ギルドとゴールド
ココラカ都市から離れた馬車道。魔の森の道中にそれはいた。からからと車輪を鳴らすその馬車は、僅かに宙を浮かびながら走っている。
その馬車を引く馬も異様だ。肉も無く骨も無い幽体の馬。死の気配を漂わせた馬は魔物たちを恐れることなく駆け抜ける。
「見えましたよ。あれがココラカ都市です」
黒髪をぱっつんにした少年が生真面目に報告する。
「見えたね。まさかアリスティアが半島から離れるとは思わなかったよ」
赤髪の女性は、予想外だと言わんばかりに肩を竦める。
それ見て、従者の少年は嘆息した。白々しい。離れると思ったから数日前に魔術学院を離れ、ココラカ都市に向かったのだろう。
「いやあ、楽しみだね。どんな子なんだろう。……アリアよりも話が通じる子だといいなあ」
その笑みには子供のような興奮が入り混じっている。
従者は思う。もしかすれば、ココラカ都市が消えることになるかもしれないと。
アリスティア、聖印、魔女。それが一つの都市に集おうとしている。まるでそれが運命だと言わんばかりに。彼らの道は、じきに交わるだろう。
□□□
翌朝、目を覚ましたゼノヴィアは顔を真っ赤にしてくねくねしていた。変な妄想をしてるんだろうな、と思ったので、何もなかったよと教えてあげたらむくれていた。
ゼノヴィアさんってみんなの前だと凛々しいクール系の美女なのに、2人っきりになると子供っぽくなるんだよなあ。
朝食後、ホテルを出た俺たちは再びギルドへ向かっていく。
「今日はギルドに行って依頼を受けよう。早くランクを上げないとね」
「はい。お任せを」
ゼノヴィアは小さく頭を下げ、許諾の意を示す。
固いなぁ。とても同じ冒険者パーティーの一員とは思えない。できれば、フランクに話してほしいんだけど。
後ろを見ると、彼女は一定の距離を保ち周囲を警戒している。その様は、ただの護衛だ。断じて仲間ではない。
多分、楽にしてっていっても無理なんだろうなぁ。
「まだいるね」
「はい、昨夜の連中です。……縊り殺しましょう。視線が不快です」
彼女は眉根を寄せ、不快感を表す。ギルドからついてきた連中だから、ゼノヴィア目当てだ。きっと、彼女の豊満な胸やらしなやかな足を視姦しているのだろう。
あんまり我慢が得意な子じゃないし、さっさと処理しないと……。
まるで爆弾を連れている気分だ。俺は少し緊張しながら、ギルドへの扉を開く。ギルドに来るのは二回目にも関わらず、ほぼ全ての視線が集中する。まあ、連中のお目当てはゼノヴィアだろうが。
「ねえちゃん、酌してくれよ!野郎は消えな!」「おい、ローブ脱げよ!先輩に顔見せな!」
朝方にも関わらず、席で酒を呷るチンピラどもからセクハラまがいの野次が飛んでくる。後ろから小さく舌打ちが聞こえる。来てます、我慢の限界が来てます……!
俺は早足でギルドの一角有る巨大なボードの前に立つ。そこには複数の紙が貼られており、ランク別に分けられている。俺らと同じように依頼を見ていた冒険者が、迷いながら一枚の紙を取りカウンターに持って行った。なるほど、ああやって受けるのか。
「ストーンの依頼はここだね。…どれにする?ゼ…ヴィーア?」
「ぎゃああああぁぁあッ!」
返ってきたのは少し低めの綺麗なゼノヴィアの声ではなく、汚いおっさんの濁音交じりの絶叫だ。嫌な予感がしながら後ろを振り返ると、真紫になった足を抑え、おっさんが転がっている。近くには、靴を地面に擦り付けているゼノヴィアがいた。まるで雨の日に、靴に付いた泥を落とすような仕草だ。
「まただよ……」
人里に降りてきてまだ二日だ。なんで二回も絡まれるんだよ。
「ほら、行くよ。ヴィーア」
適当な依頼を取った後、彼女の手を引き、カウンターに向かおうとする。もう直してあげるのも面倒くさい。これが続くなら、魔具がいくらあっても足りないじゃないか。
これ以上、絡まれないように、ゼノヴィアを連れて行こうとした。だが——
「おい。女に守られて恥ずかしくねえのかよ」
カウンターと俺たちの間に、血気盛んそうな二人組が立ち塞がる。年のころは20代ほどだろうか。彼らの胸元の冒険者証は、鉄。ストーンの一つ上のランクだ。
革の鎧を身に着け、鉄の剣を腰に下げている。
彼らは俺を睨みつけ、拳を鳴らしている。……俺の方に絡んでくるのか。魔術師らしい魔術師の格好をした奴に絡むとは。すごい勇気だ。蛮勇の類だろうが。
「殺すわよ」
ゼノヴィアは腰の剣に手をかけ、一歩踏み出す。俺はそれを見て、慌てて彼女を制止した。
