聖火

都市から出た俺は、《隠者の衣》を纏い、飛翔する。《隠者の衣》は丈の長いボロローブだが装着者の魔力を使い、認識を逸らす精神干渉魔術と姿を物理的に隠す光魔術を発動させる。ゼノヴィアは翼があるのでローブを纏えないため、光精霊による物理的な光学迷彩だけだ。


「ここまで近づけば感じます。強力な魔物がいますね」

「よかった。それじゃあ、作戦通り二手に分かれようか」

ゼノヴィアは小さく頷き、加速した。あの速さは俺には出せないな。羨ましい。俺も飛行特化の魔術を作ってみようかな。

「いたな」

俺はフードを深く被り、落下した。


□□□


「ねえ、さっきの本気!?」

甲高い声がうるせえ。この幼馴染は都市を出て一時間もたつのに、まだ怒ってやがる。

「本気だ」

「はあ?アンタ、エロいこと考えてただけでしょ!?」

「そんなもんに興味はねえよ。あの女の強さが気に入っただけだ」

白髪の男はストーン相応のゴミみたいな魔力だったが、あの女は別だ。騒ぎ立てるアナは気づいてないみたいだが、あの女の魔力は俺と同格、それに腰に下げた得物も飾りじゃねえ。

貴族の護衛か何かはしらねえが、ボンボンのお守りをさせるより、俺の方がうまく活かしてやれる。

そう説明したのに、アナは赤い二つ結びの髪を揺らし、不服そうに唸る。今にも、背の大弓を引き抜きそうだ。


「アナちゃん、レオン様はパーティーのためを思ってされたことよ。そんなに言っては可哀そうだわ」

ミアがアナを窘める。ミアだけだぜ。こういう時にアナを説得してくれるのは。

聖女らしい優しさと公平さを持つ彼女は、チームの裁定役だ。流石のアナもミアの言うことに文句は言えず、口を噤んだ。


ザックは素知らぬ顔で剣を振ってるし、レティシアは無関心に魔術本を読んでやがる。幼馴染と義妹だってのに、優しがまるでねえ。まあ、媚びない奴らだから連れてるんだが。


「分かったわよ。でも振られたんだから、権力を盾に言い寄るなんてしないでよ!」

「しねえよ、そんなこと」

知らず、不機嫌な声が出た。俺が一番嫌いなのは、生まれ持った権力を誇らしげに掲げる野郎だ。俺は権力を盾に何かを迫ったこともねえ。気に入らない奴は自分の力でぶちのめし、気に入ったものは、自力で手に入れた。


「それより気合い入れろよ。イオス・エマは強敵だぜ」

魔の森に出たSランクの魔獣。こいつを殺せば俺たちのパーティー、「黒白の刃」はミスリルランクのパーティーになれる。


「それにこの件にはモルドレッド教団が関わってる可能性があるんだ。気は抜けねえぞ」

モルドレッド教団。それは、魔王の復活を目的としている邪教だ。世界各地に根を伸ばしており、勇者である俺とも因縁のある相手だ。

教団は魔王の魔力を利用し、魔物を強化する実験を繰り返している。突然出現したSランクの魔物なんて、怪しすぎるぜ。

この俺にとっても簡単にはいかないクズどもだが、仲間たちには恐怖はない。


「おうよ!楽しみだなあ」

黙々と素振りをしていたザックが大剣を振り払い、精悍な笑みを浮かべる。こいつの戦闘狂にも困ったもんだぜ。


「振り回さないでください、ザックさん。砂が舞ってます」

レティシアが不機嫌そうに眼鏡についた砂ぼこりを拭い、ぽつりと溢す。ザックは楽しそうに笑っているだけだ。

「はあ。しょうがねえ奴らだぜ」


「こんにちは。少し、お話があるのですが」

突如、知らねえ誰かの声がした。野営地の端、俺らから5メートルほど離れた場所にそいつはいた。緑色のぼろいローブで全身を隠した性別不明の奴。声は高いような低いような不思議な響きで聞こえてくる。


そして何より、気づけなかった。俺の感覚はそこらの獣人よりはるかに鋭い。この距離まで近づかれて声を掛けられるまで気づかねえなんてあり得ねえ。


「……なんだ。言ってみろよ」

俺はいつでも刀を引き抜けるように構えながら、挑発的に言い放つ。裏では転移の魔術を組みながら。こいつは恐らく、俺たちの誰よりも格上の魔術師だ。

勝てる奴としか戦わねえ。それも冒険者の鉄則だ。


「あなたたちの相手、イオス・エマを譲ってもらえませんか?」

「ふざけんじゃねえぞ」

刀を引き抜き、一瞬で距離を詰める。魔装術:爆速。神速の踏み込みで魔術師の首に刃を突きつける。頭でっかちの魔術師には見えなかっただろ。油断して近づいたてめえの負けだ。


「今すぐ消えろ。そしたら許してやるよ」

「…なら仕方ありません。ここは退散――」

手を上げ、降参を示したそいつの首を俺は飛ばした。

「遺言どうも」

斬れた首は地面を転がり、首を失くした胴体も力なく崩れ落ちた。

「死んだわね」

アナが安堵したように呟く。

「……降参すると言っていました。何も殺さなくても」

ミアが悲しそうに手を組み、死者に祈る。

「敵なんだから、殺した方がいい。それに距離を取れば攻撃されるかも」

レティシアが冷静にミアに言い返し、ザックは残念そうに大剣をしまった。こいつは戦いたかったみたいだ。本音を言えば俺もそうだ。格上の魔術師だとは思ったが、俺より強い奴だとは思わねえ。だが俺の自己満足にパーティーは巻き込めなかった。


