新生アリスティア家

怠惰の悪魔ベルドーナとは、まさかのビッグネームだ。呼ぼうと思って呼べるものでも無い。契約を交わした以上、俺を攻撃することはないだろうが、注意は必要だ。


数多の国を滅ぼし、民を堕落へと導いたそんな最悪の悪魔は今、ゼノヴィアにウザがらみしていた。


「ねえ、ねえ、君。変な魂をしているね。死んだら、ボクにちょうだい?」

ベルドーナはゼノヴィアの腰元に抱き着き、胸に顔を埋めながら、おねだりをしている。

「は?いや、ちょっと、いやだけど…!ていうか、離れて…!」

ゼノヴィアは眉根をハチの字に寄せ、困惑する。こういう距離を詰めるのがうまいタイプの存在に会ったことが無かったから、対処法が分からないようだ。

放っておくと、ベルドーナは顔を揺らし、さらに胸の奥を探究しようとし始めた。

……何それ、すごい。俺もやりたい!


「離れなさい!」

我慢の限界に達したゼノヴィアは、ベルドーナの首元を掴み、引っぺがし、床に放り捨てた。

「あわっ」

コロコロ転がった彼女は、俺の足元までやってきて、目が合った。可憐な容姿をしているが、その髪は乱れ、ほこり塗れだ。

「…よろしくねー。ボク、いい子だよー」

いい子はそんなこと言いません。


□□□


「それで、君は何ができるの?」

「ねえねえ、それよりもどう?この格好!」

先ほどまで衣服一つ身に付けていなかったベルドーナは、気付けば白い軍服のようなものを身に着けていた。短いスカートをひらひらさせ、軍帽をなぞり、決めポーズを取っている。


「あ、うん。可愛いよ」

コスプレ感が凄いけど。コミケに居たら大量のカメラに狙われるタイプだ。

「よかったぁ~!昔滅ぼした国の服装なんだよー」

由来が可愛くない。


「主様の質問に答えなさい、ベルドーナ」

ベルドーナから離れたところでゼノヴィアが苦言を呈した。確かにまだ質問に答えてもらっていない。

「あ、ごめんね。ボクの能力だよね」

「使えるのは《怠惰の権能》と《堕落の種子》ぐらいかな~。後、配下を呼べるよー」

聞いたところによると、彼女はあまり戦闘が得意ではないらしい。むしろ、眷属を産み出し、使役する方が得意なようだ。

《怠惰の権能》によるエネルギードレインや精神干渉を使えば、ある程度は戦えるが、戦いたくないらしい。


「だって、そういうのは配下や眷属の役目だもん」

怠惰の悪魔らしい返事だ。

「配下と眷属は何が違うの?」

ゼノヴィアが疑念を呈す。悪魔学を学んでいた俺は聞き流したが、確かに気になるだろう。

「配下は魔界で生まれた悪魔でボクに従う奴ら。眷属は《堕落の種子》で悪魔になった人間だよ」

基本的に、強力な悪魔は相応の配下を持つ。大悪魔である彼女も、大勢の配下を持っているはずだ。


「……その配下って、呼べる?」

俺はいい考えを思い付いた。この城の労働力不足を解決する素晴らしいアイディアを。

「器があれば呼べるよ。……どんなのがいい?サキュバス?サキュバス?」

ベルは顔を近づけ、サキュバスを推してくる。サキュバスじゃないとは言えないのが難しい所だ。


「は・な・れ・な・さい!」

俺はゼノヴィアに引きはがされ、宙づりになっているベルにオーダーを出した。

「サキュバスでもいいから、君が信用できる奴らで」

「……?はーい」

ベルはきょとんとしているが、すぐに分かる。具体的には明日ぐらいに。



「壮観だね」

翌日、俺はゼノヴィアとクライを連れ、城内の大広間を訪れた。そして俺は、立ち並ぶ悪魔たちを見て、感嘆の息を漏らした。この場には悪魔の他にもリリエルさんやホムンクルスのメイドたちも呼んでいる。


ここにいる50を超える悪魔たちは、ベルドーナの素体を元に作ったクローン体に宿っている。念のために培養しておいたのだ。ベルの素体ほどの適合性は無いが、我慢してもらおう。


彼らの容姿は様々だが見目麗しい人間のような姿を取っている者が多い。中にはヤギの頭や肉体から滲む魔力の燐光を纏っている者もいる。全員に共通するのは、その瞳に忠誠の色が宿っていることだ。


