再会

そっと屋敷の扉を開く。まるで門限を過ぎた子供みたいだと自嘲するが、その通り過ぎて笑えない。

「おかえりなさいませ、ゼノン様」

「んぎゃあっ!」

開いた先に薄い青の瞳があって、飛び上がって驚く。そこにいたのは一番初めに生まれたホムンクルスのアニータだ。メイド服に身を包み、いつもの無表情で立っている。

だが、わざわざ扉の前で待ち構えていたことから、何か思うところがあるのは明らかだ。一言目を間違えたら、死ぬ……。


「……遅くなったね」

「はい。お帰りが遅くなる際は、連絡をいただければ幸いです」

正解か?無表情だから分からない。

そんな風に身構えている間に11番目のホムンクルスのサリマリと5番目のホムンクルスのオリンが俺のローブと手荷物を受け取り、どっかに持って行った。

この屋敷には5人のメイドたちと護衛としてゼノヴィアが付けた『四翼』の一人がいる。

「黒牙は?」

「コクガ様はお客様のお相手をしています」

「……客?」



『四翼』の一人であり、今や幹部に次ぐ地位に立った彼は己のことを不遇だと評す。ライバルたち共に生意気な魔力を巻き散らかす龍人――今の主人であり、もしそんなことを言えば殺される――に戦いを挑めば一番最初に斬られ、溶岩と冷気をぶつけられた。


同僚たちも、一言で言えば外れだ。仲の悪い溶岩竜と氷凍竜はいつもいがみ合い、新入りの夢幻竜は協調性皆無。そのため、竜たちの訓練で手が離せない主人に変わり、自分が王の護衛役に選ばれたのだ。だが始まったのは同僚たちからのいびりだった。


『調子のんじゃないわよ!クソ獣がよ!』

『どうしてわたしよりも弱い貴方が選ばれるの?理由を教えて、コクガ?』

『……え~、行くの?……じゃあ、誰がロネの代わりに働くの?』

女性陣の理不尽な扱いに耐え、この都市に王と共にやってきて、住処の守りを任された。それなのに彼は今、その役目を果たせそうにない状況に陥っていた。


「……もう夜も遅いですし、日を――」

「不要です。ここで待ちます」

改めては、と言い切る前に冷徹な声音に否定される。黒牙は王の護衛のため、都市の情勢や重要人物をチェックしていたからこそ眼前の光景が信じられなかった。

暗い影に照らされるその姿はとても巷で『美の女神』と呼ばれている王女の姿とは思えなかった。


彼女が夕刻過ぎにこの館を訪ねた時は、黒牙も追い返すつもりで応対した。だが彼女の巧みな話術とあるネックレスを見せられ、館の応接間に通してしまった。

だが今、黒牙は気づいた。自分は騙されているのではないだろうか、と。彼女の言葉が真実である保証は無いし、ネックレスも複製できないモノとは限らない。とはいえ、今更追い返すことも始末することもできない。


もしもこの王女が味方では無ければ、黒牙は敵を王の住処に招き入れたことになる。そんなことを知られれば、優しい王は許してくれるだろうが失望されるかもしれない。そして主には確実に殺される。黒牙は胸に刻まれた傷跡がずきり、と痛んだ気がした。

黒牙は今、生活費のかかったギャンブルの結果を待つろくでなしのような気持ちで立っていた。



「お待たせ」

扉を開き、ゼノンが入って来る。それを黒牙は絶望と希望が入り混じった表情で見る。

「……エリスじゃないか。どうしてここに?」

その一言に黒牙は全てが救われた気分になった。頬に伝う冷や汗を静かに拭い、安堵の息を吐いた。

そして黒牙は静かにこちらを見る二つの碧眼に気づいた。いつの間にか立っていたエリスイスがゼノンには見えない角度で黒牙を見ている。


「――ッツ」

表情が全て消えた冷たい瞳の動きだけで扉を示す。

その意味は明確だ。――『出ろ』――

「失礼します!王よ!」

「え!?あ、うん、えぇ……?」

大きく頭を下げ、ゼノンの困惑の声を聞きながら部屋を出る。そしてゆっくりと息を吐いた。

「……人間怖いなぁ」

Sランクの魔物、獣地竜は今日、人間社会の怖さを知った。



黒牙が冷や汗を流しながら部屋を出ていく。まるで化け物から逃げるモブみたいだ。

彼は2メートル越えの長身の灰色がかった黒の短髪を持つ軍人みたいな見た目だが、意外と繊細で気遣いができる子だ。もしかしたら、俺には分からない気苦労があるのかもしれない。