「まあまあ、血気盛んな年頃なんだろう。…許してあげるのが優しさだよ」
「――ッ!てめえ!」
俺につかみかかろうとしたが、ゼノヴィアの威圧に射竦められ、たたらを踏む。それを恥じるように顔を染め、柄に手をかけた。
気付けば、ギルド内の空気は一触即発だ。冒険者たちも殺気立っている。暴力的な冒険者同士の喧嘩はよくあるが、武器を持ち出せば殺し合いだ。そうなれば、自分たちも巻き込まれる可能性があるため、彼らは構えているのだ。
「やめい、小童ども。冒険者同士の殺し合いはご法度じゃぞ」
もはやどちらが先に攻撃を加えるか。そう言う秒読みに入ったとき、頭上から声を掛けられる。二階に続く階段の手すりにそれはいた。子供ほどの小さな身長に巨大な杖を持った老人だ。皺くちゃの顔で、されど鋭い眼差しで冒険者たちを睥睨する。
「誰だよ、アンタ!」
2人組の一人が老人に噛み付く。若いなー。絶対偉い人だよ、あれ。恐らく種族は小人族だろう。だがその身に宿す魔力は膨大だ。その身の内で完璧に循環させている。あれは確か、魔装術の『円環』という現象だ。魔装術を使い、肉体を強化させ続けたものは、無意識下で魔装術を使い続ける。つまり、永続的な肉体の強化だ。
それだけで、実力者だということが分かる。
「儂はココラカ支部のギルド長のデネールじゃ。それ以上続けるのなら、ギルドを抜けてもらうぞ」
鋭い眼光に怯んだ二人組は、顔を伏せながらギルドから走り去る。今更顔隠しても意味なくない?
ギルド長の眼差しは、逃げた二人組から俺たちに移る。
「貴様らはどうじゃ?続けるのなら、儂が相手をするぞ」
ゼノヴィアが何かを言おうとしたから、遮るように口を開く。
「まさか。我々は絡まれただけですので……」
笑顔を浮かべ、首を振る。俺は知っている。こういう老人は、若者の笑顔と謙虚さに弱いのだ。高齢化社会生まれを舐めるなよ……!
「そうは見えんがの」
ギルド長はちらりと倒れ伏すおっさんを見る。……チッ。まだいたのか。
ギルド長と俺の間で睨み合いが続く中、それを打ち破るものがいた。
「何してんだ?俺たちはもう行くぜ」
力強く自信に満ちた声が、階段の先から聞こえる。二階から降りてきたのは、人間の男だ。年は多分俺と同じぐらいだろう。だがその肉体にはしなやかな筋肉が付き歩き方に隙は無い。実戦の中で鍛えられた、そんな印象を受ける男だ。
彼は黒髪の隙間から覗く黒い瞳で、ギルド長と会話をしていた俺を見る。その目が俺の全身を這い、胸元で止まる。
「チッ。ストーンなんぞの揉め事に首突っ込むなよ……。じゃあな、爺さん。終わったら顔見せるぜ」
「うむ。気を付けるのじゃぞ。Sランクは伊達ではない」
男は興味無さそうに視線を切り、階段を下りる。
その後ろを続くのは彼の仲間だろうか。ゼノヴィアに匹敵するほどのスタイルを持つ黄金色の髪をした修道服の女性、大剣を背負った筋肉質の青年、根暗そうな黒髪の女魔術師、気の強そうな赤髪の女弓使い。
随分、個性的な集団だ。彼らは階段を降り、俺の前を通り過ぎる。先頭の黒髪の男は俺に視線を向けることは無かったが、ゼノヴィアの前で立ち止まった。
「おい、アンタ。一目見ただけで分かる。強いだろ。俺のパーティーに入らねえか」
笑みを浮かべながら問いかける。俺のことを完全に無視して。この世界の奴は、こんなでかい態度でヘッドハンティングするの?俺、ちょっと傷つく。
「お断わりよ。消えなさい」
「…ハッ!振られちまったな。…気が変わったら来いよ」
男は楽しそうに笑みを浮かべながらギルドを去っていく。その後に続く奴の仲間の反応は各々だ。黒髪の魔術師と大剣の男は無関心で過ぎていき、優しそうな修道服の女性はぺこぺこと頭を下げながら過ぎていった。
赤髪の弓使いは俺とゼノヴィア、特にゼノヴィアを睨みつけ、足早に去っていった。
「あれは――」
「殺しますか?」
「ゴールドだね。……え?殺さないよ」
だから、殺すわけないでしょ。人間社会では気に入らないだけで人を殺せないんだよ。それに相手はゴールドランクの冒険者だ。襲っても返り討ちに合うかもしれない。だけど、用はある。俺は魔術を構築し、使い魔を作った。
「行くよ、ヴィーア。予定が出来た」
俺は手にしていた依頼書を適当な壁に打ち付ける。
「どこに行くのですか?」
「魔物退治さ」
Sランクのね。
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