謎の冒険者

「随分派手にやってますね」

クライは遠い山頂から響く破壊音を聞き、眉を顰めた。この地はゼノン様の所有地だ。むやみやたらと暴れ、破壊するべきではないとクライは考えている。

その点、彼のやり方はスマートだ。誰も死なない。


『グオオオォォオオッッ!!』

真っ赤な爪を持つ熊が二足で立ち、威圧してくる。赤爪熊。冒険者ギルドのランク分けではBランクだが、戦闘能力はAランク下位だ。だが、代わりに知能が低く、格上にも怯まず攻撃する愚か者である。


「ちょうどいい。乗り換えましょう」

突撃してきた赤爪熊相手に両手を開き迎え入れる。その顔には恐怖は無く、笑みすら浮かんでいた。赤爪熊は逃げないクライを気にする様子もなく、大口でその頭を食い千切った。


頭を失くした体が倒れ込み、血が零れ落ちる。魔物は血が抜けない内に食そうと鼻息荒く死骸に食らいつく。だが次の瞬間のことだ。死骸の胸元から黒い泥が滲み出し、生き物のように魔物の口元の入る。


喉を滑り、体内に入って来るそれを拒むように魔物は嘔吐き、体を木々へとぶつける。大木がへし折れ、鳥たちが飛び立つがそれの侵入は阻めない。


やがて暴れていた赤爪熊は動きを止め、確かめるように二度、三度爪を振るった。その爪は容易に木の幹を刻みつけた。

満足したのか赤爪熊に身体を乗り換えたクライは森の奥へ消え、見回りを始めた。無粋な侵入者をエリーゼ半島に入れないために。


□□□


デネス王国南部の都市、ココラカ。南部に学術都市との国境を構えるその都市は、学術都市との貿易の要であり、魔の森と接していることから、冒険者の聖地でもある。


デネス王国第二の王都と呼ばれるほど栄えたその都市に、2人の異質な旅人がやってきた。彼らは、栄える市場や歓楽街には目もくれず、巨大な木造の建物を訪れる。大通りに門を構え、吊るされた大きな旗には、交差した刃が描かれている。


ここは、冒険者ギルド。荒くれ者どもが集う何でも屋たちの巣窟だ。二人の旅人は、木造りの扉を押し、中へと入る。途端、彼らに視線が集中する。


冒険者たちの視線の種類は二つ。見たことのない者への探るような眼差しと、欲望に染まった舐めるような眼差しだ。割合としては後者の方が多いが、男性ならそれを責めることは出来ないだろう。


ローブに身を包んだ二人組の一人は、白い髪と黒い瞳をした優男だが、もう一人は絶世の美女だ。灰のローブを身に纏い、フードを深く被っているため、その全貌は窺い知れない。だが、下半分だけ除く顔からだけでも、蕩けるような色気が漂わせている。

そして、ローブを押し上げる大きなふくらみは、内に秘めた豊満な肢体を、男たちに否が応でも想像させた。


男の方は丸腰だが、女性の方は腰に黄金の柄を持つ曲剣を下げている。鞘には複雑な文様が刻まれており、ただの武器ではないことは明らかだ。

訳の分からない二人組。どれだけ好意的に見ても、金持ちの子供とその護衛、といったところだろうか。


彼らは集まった視線を気にした様子もなく、酒場を通ってギルドのカウンターへと向かう。大きな都市のギルドだからか、受付嬢のレベルは高い。皆、美人と呼べるほど容姿が整っている。

その中の一人、赤髪を結い上げた受付嬢のエレナは、ギルド中の視線を集める彼らを見て嫌な予感に襲われていた。


(絶対揉め事を起こすわ)

あれほどの美女を連れた線の細い優男など、冒険者が一番嫌うタイプの人間だ。ギルドに努めて5年、絶賛彼氏(収入は自分より上で清潔感があり優しい)募集中のエレナが見たこともなく、首から冒険者証を下げていないことを見るに、登録に来た新人か依頼主か。


