運命

草原に光の柱が顕現する。天に届くほどの光柱は、夜を眩く照らし、彼方までその光臨を知らしめる。それを見た魔物たちは、それの内包する膨大な魔力を感じ取り、慌てて逃げていく。魔物たちは本能で察した。あれは、理外の『神秘』の産物だと。


「うぐっ――」

光が消えた時、そこには一人の男が放り出された。汚れた銀の鎧に身を包んだ騎士。龍の『咆哮』を受け、その身を動かすことは叶わない。

ザレスは眼球だけを動かし、周囲を探る。


(私は、先ほどまで雪原にいたはずだ。それなのに、どうして草原に……)

得体の知れない状況に、這い寄るような恐怖を感じる。先ほどまでの身を包むような光の加護は消え、やがては膨大な魔力に怯えて逃げた魔物も戻って来る。

それまでに身体の動きを蝕む龍の魔力を中和しなければ、生きたまま食われることになるだろう。


穏やかな風が頬を撫で、草花を揺らす。とても、寒冷地とは思えない。それに先ほどの光。膨大な魔力の塊だったが、不思議と恐れは無かった。

だがそれ以上に気になるのは――


「――デック…」

『破弓の団』の皆はどうなった。最後に見た彼らも傷を負い、龍の咆哮に当てられていた。彼らも光に包まれ、ここにいるのか……


「デックとは、君の仲間かい?」

「――ッ!」

驚愕の声が漏れる。その声は、ザレスの正面から聞こえていた。


(あり得ない。何の気配も感じなかった。いや、今も、感じない……)

ザレスが震える身体を動かし、声の主に視線を向ける。

そこにいたのは、『魔女』だ。とんがり帽子に裾の長いローブを身に纏っている。その色は鮮烈な赤。瞳も髪も全てが赤い深紅の魔女だった。


「だ、れだ」

「君の味方だよ。……可哀そうに。龍の『咆哮』を受けたのか。アリスティアの眷属はいつの時代も厄介だ」

彼女はザレスに手をかざす。すると、動かなかった身体が動くようになった。

何かしらの魔術。だが魔術を使えるザレスにも、その発動も何の魔術を使われたのかも分からない。

(彼女もまた、あの龍人と同様に私では届かない相手だ)

ザレスは地面に手を突き、ゆっくりと立ち上がる。


「わ、私だけか?」

高くなった視点で、周囲を見渡す。風が夜風にそよぎ、月明かりが周囲を照らす。ザレスがいた地点は、光柱の影響で草花が薙ぎ倒されているが、他の場所には何もない。ただ、生物の気配が消えた草原があるだけだ。


「残念だけど、運命に導かれたのは君一人だ」

「……運命?」

「あの光の粒だよ。君は運命に見初められ、奇跡を授かった」

魔女は、まるで胡散臭い宗教家のようなことを言う。だがその奇跡に助けられたザレスに否定することは難しい。


「助けてくれたことは感謝する。だが、私は仲間を助けなければ……」

ザレスは近くに落ちていた銀の剣を剣帯に収めながら、礼を述べる。魔女は変わらない微笑を浮かべたまま、子どもを見るようにザレスを眺めていた。


「ここは、デネス王国の南方、学術都市アルフィアの領土だ。君のいた厳冬山脈は遥か遠くだよ」

彼女が言うことが正しいのなら、大陸北東から大陸中央部に一瞬で移動したことになる。常識的に考えれば、あり得ない。

だが、この場の穏やかな気温が、彼女が噓を言っていないことの証明だった。


奇跡は二度も起こらない。ザレスは、友を助けることは出来ないのだと知ってしまった。

「……私は、どうすれば」

ザレスの心に、諦観と言う絶望が浮かぶ。それを待っていたように魔女は言葉を紡いだ。


「自己紹介をしよう。私は、アルフィア。『運命の魔女』と呼ばれている」

ザレスは驚愕に目を見開く。その名は、知っている。学術都市アルフィアを設立した魔術師であり、その力を持って大陸三国からの独立を保っている生きる伝説だ。


「ザレス・ヴァン・フォレスト。気高い騎士よ。世界を救う手助けをしてほしい」

「……私のことを知っているのか」

「もちろん。それが運命だからね」

「……私の弟を、オルテッドを助けてほしい。それを呑んでくれるのなら、あなたに従おう」

「ふふ。契約成立だ。よろしく頼むよ、銀騎士」

魔女は迷う様子もなくザレスの頼みを聞き入れる。あるいはザレスの頼みすらも、知っていたかのように。

魔女は穏やかに微笑み、手を伸ばす。ザレスは伸ばされたそれを、力強く握り返した。


その日、魔女は運命を進めた。それは、世界の救済であり、いずれ訪れる旅人を助けるための歯車だ。

そして同日、フォレスト領から一人の子供が姿を消した。親からも愛されていなかった彼は、碌に捜索をされることもなく、記録の陰に消えていった。

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