「やあ、マスター!とりあえず、50人ばかり呼んでおいたよ」

「うん、なんか、素直そうな人たちだね」

上機嫌に手を振るベルに曖昧な返事をする。

「君の与えた肉体を気に入ってるんだよ。もちろん、ボクも含めてね!だから君のためなら命を捨てるし、本気で忠誠を誓ってるよ。ちょっと妬いちゃうな~」

「そんなによかったのか……」

悪魔の因子と人間の肉体は相反するため、それを中和するのは大変だったが、ほとんど流れ作業で作ったものだ。


「最高だよ!魂がよく馴染むし、魔力の巡りもいい。こんな器、自然界には無いし、作れる錬金術師も君ぐらいだろうね」

なるほど。本来、不死の存在である彼らは肉体が滅びても魔界に送り返されるだけだ。そのため、適合率の高い肉体を安定的に供給できる俺は彼らにとっては命綱なのだろう。


「そうだ、ボクの配下の中でも役立つ奴らを紹介するよ。…前に出ろ」

ベルの声に従い、2人の悪魔が前に出た。一人は炎を纏った大柄な悪魔だ。山羊のような大きな角を持っており、黒い皮膚の下には強靭な筋肉を秘めている。


「我が名はフレアバース。ベルドーナ様の配下の纏め役をしております」

顔に似合わず落ち着いた口調だ。…苦労してそうだなあ。

「私はミリミアナといいますぅ。夜に呼んでいただければ、忘れられない日にしてあげますよぉ~」

2人目は間延びした口調が特徴的な痴女だった。ほとんど隠せていない服を着て、黒い艶やかな羽と尻尾をなびかせている。ウェーブがかったピンクの長髪と厚めの唇が色っぽい。というか、サキュバスじゃん。すげえ、初めて見た…。


――ッ!殺気…!

背後を振り向くと、ゼノヴィアが冷めきった目で俺を見ていた。ミリミアナの胸を見ていたのがバレたのか…。

「とりあえず、使える奴から呼んだよ」

「ああ、ありがとう。さて、全員揃ったことだし、少し話をしようか」


その言葉に、大広間の全員の視線が集まる。

「我が師匠、アリア・アリスティアは、この半島に君臨し、力で平和を勝ち取った。だが俺はその手は使わない。俺は半島外の脅威を全て排除する」

そこで言葉を切り、周囲を見渡す。

「今後、俺たちは他国や他の魔術師共に力を示し、支配する。その力は武力、経済、信仰、あるいは恐怖だ。俺は世界の全てを管理し、永遠の安寧を手に入れる」

師匠は知らない。人の底知れぬ可能性も。今の立場は砂上の楼閣だ。人が技術を発展させ、団結すれば、俺は半島を追われ、命すらも奪われるかもしれない。そんなのは御免だ。


俺は世界を支配する。

文明も技術も発展も全ては管理され、俺に逆らえる国もその力を持つ者もいない。その『理想郷』には勇者も魔王も神もいらない。ただ、永久の安寧だけがある。


「だが道は遠い。今のアリスティア家は大陸の端に籠る魔術師でしかなく、国への影響力も無ければ力も弱い。理想を果たすには仲間も力も情報も何も足りない。だから、君たちが動け。俺の代わりに目となり足となり、平和を献上してくれ」


俺の言葉を聞き終えたゼノヴィアが跪き、忠誠を誓う。

「かしこまりました、我が主、ゼノン・アリスティア様。御身に永遠を捧げます」

彼女に続くようにクライとメイドたちが膝をついた。ベルを始めとした悪魔たちは楽しそうに笑っている。その魔性の笑みは人の皮を脱いだ怪物のものだった。

バラバラの集団。まとまりは無いが、それでいい。


「お前たちに役割を与えよう。ゼノヴィア、誰よりも強い俺の騎士。君は俺の身を守れ」

「拝命、承ります。我が主」

「クライ、智謀に長け、万能である呪いの子。君にはエリーゼ半島の治安維持を任せる」

「私の全霊を持って成し遂げましょう」

「そしてベルドーナ。狡猾で面倒くさがりの悪魔。他の幹部よりも高い組織力で半島外の情報収集と工作を任せる」

「任せて!暗躍はボクの配下たちが頑張るさ!」

「リリエルさんは引き続き使用人統括として、アリスティア城の管理を任せる。これから生まれてくるホムンクルスたちの面倒も見てやってくれ」

「分かりました。全力を尽くしましょう」


4人それぞれの返事が返って来る。だがそれが頼もしかった。

この日から、アリスティア家は活発に活動するようになる。そのことを世界が知るのはもう少し後のことだ。

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