「行くぞ。仲間がいるかもしれ――」

俺の言葉を遮るように、身の毛もよだつほどの魔力が地面から噴き出した。それは、水銀の形をしていた。

野営地を囲うように噴き出した水銀は複雑な文様を描きながら、巨大な檻を形成した。


「な、なによ、これ!?」

アナの困惑した声音は全員の代弁だった。

それは巨大な鳥籠だ。銀で編まれた鳥籠が俺たちの周囲を覆っている。

「『大斬撃』!」

勢いよく大剣を振りかぶったザックが鳥籠に斬り掛かる。斬撃を拡張させる武技が、鳥籠にぶつかり膨大な量の火花を散らす。だが――

「斬れねえ…!」

パーティーで一番の威力を出せるザックの一撃を受けても、その鳥籠は僅かに欠けただけだ。それもすぐに再生した。


「悪いが、こっちの仕事が終わるまで、そこにいてくれ」

鳥籠の外から声がした。そいつは、緑のフードを被った魔術師だった。

「なるほどな。分身か」

俺はこいつの絡繰りに気づいた。東の大陸には術式で人を模す分身と呼ばれる技術があるそうだ。こいつのもそれだろう。


「正解。君が斬ったのは結晶だよ。降参するって言ったのに斬り掛かるなんて、野蛮人だなあ」

力が抜けるような柔らかな口調で男は語る。こっちが素の喋り方か。気に入らねえな。

「『聖炎』」

黄金が溢れた。


□□□


俺はその魔力の高まりを察知した瞬間、魔具に魔力を流し短距離転移した。空中に逃れた瞬間、先ほどまで俺がいた場所を黄金の炎が焼いた。

それは、魔物捕獲用に作った『水銀の停籠』を溶かしている。敵の攻撃に合わせ、性質を変化させる鳥籠を溶かすとは……。魔術の類ではないな。ということはやはり、こいつが聖印持ちか。


「〈激流水槍〉」

渦巻く水の槍を作り出す汎用魔術を使用する。5本の槍を一人一本ずつ投擲する。5人は水流に覆い隠される。だが、誰一人としてその攻撃で死ぬものはいなかった。


盾を生み出し、一撃で叩き割り、同じ魔術をぶつけ、一矢で吹き飛ばし、聖炎で蒸発させる。各々の方法で魔術を凌ぐ。これが、ゴールドランクの冒険者。一騎当千の猛者たち。


地面より勢いよく生えた影の鎖が俺の全身を縛り、地面に叩きつける。魔具の防御で衝撃を殺した俺は宙で枝分かれしながら襲い掛かって来る矢を『エオロー』のルーンで撃ち落とした。


「矢避けの加護…!」

正解。魔除けや守りのルーンだ。

再び魔具の転移で宙に逃れようとしたが、発動しない。

「〈聖なる領域〉」

気付かぬうちに展開されていた祈祷術が転移を阻み、俺の動きに制限を掛ける。信無き者を拒絶し信徒に祝福を与える領域は、仲間たちにはバフを掛ける。


「『重斬撃』!」

凄まじい速度で踏み込んできた剣士が前後から俺を狙う。

これは、避けられない。防御魔術も今からでは間に合わないだろう。魔装術で強化した視界の中で、魔力で揺らめく大剣がゆっくりと近づいてくる。

どうしようもない。だから俺はあれを使うことにした。


「おいで、金騎士」

武技を使い、叩きつけられた大剣が影から浮かび上がった大楯に防がれる。それを持つのは黄金の鎧を身に纏った金の騎士だ。2メートルほどの細身の肉体に不釣り合いな巨大な大楯と大剣と見まがうほど長い長剣を持っている。


「ぐっ!」

大剣が押し込まれるが、金騎士は一歩も下がらず受け止め続ける。この金騎士は俺が作り出したゴーレムだ。子どもの時から改造と学習を続けさせた俺の守護者。たかが剣士一人にやられるほど弱くはない。

だが敵はもう一人いる。音速を超え、近づいてきた男が黄金の炎を纏った刀を振り下ろす。


「――うおっ!!」

魔装術を全力で使い、身体能力を強化する。一撃、二撃、三撃、逃げ惑う俺にぴったりとついて来る男が何度も刃を振るう。間一髪で躱すことが出来ているが、段々と俺の動きに慣れてきたのかローブの端に掠るようになってきた。

その黄金の炎は、どういう理屈なのか防御魔術もやすやすと切り裂いている。


「よくやったぜ、お前」

男は勝利の笑みを浮かべ、大きく刀を振り上げた。

「聖剣術『聖炎一刀』!」

刃から膨れ上がった炎の斬撃が俺の身を包み込む。その一撃は神敵を焼き滅ぼす聖なる一斬。炎の斬撃は直線に突き進み、大地を蒸発させ爆発を起こした。

黄金の太陽が顕現し、爆炎が周囲を包む。森の一角を消し飛ばした一撃は、凄まじい聖光を発し、周囲の悪霊を消し飛ばした後、消えた。


「まあ、こんなもんか」

レオンは刀を切り払い、鞘に納める。得体の知れない魔術師だったが、聖炎に耐える奴はいない。

「恨むなら、勇者に挑んだバカなてめえを恨めよ」

火の粉を纏う刀を振るい、鞘に納める。例え、誰であろうと神の炎は防げない。

彼は、魔術師が死んだことを疑ってはいなかった。

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