしれない。今思えば、昔のエリスも妙に戦闘慣れしていた。騎士の国デネス王国では、王女であっても実践的に育てられるのかもしれない。
「言ったわよね?ガーベラに近づいたら殺すって。これは何?」
ティーリアは短杖に魔力を宿し、闘志を剝き出しにする。完全にやる気だ。
「君、俺が来ること知ってたでしょ」
「何のことか分からないけど今すぐ消えるなら許すわ」
彼女は傲岸にそう告げた。彼女の瞳に戦いへの懸念は無い。
「ここで戦うのはお互いのためにならないと思うよ?」
「ためにならないのは、負けて地を這うアンタだけでしょ?」
「勝つ気?」
「アンタみたいな胡散臭い魔術師には負けないわよ。……神の加護を持つアンデット、デネス王国で回収させてもらうわ」
それが本音か。大方、ガーベラからアンデットのことを聞き、それを回収し、王国で独占するつもりなのだろう。俺を待ち構えていたのは、俺がアンデットを盗んでいた時のためか。
「ごめんねぇ、ゼノン。もしアンデットを持ってるなら、出した方がいいわよぉ」
「持ってないね」
「なら死になさいッ!」
弾丸の如き速度で距離を詰めてきた彼女は、剣のように短剣を振るう。
「〈黒鉄の断崖〉」
杖の先に構築された光の刃が、地面から突き出た黒く硬質化した壁に阻まれ、火花を散らす。
「……チッ」
初撃を防がれたティーリアは、〈黒鉄の断崖〉を操作して生み出した槍を躱しながら後退する。
(速いな)
速く、そしてしなやかだ。踊りを舞うようにひらりと回転し、全ての攻撃をいなしている。時には光の盾を生み出し、黒土の槍を防ぎ、強化した身体能力で反撃までしてくる。
魔装術と魔術を併用して戦う魔法戦士という奴だ。
「気を取られすぎよぉ……!」
「知ってる」
俺の背後に立ち、剣を振りかぶる『死騎士』には呪いのプレゼントだ。
振り下ろされた剣を素手で受け止める。
――硬化魔術〈紫甲の腕〉
紫の結晶に覆われた俺の腕を、死騎士は貫けない。
そして小指の指輪に貯めた『呪い』を接触点を通し、流し込む。
『ギッ……』
死騎士の腕が落ちる。
「類感魔術……!?」
正解。似通ったものは互いに影響し合う。魔術の基礎だ。
俺の腕を『死騎士』の腕とリンクさせた。結果、強化された俺の腕は切れず、『死騎士』の腕は自身の斬撃を受け、断ち切れる。
「断ち切れ」
影から取り出した黒蒼の王冠杖を握り、刻まれた術式を行使する。
無尽蔵に空間を跳ねまわる刃が死騎士を刻み、沈黙させた。
これで厄介な前衛は消えた。後は、2人。
「〈射手の光矢〉!」
「〈フレアバード〉!」
光矢が複雑な軌道を描きながら飛んでくる。そして俺の死角を突くように炎の鳥が降下してくる。『死騎士』の対処に時間をかけ過ぎた。十分な時間をかけ、練られた魔術は、かなりの威力を宿している。
俺がそれに対し選んだ手は、前進。
魔装術で肉体を強化し、光矢に突っ込む。
「舞え!」
黒蒼の刃が俺の周囲を高速で旋回し、光矢も炎の鳥も切り刻む。
それはさながら、剣の結界だ。
俺はガーベラの横を通り過ぎながら、結晶を放る。それは内部に複雑な魔術式を刻印した使い捨ての魔具だ。
内部に注ぎ込まれた魔力に従い、術式が情報世界に転写され効力を発する。
〈水銀の停籠〉
勇者たちを封じた万化の結界の縮小版は、ガーベラを囲い隔離した。
「ティーリアっ!」
「はぁっ!」
「舐めるなッ!」
死霊の戦士を意識しながら突き出した槍杖を、ティーリアは短杖で容易く防ぐ。