「再びお会いできて光栄です、ゼノン様」

俺の意識は彼女の美しくも艶美な声に引き寄せられた。

エリスが黒いドレスの裾を持ちきれいなカーテンシーを披露する。

「あ、うん。久しぶり……!」

俺の挨拶は急に飛び込んできたエリスの柔らかな感触に止められた。

剣士としての脚力で距離を詰めたエリスは大きく手を広げ、抱き着いてきた。

昔よりも遥かに凶悪に実った双丘が俺の胸元で柔らかく潰れ、薄いドレスが身体の柔らかさと温かさをダイレクトに伝えてくる。


「あぁ……!お会いしたかったです、ゼノン様!」

艶やかな声音が耳元で聞こえ、脳髄を溶かす。身体から香る香水のフローラルな香りと彼女自身の甘い匂いが混じり合い、背筋に電流が走る。

や、やばい……!すんごい美女になってる!これ以上くっついてたら血迷いそうだ……!


「お、俺も会いたかったよ、エリス!だから座っては無そう、ね、ね!」

意志の力で彼女の肩を押し引きはがす。不満そうに首を傾げる彼女を誘導し、ソファに座らせた。

俺も彼女の対面のソファに座った、が……なぜかエリスが俺の側に座りなおした。


「最近の流行なんです」

「そ…………すごい、流行だね」

そんなのあるかって言いそうになったが、彼女の真剣な顔を見て止めた。とても嘘を言っているように見えない。きっと最近の若者の間では、横並びで座るのが流行っているのだろう。


それから俺たちはお互いの近況やこれまでの5年間を報告し合った。なぜか俺のことばかりを根掘り葉掘り聞かれたが小さなことだ。

「何でドレスなの?」

そして俺は何よりも気になっていることを聞いた。彼女は胸元と背中が大きく開いたセクシーなドレスを着ている。今日、パーティーでもあったのだろうか。


「愛しい人に会いに行くときは、一番美しい私を見せたいものでしょう?」

野暮なことを聞かないで、と言いたげにしなやかな手で頬を撫でてくる。その顔には薄く化粧がされており、艶美に微笑んでいる。

「ところでゼノン様、この都市でモルドレッド教団が暗躍していることにお気づきですか?」

さらさらと頬を撫でながら、彼女は艶やかな表情のまま、衝撃的な告白をした。


「知らない、ね。詳しく教えて」

むず痒い指を手でのけながらそう言うと、エリスは嬉しそうに微笑んだ。

「はい。この都市では数か月ほど前から商人や貴族が突如姿を消しています。とはいっても下級貴族や小規模の商会ぐらいでしたが、最近は伯爵家の子息まで姿を消しています」

「それがモルドレッド教団の仕業だと?」

「はい、間違いないかと。下手人にも心当たりがついています。お任せ下されば、すぐにでも始末できます」

有能すぎる。実を言うと、モルドレッド教団の存在にはベルの率いる『彼岸花』も気づいていたが、具体的な動きや所在は掴めていなかった。それに気付くばかりか対処までできるとは……。


「君の手勢だけでできる?」

「……確実を期すならもう少し戦力が必要です」

華奢な肩を震わせ、恥じるように告げた。

いや、大陸中に根を張る秘密組織を見つけて倒せるだけですごいから。

「なら、黒牙と協力してくれ。あと『彼岸花』も使うといい」

「はい。必ずゼノン様のお目を汚すゴミどもを始末してみせます」

うん、うん。とりあえず彼女に任せておけば大丈夫だろう。

「あ、黒牙っていうのはさっきエリスといた長身の人なんだけど、仲良くできそう?」

「……ええ、あれなら御しきれそうです」

思ってた返事とは違ったがまあいいか。


その日はエリスと食事をして別れた。彼女は終始上機嫌だったが、彼女を送るように言ったときの黒牙の表情は不思議だった。

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