だが冒険者たちに睨まれて、全く動じた様子の無い所を見ると、前者の気がする。私の勘は当たるのだ。前の彼氏の浮気も、勘で当てたのだ。……こんちくしょうめ。

なぜか2人組は、数いる受付の中から、エレナの方へと向かってくる。


「登録をしたいのだけど、後パーティー登録ってやつも」

「はい。こちらの用紙にご記入ください。……代筆は必要ですか?」

「不要だよ。ありがとう」

見れば見るほど冒険者には見えない。物腰柔らかな言葉遣いは、エレナをしてもときめくほど柔らかく、後ろの女性のローブから見えるのは、仕立てのよさそうな白絹だ。


(大丈夫なの?強そうには見えないけど……)

社交界にいるのがお似合いな二人だが、エレナのその考えは、男の指を見て変わった。

(全部の指に指輪。しかも魔具ね。魔術師か…)

エレナは男の正体に思い至る。魔術師。それは、世界の理を曲げ、真理を追究する者たち。

冒険者に関わりがある仕事をしていれば、魔術を使うものにも出会うが、眼前の男は違う。力のために魔術を求めるのではなく、魔術のためにすべてを捧げた探究者だ。


このココラカ都市は魔術都市に近いため、純粋な魔術師に会ったこともある。眼前の男が放つ雰囲気は彼らと似ていた。


「書けたよ。これでいい?」

「はい。確認しますね」

エレナは提出された3枚の紙を見る。2枚は冒険者登録書、一枚がパーティー申請書だ。達筆な公用語で彼らの名前と特技が書かれている。

特技は書いても書かなくてもいいが、もし冒険者がパーティメンバーを探していれば、ギルド側から斡旋することが出来る。そのため、書くものも多い。


(ゼノン、とヴィーアね。聞いたことない)

恐らく偽名か何かだろう。そして特技の欄に書かれていたのは予想通り、魔術。

(パーティー名は、『白雪の火』。覚えておいた方がよさそうね)


「はい、問題ありません。これでお二人は今日から冒険者です。冒険者はランクに応じて、上からミスリル、ゴールド、シルバー、ブロンズ、ストーンとなっていて、お二人はストーンからのスタートです。ランクは依頼を達成することで上がり、上のランクに行くほど難度の高く、報酬のいい依頼を受けられるようになります」

エレナはここで言葉を区切り、質問を促す。


「冒険者のランクは、魔物の強さに応じているの?」

「え、ええ。ミスリルランクはSランクの魔物を討伐できることが条件で、それは他のランクも変わりません」

ゴールドはAランクを、シルバーはBランクを倒せるという証明だ。そうやってギルドは冒険者をランク分けし、管理している。


「もう一つ質問。ギルドの資料を閲覧したいんだけど、できるかな?」

「申し訳ございません。秘匿性の高い資料の閲覧は、シルバーランクから解放されていきます」

低ランクの魔物の情報や基本的な薬草の資料などは、資料室で誰でも閲覧できるが、彼が望んでいるのはもっと高度な資料だと判断し、エレナは捕捉を入れる。


「…そうか。なら頑張ってあげようかな。ありがとう。よき一日を」

2人組はストーンを示す冒険者証を手に取り、ギルドを去っていった。

エレナは二人の姿が見えなくなってから、大きく息を吐いた。


「お疲れ、すごいの来たね」

隣に座る同僚のテナが茶化しながら、飲み物をくれる。エレナはそれを一息で飲み干す。淡いハーブの香りが、少し彼女の気持ちを落ち着けてくれた。

「…後ろの女の人に睨まれてた気がする」

エレナはゼノンとやり取りを交わしている間、背筋に寒気を感じることが何度もあった。それは決まって、エレナがゼノンに話しかけた時だった。

彼女の顔は見えなかったが、睨まれている、そう感じた。


「あんな美女がアンタに嫉妬なんてしないでしょ」

「ちょっとー!ありえなくもないでしょ!」

茶化すテナに、むくれたながら抗議をする。声が大きすぎたのか上司に咳ばらいを頂戴し、2人は慌てて業務に戻った。


(嫌な目に合わないといいけど……)

不思議な二人だったが、悪い印象は無いし、礼儀正しかった。少なくともゼノンは。

酒場のホールを見ると、フードの美女、ヴィーアの残り香がいい匂いだとか言って、冒険者がはしゃいでいる。


そんなのはまだましだ。ゼノンたちの後に続くように、険しい顔でギルドを出たパーティーが何人かいた。お世辞にも、素行がいいとは言えない者たちだ。

エレナは二人の前途を思い、そっと嘆息した。

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