やっぱり彼みたいにはいかないな。
ティーリアは光の刃を傾け、俺の体制を崩す。返す刃で振るわれた一閃を魔具の障壁で防ぎながら従刃で攻撃する。
「私は、負けられないのよッ!」
ティーリアは身体を切り裂かれながらも急所だけは守りながら、強引に接近し、杖を振るう。
俺が振るった槍杖と彼女の光刃が交差し、魔力が散る。
それを二度、三度繰り返す。どちらも卓越した魔術師同士。
合間に魔術を織り交ぜながら、魔装術で強化した剛腕で武器を振るう。
彼女が水の魔術を使えば炎の魔術で潰し、俺が錬金術で地面をいじれば、彼女の自然魔術で押さえつけられる。
(剣の腕は向こうが上。だが身体能力と魔術は勝ってる)
――このまま魔術で磨り潰す
俺は冷静に判断を下し、守りの武術に切り替える。ゼノヴィアとの特訓で身に付けた付け焼刃だが、魔装術と組み合わせれば鉄壁の防御と化す。
「ハアアッッ!!」
上段から振り下ろした光刃は、容易く槍の柄で受け止められる。
「どうした?焦りが透けて見えるよ」
「うっさいわね!死ね!」
焦りの理由は分かっている。
□□□
(——ッ!段々反応が早くなってる……!)
ティーリアが刃を振るうたび、ゼノンは間合いを調整し、魔装術による振り分けを変えている。腕力よりも脚力を上げ、動体視力を引き上げる。
そうすることで、最適な『防御の槍使い』となっていく。以前は両手で受け止めていた一撃も片手でいなし、先ほどまでは防いでいた斬撃をひらりと躱す。
普通の戦士ならスイッチを切り替えるように行える攻撃と防御の『振り分け』を、接近戦に不慣れた純魔術師であるゼノンは少しずつ時間をかけ最適解を試していた。
(脳が焼き切れそう……!)
武器を振るいながら、常に10近くの魔術を構築し、制御している。そうしなければゼノンの放つ魔術を防ぎきれない。
やがて綻びが見えた。
相殺し損ねたゼノンの第一階梯魔術〈火球〉がティーリアの近くに着弾し、炸裂した。
体勢を崩したティーリアの杖に槍がぶつかり、弾き飛ばす。
「これで終わり」
槍の穂先がティーリアの喉元に突きつけられる。決着は、あっけなく訪れた。
「~~ッ!?分かったわよ!降参するわ」
「よかったよ」
俺は槍を下ろす。流石にエリスの妹を殺すのは気が引けるからね。
背後で、ガーベラはほっと息を吐いたのを感じた。主が助かったことに安堵したのだろう。だが当のご主人様は、そうは思っていないらしい。
「…………私は殺す価値も無いってこと?」
ティーリアは華奢な肩を震わせながら、鋭い眼差しで俺を睨む。
「殺す意味がない」
「私程度なら殺さなくても危険はないってことでしょ!」
俺の言葉を拒絶するように大きく手を振り払う。それはまるで、癇癪を起こした子供のようだ。
「お姉さまには遠く及ばず、どこの出とも知れない馬の骨に負けるなんて……屈辱よ……!」
「知らん。帰りな」
話が長くなりそうだったからぶった切る。バイオレンスハーフエルフの悩みなんてどうでもいいのだ。それよりも霊廟だ。俺が昨日感じた違和感が確かなら――
「待ちなさい!」
「なに?」
「……名前は?」
「ゼノン・ライアー」
「偽名くさっ」
うるさっ。無駄に鋭い奴だ。
「解けろ、水銀の檻」
解除句を唱え、ガーベラを捉えていた魔術を解除する。
後は常識人のガーベラがうるさいエルフを連れて帰ってくれることを願おう。
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